第三次パーニーパットの戦い

第三次パーニーパットの戦いは、1761年 1月14日、北インドの要衝パーニーパットで行われました。この戦いは、インド亜大陸の覇権を巡り、ムガル帝国衰退期にデカン高原で台頭したマラーター同盟と、アフガニスタンから北インドへ勢力を広げようとしていたドゥッラーニー朝の間で繰り広げられた大規模な軍事衝突です。パーニーパットの地では、過去にもインドの歴史を動かす重要な戦いが二度起こっていますが、この第三次戦闘はそれらと比較しても特に激しいものとなりました。この一戦は、アフガン・マラーター戦争における決定的な局面であり、その結果は両勢力だけでなく、弱体化が進んでいたムガル帝国を含むインド諸勢力のその後の運命を大きく左右することになります。

戦闘に至るまでの背景

マラーター勢力の隆盛

13世紀後半にインド南部のデカン高原で現れたマラーターの人々は、17世紀後半には指導者シヴァージーのもとで強力な勢力となり、ムガル帝国の皇帝アウラングゼーブに抵抗しました。1674年には独立したマラーター王国を樹立します。その後、王国はムガル帝国との長期にわたるデカン戦争を戦い抜き、18世紀初頭にはマラーター同盟を結成して、その影響力を拡大していきました。一方、ムガル帝国は皇位継承争いや有力者（サイイド兄弟など）の専横、地方長官の独立などにより急速に弱体化します。これに対し、マラーター王国では宰相（ペーシュワー）が実権を握り、同盟全体の盟主となり、その地位は世襲されるようになりました。

特に、宰相バージー・ラーオの時代には、マラーター同盟は北インドへ積極的に進出し、1737年にはムガル帝国の首都デリーに迫る勢いを見せました。彼は占領地を配下の将軍たちに封土として与えることで同盟の体制を固めます。続く宰相バーラージー・バージー・ラーオの時代には、その勢力圏は東のベンガル地方にまで及び、シンディア家やホールカル家といった有力諸侯は、ムガル帝国の帝位継承問題にまで介入するほどの力を持つに至っていました。

ドゥッラーニー朝の勃興

アフガニスタン地域は長らくムガル帝国やサファヴィー朝の支配下に置かれていましたが、1730年代後半にはイランのナーディル・シャーによって統一されます。ナーディル・シャーは1739年にデリーを占領・略奪し、ムガル帝国からインダス川以西の領土を割譲させました。1747年にナーディル・シャーが暗殺されると、その陣営にいたアフマド・ハーン・アブダーリーがアフガニスタンへと戻り、有力者たちの推挙を受けてカンダハールでアフガン王として即位します。彼は氏族名をドゥッラーニーと改め、アフマド・シャー・ドゥッラーニーと名乗ってドゥッラーニー朝を樹立しました。

アフマド・シャーは国内の反抗勢力を鎮圧した後、カーブルやペシャーワルといった主要都市を占領し、さらに東方のパンジャーブ地方の中心都市ラホールも一時支配下に置きます。しかし、1748年のマヌープルの戦いで敗北し撤退を余儀なくされます。その後はホラーサーン地方への遠征に注力して主要都市を支配下に置き、ホラーサーンからパンジャーブに至る広大な勢力圏を確立しました。

両勢力の対立激化

北インドへの進出を目指すマラーター勢力と、南下して勢力拡大を図るドゥッラーニー朝は、次第にその利害が衝突するようになります。1756年末、アフマド・シャー・ドゥッラーニーはムガル宮廷内の反マラーター勢力の要請を受け、インドへの遠征を開始。翌1757年 1月にはデリーを占領し、虐殺と略奪を行いました。彼は同年4月に本国へ撤退しますが、ムガル帝国の実権はローヒラー族のナジーブ・ハーンが握ることになります。

これに対し、マラーター同盟の宰相は弟のラグナート・ラーオを北インドへ派遣します。ラグナート・ラーオは1757年 8月にデリーでアフガン勢力を打ち破りますが、アフマド・シャーはすでに撤退していました。さらに1758年春、ラグナート・ラーオはパンジャーブへと進軍し、シク教徒の協力を得てラホール、アトック、ペシャーワルなどを次々と占領し、アフガン勢力を駆逐します。このパンジャーブ制圧により、マラーターはかつてのムガル帝国の北西辺境まで勢力を拡大しましたが、ドゥッラーニー朝との決定的な衝突は避けられないものとなりました。

パーニーパットにおける対峙

1759年10月、再びアフマド・シャー・ドゥッラーニーがインドへ侵攻し、ラホールのマラーター勢力を掃討してデリーを目指しました。1760年 1月にはデリー近郊でマラーターの有力指揮官ダッタージー・ラーオ・シンディアを破り、デリーに入城します。彼は北インドに留まり、ローヒラー族やアワド太守シュジャー・ウッダウラといった勢力を味方につけました。

危機感を抱いたマラーター同盟の宰相バーラージー・バージー・ラーオは、従兄弟のサダーシヴ・ラーオ・バーウや長子のヴィシュヴァース・ラーオを総指揮官として、シンディア、ホールカル、ガーイクワードなどの諸侯軍を合わせた大軍をデリーへ派遣します。アフマド・シャーはこれを聞き、デリーから一時撤退しました。

1760年 8月、マラーター軍はデリーに入城しましたが、その際にデリー市街や神殿を略奪したため、ジャート族の有力者スーラジュ・マルはマラーター陣営から離反しました。スーラジュ・マルはマラーター伝統のゲリラ戦を提案しますが、総指揮官サダーシヴ・ラーオが正面からの決戦にこだわったことも、彼の離反の一因とされています。その後、両軍はパーニーパットの平野へと移動し、11月には対峙するに至ります。両軍とも和平交渉を試みましたが、結局は合意に至らず、全面対決の時を迎えることとなります。

決戦、そして大敗

1761年 1月7日、両軍の間で小規模な衝突が発生し、マラーター側はトゥコージー・ラーオ・シンディアを失い、マハーダージー・シンディアが重傷を負うなどの犠牲者を出します。そして1月14日朝、パーニーパットの平野で運命の全面衝突が始まりました。サダーシヴ・ラーオは諸将の進言を退け、正面からアフガン軍に挑みます。

戦いの緒戦はマラーター軍が優勢に進み、アフガン軍の右翼を撃破し、中央部深くまで突入するなど、昼頃まではマラーター有利の状況が続きました。しかし午後になると、アフマド・シャー・ドゥッラーニー自身が率いる部隊がマラーター軍に猛攻をかけ、さらに温存していた精鋭予備隊を投入したことにより、戦況は一変します。マラーター軍は次第に圧倒され、総指揮官ヴィシュヴァース・ラーオが頭部を撃たれて戦死。サダーシヴ・ラーオとクリシュナ・ラーオもまた戦場で命を落としました。

指揮官を失い混乱したマラーター軍は総崩れとなり、アフガン軍による一方的な虐殺が始まりました。多くの兵士が犠牲となり、当時の記録によれば、アフガン軍の陣地はマラーター兵の首で埋め尽くされたと言われるほどです。大敗したマラーター兵は四方に逃散しましたが、アフガン軍の騎兵による追撃がパーニーパットから広範囲に及び、戦闘員だけでなく非戦闘員も含め多数が犠牲となりました。この追撃の中で、ジャンコージー・ラーオ・シンディアやイブラーヒーム・ハーン・ガールディーといった有力者も捕らえられ殺害されています。さらに、逃走するマラーター兵はパーニーパット周辺の地域住民（ジャート、アヒール、グージャルなど）からも略奪の標的とされ、甚大な被害を受けました。

戦いの影響とその後のインド

この第三次パーニーパットの戦いがインドの歴史に与えた影響は計り知れません。マラーター同盟は軍の精鋭部隊と指導層の大部分を失い、その勢威は大きく損なわれました。戦いからわずか半年後、敗戦の衝撃を受けた宰相バーラージー・バージー・ラーオは病没。本来の継承者ではない息子のマーダヴ・ラーオが宰相の地位を継ぐことになります。

この壊滅的な敗北は、マラーター同盟全体の結束を決定的に弱体化させました。宰相を盟主とする体制は形式上は残されましたが、各諸侯の独立性が強まり、同盟は事実上、プネーの宰相府、グワーリヤルのシンディア家、インドールのホールカル家、ナーグプルのボーンスレー家、ヴァドーダラーのガーイクワード家といった五大勢力に分裂し、互いに抗争を繰り返すようになります。

一方、勝利を収めたアフマド・シャー・ドゥッラーニーも、この勝利を十分に活かすことはできませんでした。アフガニスタン本国での反乱が発生したため、彼は早々にインドから撤退せざるを得なくなります。その後、パンジャーブ地方の支配を安定させようと試みますが、シク教徒の強い抵抗に遭い、莫大な犠牲を払っても長期的な支配を確立することはできませんでした。

皮肉にも、この戦いによって最も大きな利益を得たのは、当時インドへの影響力を急速に拡大していたイギリス東インド会社でした。マラーター同盟は、ムガル帝国に代わってインド最大の勢力となりつつあり、イギリスにとって最大の障害でしたが、パーニーパットでの大敗とそれに続く同盟の分裂は、インドにおける権力の空白を生み出しました。イギリスはこれに乗じ、各地の勢力との戦争に加え、分裂したマラーター諸侯間の争いに介入して三次にわたるマラーター戦争を引き起こし、最終的に19世紀前半にはインド全域を植民地化するに至ります。この意味で、第三次パーニーパットの戦いは、インド亜大陸全体の歴史、特にその後のイギリスによる支配を決定づけた極めて重要な戦いであったと言えるでしょう。

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