藤原広嗣

藤原広嗣とは

藤原広嗣（ふじわら の ひろつぐ）は、奈良時代に活躍した貴族です。藤原氏の中でも式家と呼ばれる家系の祖である藤原宇合（ふじわら の うまかい）の長男として生まれました。最終的な官位は従五位下・大宰少弐（だざいのしょうに）です。

出世と左遷

広嗣が活躍した時代は、聖武天皇の治世でした。天平9年（737年）には、朝廷で大きな権力を握っていた藤原四兄弟が相次いで亡くなるという出来事がありました。これを機に、広嗣は従六位上から三階級昇進し、従五位下に叙爵するという異例の昇進を果たしました。その後、式部少輔（しきぶのしょうゆう）や大養徳守（だいやまとのかみ）を歴任するなど、順調に出世を重ねていきました。

しかし、天平10年（738年）12月、広嗣の運命は暗転します。朝廷内で反藤原氏勢力が台頭する中、広嗣は親族への誹謗を理由に、大宰少弐へ左遷されてしまいます。この時広嗣が誹謗したとされる親族は、伯母にあたる皇太夫人・藤原宮子（ふじわら の みやこ）でした。広嗣は、宮子と玄昉（げんぼう）の関係を批判し、玄昉を朝廷から排除しようとしたとされています。

従来、広嗣の左遷が聖武天皇の東国行幸の原因と考えられていましたが、近年の研究では、行幸はそれ以前から計画されていたとする説が有力です。聖武天皇は、玄昉や吉備真備（きび の まきび）から唐の都の建設事情を聞き、遷都を前提とした行幸を計画したとされています。広嗣は、この計画を推し進めた玄昉らを排除しようとしましたが、結果として、自身が左遷されることになったのです。

反乱と最期

左遷された広嗣は、天平12年（740年）8月、「天地の災厄は吉備真備と玄昉が原因である」として、彼らを追放するよう朝廷に訴えました。しかし、時の権力者である右大臣・橘諸兄（たちばな の もろえ）は、この上奏文を謀反と見なしました。広嗣が批判した真備と玄昉を重用したのは、諸兄自身だったため、これは諸兄に対する批判であることは明白でした。聖武天皇は広嗣を召喚しようとしましたが、広嗣はこれに応じず、反乱を決意します。

9月、広嗣は弟の綱手（つなで）と共に、大宰府の手勢や隼人（はやと）などを加えた1万余の兵を率いて挙兵しました。しかし、大野東人（おおの の あずまひと）を大将軍とする追討軍に敗れ、同年10月23日に肥前国松浦郡値嘉島長野村で捕らえられました。そして、同年11月1日、綱手と共に肥前松浦郡にて斬刑に処され、その生涯を閉じました。

この反乱は、「藤原広嗣の乱」として知られています。この乱により、多くの式家関係者が処分を受け、藤原氏の勢力は一時的に衰退することになりました。

広嗣の死後

広嗣の怨霊を鎮めるため、唐津には広嗣を祀る鏡神社が創建されました。また、奈良にある南都鏡神社は、この唐津の鏡神社から勧請を受けたものとされています。

藤原広嗣を題材とした作品

作家の司馬遼太郎は、短編小説『朱盗』の中で広嗣を題材にしています。この作品では、反乱を夢想していた広嗣が、不思議な百済人の男と出会い、その生き方に興味を抱く様子が描かれています。

官歴

広嗣の官歴は、『続日本紀』に詳しく記録されています。

時期不詳：従六位上
天平9年（737年） 9月28日：従五位下
時期不詳：式部少輔
天平10年（738年） 4月22日：大養徳守
天平10年（738年） 12月4日：大宰少弐
天平12年（740年） 11月1日：斬刑

脚注・出典

宇治谷孟『続日本紀 （上）』講談社〈講談社学術文庫〉、1995年
八木充「藤原広嗣の叛乱」『山口大学文学会志』11-2
坂本太郎「藤原広嗣の乱とその史料」『古典と歴史』
丸山二郎「藤原広嗣の乱と鎮西府」『歴史教育』3-5
栄原永遠男「藤原広嗣の乱の展開過程」『太宰府古文化論叢』上巻
柳雄太郎「広嗣の乱と勅符」直木孝次郎博士古稀記念『古代史論集』中巻
横田健一「天平十二年藤原広嗣の乱の一考察」『白鳳天平の世界』
竹尾幸子「広嗣の乱と筑紫の軍制」『古代の日本』3、九州
北山茂夫「七四〇年の藤原広嗣の叛乱」『日本古代政治史の研究』
利光三津夫「広嗣の乱の背景」『律令制の研究』
木本好信「藤原広嗣の乱について」『奈良朝政治と皇位継承』
平あゆみ「吉備真備右大臣就任の歴史的諸前提 -孝謙称徳女帝の師傅と「軍事参謀」への論考-」『政治経済史学』(295)、日本政治経済史学研究所、1990年

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