声聞師

「声聞師（しょうもじ）」は、日本の歴史における中世（概ね12世紀から16世紀にかけて）に活動した芸能者の集団を指します。その名称は「しょうもんじ」や「しょもじ」とも読まれ、漢字では「唱門師」「唱聞師」「聖問師」「唱文師」「誦文師」など、様々な表記が用いられました。彼らの活動は、古代の律令制下で技官として存在した陰陽師の文化に源流を持ち、呪術的な要素や予祝（将来の幸福を祈る）の意味合いを持つ多様な芸能を行いました。

声聞師が行った芸能は多岐にわたります。具体的には、仏教的な読経や、優雅な曲舞（くせまい）、吉凶を占う卜占、そして後の能楽へと繋がる猿楽などがありました。また、金鼓（かね）を叩きながら歩いたり、暦を配ったり、盆や彼岸の時期に家々を訪れて経を唱えたり、摺仏（すりぼとけ）を配ったりすることも彼らの生業の一部でした。研究者の高橋昌明氏は、声聞師を暦の頒布者や民間の陰陽師、さらには水に関する説話を人々に伝える伝道者としても位置づけています。民俗学者の柳田國男も、声聞師を民間の陰陽師である「ハカセ」や「萬歳」「傀儡」「鉢叩き」といった様々な芸能者と同類と見ていました。

声聞師の芸能は、陰陽師の文化を継承または模倣したものと考えられていますが、彼らが実際に陰陽師であったのか、あるいは下級の陰陽師であったのかは明確ではありません。律令制度における陰陽寮の陰陽師の定員は限られており、各地に存在した声聞師の数はそれをはるかに上回っていました。彼らは国家の技官でも、宗教的な聖職者でもなく、あくまで職業的な芸能者であったと言えます。渡辺昭五氏は、声聞師の語源を仏弟子の姿を意味する「声聞身」に求め、彼らが荘園などで夫役労働に従事する被差別的な階層であった可能性を指摘しています。

室町時代に入ると、声聞師の活動は一層活発になります。寺院に所属したり、あるいは没落して民間に溶け込んだりしながら、各地でその存在感を示しました。特に奈良では、興福寺に属する声聞師たちが集団的な居住地である「声聞師座」を形成し、生活の拠点としていました。15世紀の日記『大乗院寺社雑事記』には、興福寺の声聞師たちが、国内の様々な漂泊する芸能者たち、例えば猿楽を行う者や白拍子、歩き巫女、鉢叩き、鉦叩き、横行人、猿飼などを「七道者」として支配し、彼らから金銭を受け取る代わりに巡業の手配などを行っていた様子が記されています。声聞師自身は、陰陽道の儀式や、釈迦の教えである「金口」、暦や星に関する知識、曲舞、盆や彼岸の読経、毘沙門経などを主な生業としていました。

この時期、興福寺や春日大社、法隆寺などで猿楽を演じた声聞師座は、後の能楽の基礎を築くことになります。特に、
結崎村（現在の奈良県川西町結崎）の「結崎座」（現在の観世流）
竹田村（現在の奈良県橿原市東竹田町付近）の「円満井座」（現在の金春流）
坂戸村（現在の奈良県斑鳩町）の「坂戸座」（現在の金剛流）
外山村（現在の奈良県桜井市外山地区）の「外山座」（現在の宝生流）
といった「大和四座」は、声聞師座から発展しました。結崎座からは観阿弥・世阿弥親子が、円満井座からは金春禅竹が登場し、彼らによって猿楽は現在の能楽へと大きく発展を遂げました。同じ室町時代には、近江国（現在の滋賀県）の日吉大社にも近江猿楽の「上三座」「下三座」が存在しましたが、これらは室町時代末期には衰退しました。

室町時代、奈良の声聞師座の芸人は「声聞師」と呼ばれましたが、京都では「散所非人」と呼ばれることもありました。京都にも彼らの集団的な居住地があったことが、14世紀の記録に残っています。1423年には、近江、河内、美濃など各地の声聞師が京都に集められ、寺院などで「勧進曲舞」を興行した記録も見られます。

戦国時代（16世紀）に入ると、宮廷の正月儀式においても声聞師が関わりました。正月の陰陽道儀式は陰陽頭が執り行いましたが、正月四日・五日の「千秋万歳の儀」は民間の芸能者である声聞師によって行われました。当時の京都では、北畠、桜町、西梅津、九条河原といった地域に声聞師たちが集団で居住しており、特に桜町の声聞師集団は「大黒党」と呼ばれ、その長は「大黒」と称されました。彼らは千秋万歳のほか、小正月の「左義長」や重陽の「菊の着綿」といった様々な儀式に関与しました。1570年には、正親町天皇が声聞師による千秋万歳と大黒舞を観覧した記録も残されています。一方で、研究者の渡辺昭五氏は、この時代に地方で起きた一向一揆に扇動者として加わった声聞師が、織田信長や豊臣秀吉らによって処刑されたケースがあったことも指摘しています。

江戸時代（17世紀から19世紀にかけて）になると、声聞師はその社会的な地位をさらに低下させ、非人、猿飼、願人坊主（願人）といった他の賤民的な集団とほぼ一体化していきました。

声聞師が行った儀式や芸能の中には、現代にも形を変えて残るものがあります。能楽は、大和四座の声聞師座から発展した最も代表的な例です。また、小正月に行われる火祭りである「左義長」も、声聞師が関わった儀式の一つです。左義長は全国各地で様々な名称で親しまれており、民俗学者の南方熊楠は、左義長における太鼓を叩く儀礼と「どんど焼き」という呼称との関連を示唆しています。

声聞師という呼称やその語源については、様々な説があります。柳田國男は、ある民間の陰陽師が自身を「聲聞身」と称していた例などを紹介しつつ、「聲聞師」が正式な表記であるとし、一方通行で経を唱える姿から「唱門師」と書くのが適切だとする見解や、門前で芸能を行うことから「門」を強調したといった説にも触れています。喜田貞吉は、語源を仏教の「声聞」とする説を支持しつつも、アイヌ語の「シャモ」やシャーマニズムの「サモン」との関連の可能性も示唆していますが、これは確実ではないとしています。

声聞師が行ったとされる主な儀式や芸能には、以下のようなものがあります。

読経
曲舞
卜占
猿楽
金口
暦星宮
毘沙門経（日本独自の信仰に基づくとされる）
千秋万歳
左義長
菊の着綿
大黒舞
傀儡（くぐつ）

なお、研究者の喜田貞吉は、夙（あさ）・茶筅（ちゃせん）・鉢屋（はちや）・傀儡師といった他の芸能集団は、古代の土師部（はじべ）や浮浪民などにその源流があるのに対し、声聞師はこれらの芸能を後世になってから行うようになったという見解を示しています。

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