ウェストミンスター・レコード

ウェストミンスター・レコード (Westminster Records)

ウェストミンスター・レコードは、1949年から1965年まで活動したアメリカ合衆国のレコードレーベルです。クラシック音楽を中心に、卓越した音質へのこだわりと、魅力的なアーティスト陣による録音で知られ、特にオーディオファンから絶大な支持を集めました。その貴重な原盤権は、現在ドイツ・グラモフォンによって管理されています。

歴史

このレーベルは、1949年にニューヨークにあった「ウェストミンスター・レコード・ショップ」のオーナーであり、イギリス出身のビジネスマン、ジェイムズ・グレイソン（1897-1980）が中心となり設立されました。共同設立者には、後にレコード通販会社ミュージカル・ヘリティッジ・ソサエティを興すミッシャ・ナイダ（1900-1991）、ヘンリー・ゲイジ、そしてチェコの指揮者ヘンリー・スヴォボダが名を連ねています。

レーベルの象徴として、ロンドンのビッグ・ベンがシンボルマークに採用されました。録音技術においては、マーキュリー・レコードの「リビング・プレゼンス」と同様に、ワンポイント・マイク方式を重視し、スローガンに「ナチュラル・バランス」を掲げました。また、当時は比較的新しかった磁気テープを録音に使用することで、長期保存に適した高品質なビニールレコードのマスターを容易に編集できる利点を得ました。主要な録音拠点の一つはウィーンでした。これは、多くの優れた音楽家が在住しており、比較的手頃な費用で録音を行うことができたためです。1951年にコンサルタントとしてレーベルに関与したクルト・リスト（1913-1970）は、1952年にはスヴォボダの後任としてプロデューサーに就任します。アルバン・ベルク門下のリストは、「ハイ・フィデリティ」（高忠実度）という言葉を打ち出し、ウェストミンスターの音質に対するこだわりを明確にし、ブランドイメージの確立に大きく貢献しました。

発足当初から、ウェストミンスターのアルバムは、市場に出回っていた他社の製品と比較して圧倒的に優れた音質を誇り、オーディオマニアの間でたちまち高い評価を得ました。カタログ数は急速に拡大し、1951年半ばには150タイトル、1954年には500タイトル、さらにその5年後には1000タイトルに達しました。1953年からは、イギリス国内への供給をニクサ・レコードが担当しています。1956年8月にはステレオ録音を開始。スウェーデンの作曲家ヒューゴ・アルヴェーン自身による自作自演盤などが初期のステレオ録音として知られています。「ウェストミンスター・ラボラトリー」と銘打たれたシリーズでは、収録時間を短めに設定することで音質向上を追求し、通常のアルバムよりも高価ながらも音質へのこだわりを示す企画として展開されました。

1960年代初頭、ウェストミンスターはABCパラマウントに買収されました。これにより、シンボルマークはビッグ・ベンからレコード盤を模した楕円形に変更されます。買収後もしばらくは新譜の制作が続けられ、旧録音は「ウェストミンスター・ゴールド」シリーズとして再発売されましたが、1965年6月をもって新しい録音盤の制作は終了しました。一方、ABCパラマウントから改称したABCレコードは、1970年代初め頃に再び「ウェストミンスター・ゴールド」シリーズの再発売を開始します。特にアート・ディレクターのクリストファー・ウォーフが手がけた、ユーモアとファンタジーに満ちたアルバムカバーデザインが、高校生や大学生といった若い世代のリスナーにも新鮮に受け入れられ、大きな販売促進効果を生み出しました。

1979年、ABCレコードはウェストミンスターの原盤権を手放し、MCAがその権利を取得しました。MCAは、ウェストミンスターのクラシック部門のカタログ製造販売を開始するにあたり、ABCレコードのクラシック部門責任者であったジョン・シーヴァーズを雇用し、社内に新たなクラシック部門を立ち上げました。1980年には、「MCAウェストミンスター・レーベル」として、ウェストミンスターだけでなく、コマンド・レコードやアメリカ・デッカ、旧ABCレコードのクラシックカタログの多くを再発売しました。

日本での配給は、ABCレコード時代にも移り変わりがあり、現在はユニバーサルミュージックが行っています。原盤権が複数のレコード会社を渡り歩いた影響で、1980年代には多くのマスターテープの所在が不明となる事態も発生しました。しかし、1992年頃からMCAビクターの日本法人が根気強い調査を進めた結果、行方不明になっていたマスターテープが無事発見され、1996年以降、ウェストミンスターの主要な録音が続々とCDとして再発売される運びとなりました。

主なカタログ

ウェストミンスター・レコードのカタログを代表する演奏家には、指揮者のヘルマン・シェルヘン、ピアニストのパウル・バドゥラ＝スコダ、イェルク・デームス、チェンバロ奏者のフェルナンド・ヴァレンティ、チェリストのアントニオ・ヤニグロといったビッグネームが揃っています。レパートリーは主にバロック音楽から古典派、ロマン派音楽までで、グスタフ・マーラー、フランツ・シュミット、レインゴリト・グリエールなどの珍しい、かつ素晴らしい録音も存在しますが、同時代の現代音楽はほとんど扱われませんでした。1950年4月に発売された最初の4枚組新譜の筆頭は、コダーイの作品集（カタログ番号WL5001）で、後に有名なメゾソプラノ歌手となるセーナ・ユリナッチが参加しています。

ウェストミンスターが初期にリリースしたアルバムの約三分の一は室内楽作品で占められていました。ピアニストのバドゥラ＝スコダとウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団、あるいはバリリ弦楽四重奏団、コントラバス奏者のヨーゼフ・ヘルマンとの共演によるシューベルトのピアノ五重奏曲『ます』は特に好評を博しました。ハイドンやモーツァルトといった古典派から、シューベルトなどのロマン派、そしてレスピーギやマルティヌーといった新古典主義まで、幅広い時代の室内楽が録音されました。ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団によるシューベルトの弦楽四重奏曲全集や、バリリ四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集も重要な録音です。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーであるクラリネット奏者レオポルト・ウラッハやオーボエ奏者ハンス・カメシュ、同楽団の木管グループによる録音も多数存在します。

声楽分野では、セーナ・ユリナッチの他に、アフリカ系アメリカ人のメゾソプラノ歌手ルクレティア・ウェストによるスピリチュアル集（1954年）やシューベルト歌曲集（1955年）、フランス系カナダ人のテノール歌手レオポルド・シモノーによるデュパルク歌曲集（1956年）などが特筆されます。一方、買収元のABCレコードが制作し、ウェストミンスター・レーベル名義で発売されたものには、ソプラノ歌手ビヴァリー・シルズが主演したドニゼッティのオペラ『ランメルモールのルチア』全曲録音（1972年）などがあります。

若手才能の発掘にも熱心でした。1951年には、後にアマデウス弦楽四重奏団として知られるロンドン・ウィーン弦楽四重奏団がヴィオラ奏者セシル・アロノヴィッツと共にモーツァルトの弦楽五重奏曲第4番を録音。また、1955年には当時22歳のギタリスト、ジュリアン・ブリームが、1958年には15歳のピアニスト、ダニエル・バレンボイムがそれぞれ重要な録音を残しています。パウル・バドゥラ＝スコダやイェルク・デームスも、ウェストミンスターに録音を開始した頃はまだ20代前半でした。

他にも多くの著名な鍵盤楽器奏者が録音しています。ロベール・ヴェイロン＝ラクロワによるラモーのクラヴサン作品全集（1955年）、ニーナ・ミルキナ（C.P.E.バッハ、スカルラッティ）、クララ・ハスキル（モーツァルト、スカルラッティ）、エゴン・ペトリ（J.S.バッハ、ベートーヴェン）、レイモンド・レーヴェンタール（ラフマニノフ）、フー・ツォン（ヘンデル、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン他）などが挙げられます。

指揮者ヘルマン・シェルヘンは、1950年10月からウェストミンスターと密接に協力しました。彼はJ.S.バッハのミサ曲 ロ短調やマタイ受難曲、モーツァルトのレクイエム、ハイドンやベートーヴェンの交響曲といった大作を録音しました。特にマーラーの交響曲では、1954年のロイヤル・フィルとの第1番、1958年のウィーン・フィルとのステレオ録音による第2番（独唱にルクレティア・ウェストを迎えて）が注目されます。グリエールの交響曲第3番やバレエ音楽『赤いけしの花』といった珍しい作品の録音も、シェルヘンのカタログにおける貢献として重要です。1962年には、ベートーヴェンの交響曲第9番のステレオ再録音に際し、プロデューサーのクルト・リストの企画により、指揮者にピエール・モントゥー、演奏にロンドン交響楽団を起用し、リハーサル風景も同時に記録するという画期的な試みが行われました。モントゥーはベルリオーズの『ロメオとジュリエット』も録音しています。ベルリオーズの『幻想交響曲』は、1958年にルネ・レイボヴィッツの指揮でも録音されています。

モーツァルトの交響曲は、1955年から1956年にかけてエーリヒ・ラインスドルフ指揮、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団演奏による旧全集が録音されました。また、アルトゥール・ロジンスキは同じオーケストラと、1954年から1956年にかけてチャイコフスキーの三大交響曲やショスタコーヴィチの第1番、第5番を録音。ロジンスキとロイヤル・フィルは、1956年にヴァイオリニストのエリカ・モリーニを迎えてチャイコフスキーとブラームスのヴァイオリン協奏曲も録音しています。エイドリアン・ボールトは、1959年にホルストの『惑星』やヴォーン・ウィリアムズの幻想曲集を録音しました。

後期の録音では、1961年にハンス・クナッパーツブッシュ指揮、バイエルン国立管弦楽団によるベートーヴェンの歌劇『フィデリオ』（ジャン・ピアース、ユリナッチ出演）がミュンヘンで録音されました。クナッパーツブッシュはミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団とも録音を残しており、1962年にワーグナー管弦楽曲集、1963年にブルックナーの交響曲第8番を録音しています。そして、1965年6月にヘルマン・シェルヘン指揮、ウィーン放送管弦楽団演奏により録音されたJ.S.バッハの『フーガの技法』、ハイドン、ダンツィの協奏交響曲をもって、ウェストミンスター・レコードにおける新しい録音盤の制作は終焉を迎えました。

現在、ウェストミンスター・レコードのカタログは、MCAのクラシック部門の資産を含め、ドイツ・グラモフォンによって管理・販売されています。

もう一度検索