エリュクス (古代都市)

エリュクス：神話と歴史が交錯する古代都市

エリュクス（ギリシア語：Ἔρυξ）は、シケリア（シチリア）の先住民であり、トロイアの子孫を称するエリミ人によって建設された古代都市です。現在のトラーパニ県エリーチェにあたり、ドレパナ（現在のトラーパニ）から10キロメートル、海岸からは3キロメートル離れた場所に位置しています。その名前は、ギリシア神話に登場するエリュクス王に由来します。

エリュクス山

エリュクス山は、現在ではサン・ジュリアーノ山と呼ばれています。起伏の少ない平原に立つ独立峰であるため、標高665メートルという実際の高さ以上に高く見えます。古代においては、エトナ火山に次いでシケリアで2番目に高い山とみなされていました。ウェルギリウスをはじめとするラテン詩人たちは、エリュクス山をアトス山やエトナ火山と結びつけて語っています。

山頂には、ウェヌスまたはアプロディーテーを讃える神殿がありました。伝説によれば、アイネイアースがこの神殿を建設し、「ウェヌス・エリュキナ」という添え名が派生したとされています。

都市建設の伝説

ディオドロスによれば、街も神殿も名祖となった英雄エリュクスが建設しました。ヘーラクレースがシケリアを訪れた際、エリュクスはレスリングの試合を挑みましたが敗北し、土地を失いました。ヘーラクレースは、エリュクスの領地を自分の子孫が来るまで土地の人々に預けて去りました。エリュクスはアプロディーテーとブーテースの子であり、この地の王でした。ウェルギリウスは、エリュクスがアイネイアースの兄弟であるとほのめかしていますが、街の建設者とは述べていません。

アイネイアースとトロイアの指導者エリムス（エリュクスと混同されることがある）につながる創設伝説は、トゥキディデスが述べるエリミ人の都市であったという歴史的事実と符合します。古代の歴史家の多くは、エリミ人がトロイア人の子孫であると述べています。

ロドスのアポローニオスの叙事詩『アルゴナウティカ』には、別の説が述べられています。ブーテースはアテナイから来たアルゴナウタイであり、セイレーンの歌声のために船外に落ちてしまいましたが、キプリス（アプロディーテー）によって救われ、エリュクスに運ばれました。

歴史

ギリシア化、カルタゴ化（紀元前460年-紀元前278年）

エリュクスはギリシアの植民都市とはなりませんでしたが、他のシケリアの都市と同様に徐々にギリシア化していきました。しかし、トゥキディデスは、エリュクスの住民であったエリミ人を「野蛮人」と記述しています。それ以前のエリュクスの歴史は不明ですが、より強力なエリミ人の都市であるセゲスタに従っていたと考えられます。アテナイのシケリア遠征の失敗後は、カルタゴの従属的な同盟都市となりました。

紀元前406年には、エリュクスの沖合いでカルタゴとシュラクサイの海戦が行われ、シュラクサイが勝利しました。紀元前397年にシュラクサイのディオニュシオス1世がシケリア西部への遠征を開始すると、モティア包囲戦の直前にディオニュシス軍に加わりました。モティアは陥落したものの、翌年にはカルタゴがヒミルコ率いる大軍を派遣してモティアを奪回し、エリュクスもカルタゴ側に戻りました。ディオニュシオスは死の直前にもシケリア西部に遠征し、一時的にエリュクスを支配しましたが、直ちにカルタゴが奪回し、エピロス王ピュロスの遠征までカルタゴ支配が続きました。ピュロスはエリュクスを陥落させました。

ポエニ戦争での破壊（紀元前264年-紀元前241年）

第一次ポエニ戦争発生時、エリュクスは再びカルタゴの手にありました。紀元前260年に、カルタゴの将軍ハミルカルが近隣に港湾都市ドレパナを建設し、住民をそこに移してエリュクスを破壊しました。しかし、古い都市は完全には破壊されなかったようで、数年後にローマの執政官ルキウス・ユニウス・プッルスが神殿と都市の最高管理官に任じられました。ハミルカル・バルカはエルクテ山の拠点からエリュクスに兵を動かし、山頂の神殿を攻略してそこを拠点としようとしました。紀元前244年にエリュクスの占領には成功したものの、都市はエリュクス山の中腹にあったため、頂上にある神殿と要塞を攻略することはできませんでした。ドレパナおよびエリュクスが最終的に開城したのは、アエガテス諸島沖の海戦でローマ海軍が勝利し、カルタゴが講和を求めた後でした。

その後（紀元前80年-現在）

その後、エリュクスの街のことは良く分からず、都市が再建されたかどうかも疑わしいです。キケロは神殿には触れていますが、都市に関しては何も述べていません。ストラボンは、彼の時代にはエリュクスはほぼ無人であったと述べています。大プリニウスは、シケリアの自治体を列挙しそのなかにエリュクスを含んでいますが、タキトゥスの言によれば、ティベリウス帝にエリュクスの神殿の再建を依頼したのはセゲスタであり、エリュクスの神殿を管理していたのはセゲスタであったことが分かります。現在のエリーチェは、神殿の周囲に発展しています。古代エリュクスの痕跡はほとんど残っていません。

神殿（紀元前1300年頃 – 紀元後54年）

エリュクスの神殿は、シケリアにおけるトロイア人の移住と関連して語られます。神殿の建設をアイネイアースの時代より前とする作家の場合でも、アイネイアースはここを訪れて多くの寄進をしたとしています。エリュクスの聖域は、フェニキア人、カルタゴ人、ギリシア人、およびローマ人によって敬意を払われました。トゥキディデスによると、アテナイのシケリア遠征の頃には神殿には金銀の器や他の奉納物が豊富にあり、セゲスタはこれを使ってアテナイの使節を説得しました。ローマ人も、アイネイアースとの関連性から、女神と神殿の双方に特別な栄誉を与えています。

第一次ポエニ戦争後にシケリアはローマの属州となりましたが、属州総督は毎年必ずこの聖域を訪れました。紀元25年にはセゲスタがティエリウス帝に神殿の修復を訴えましたが、タキトゥスによるとティベリウスはこれを約束したものの、実際には何も行わなかったようです。神殿の修復が実施されたのは第4代皇帝クラウディウスの時代でした。これが歴史上エリュクスの神殿に関する最後の記述であり、それが破壊された時期は不明です。

神殿の場所

12世紀までに神殿の上に城が築かれました。巨大な石で作られた基礎の一部が現存する遺跡の全てです。エリーチェのあちこちに点在する花崗岩の柱は、もともと神殿のものであったと考えられます。C.コンシディウス・ノニアウスと刻印されたコインには神殿そのものに加えて、それが立つ山を囲う要塞施設が描かれています。ローマ時代にはローマ市のカピトリヌスの丘とコッリーナ門の少し外にウェヌス・エリュキナの神殿がありましたが、コインに描かれている神殿は明らかに元のシケリア式のものでした。

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