シェイクスピアの初期のテキスト

シェイクスピア戯曲の初期テキストについて

ウィリアム・シェイクスピアの戯曲は、16世紀から17世紀にかけて、初期近代英語の時代に、主に四折版（Quarto）、二折版（Folio）、そして一部八折版（Octavo）という形態で出版されました。これらの出版物は、今日のシェイクスピア研究において、作品のテキストを確定するための重要な資料となっています。

出版形態

四折版（Quarto, Q）: 紙を2回折りたたんで作られた小型の書籍です。シェイクスピアの戯曲は、生前には主にこの四折版で出版されました。四折版は「Q1」、「Q2」のように、出版順に番号が振られています。
二折版（Folio, F）: 紙を1回折りたたんで作られた、四折版の約2倍の大きさを持つ書籍です。シェイクスピアの戯曲は、死後にこの二折版でまとめられるようになりました。二折版も「F1」、「F2」のように、出版順に番号が振られています。
八折版（Octavo, O）: 紙を3回折りたたんで作られた小型の書籍です。シェイクスピアの作品では、詩集や一部の戯曲がこの形式で出版されました。八折版も「O1」、「O2」のように、出版順に番号が振られています。

四折版

シェイクスピアの戯曲の多くは、まず四折版で個別に出版されました。ファースト・フォリオに収録されている36作品のうち、18作品は事前に四折版で出版されていました。また、『ペリクリーズ』と『二人の貴公子』も、それぞれサード・フォリオとボーモント&フレッチャー・セカンド・フォリオに収録される前に、四折版で出版されています。

以下は、シェイクスピアの戯曲の四折版出版年表です。

『タイタス・アンドロニカス』: 1594年 (Q1), 1600年 (Q2), 1611年 (Q3)
『ヘンリー六世 第2部』: 1594年 (Q1), 1600年 (Q2), 1619年 (Q3)
『ヘンリー六世 第3部』: 1595年 (O1), 1600年 (Q2), 1619年 (Q3)
『ロミオとジュリエット』: 1597年 (Q1), 1599年 (Q2), 1609年 (Q3), 1622年 (Q4)
『リチャード二世』: 1597年 (Q1), 1598年 (Q2, Q3), 1608年 (Q4), 1615年 (Q5)
『リチャード三世』: 1597年 (Q1), 1598年 (Q2), 1602年 (Q3), 1605年 (Q4), 1612年 (Q5), 1622年 (Q6)
『恋の骨折り損』: 1598年 (Q1)
『ヘンリー四世 第1部』: 1598年 (Q0, Q1), 1599年 (Q2), 1604年 (Q3), 1608年 (Q4), 1613年 (Q5), 1622年 (Q6)
『ヘンリー四世 第2部』: 1600年 (Q)
『ヘンリー五世』: 1600年 (Q1), 1602年 (Q2), 1619年 (Q3)
『ヴェニスの商人』: 1600年 (Q1), 1619年 (Q2)
『夏の夜の夢』: 1600年 (Q1), 1619年 (Q2)
『空騒ぎ』: 1600年 (Q)
『ウィンザーの陽気な女房たち』: 1602年 (Q1), 1619年 (Q2)
『ハムレット』: 1603年 (Q1), 1604年 (Q2), 1611年 (Q3), 1622年 (Q4)
『リア王』: 1608年 (Q1), 1619年 (Q2)
『トロイラスとクレシダ』: 1609年 (Q)
『ペリクリーズ』: 1609年 (Q1, Q2), 1611年 (Q3), 1619年 (Q4), 1930年 (Q5), 1635年 (Q6)
『オセロ』: 1622年 (Q1)
『二人の貴公子』: 1634年 (Q)


これらの四折版の中には、テキストの質にばらつきがあり、特に『ロミオとジュリエット』、『ヘンリー五世』、『ウィンザーの陽気な女房たち』、『ハムレット』のQ1は、「悪い四折版」と呼ばれています。また、1619年に出版された『フォールス・フォリオ』には、『ヘンリー五世』Q3、『リア王』Q2、『ヴェニスの商人』Q2、『ウィンザーの陽気な女房たち』Q2、『夏の夜の夢』Q2、『ペリクリーズ』Q4、『ヘンリー六世 第2部』Q3、『ヘンリー六世 第3部』Q3が収録されており、作者の帰属や日付などに誤りが多く、著作権的な問題もありました。

詩の出版

シェイクスピアの詩も、四折版や八折版で出版されました。

『ヴィーナスとアドーニス』: 1593年 (Q1), 1594年 (Q2), 1595年 (O1), 1596年 (O2), 1599年 (O3, O4), 1602年 (O5, O6, O7, O8)
『ルークリース凌辱』: 1594年 (Q), 1598年 (O1), 1600年 (O2, O3), 1607年 (O4), 1616年 (O5)
『不死鳥と雉鳩』: 1601年 (Q1), 1611年 (Q2)
『ソネット集』: 1609年 (Q) - 『恋人の嘆き』を含む

これらの詩集の印刷は、戯曲の四折版と比較して、非常に質の高いものでした。

二折版

二折版は、四折版よりも高価で権威があり、文学作品に適した形式とされていました。シェイクスピアの生前には、戯曲は文学作品として認められていなかったため、二折版で出版されることはありませんでした。しかし、シェイクスピアの死後、初めて二折版の出版が実現しました。

ファースト・フォリオ

1623年に出版された『Mr. William Shakespeare's Comedies, Histories & Tragedies』（通称「ファースト・フォリオ」）は、シェイクスピアの戯曲をまとめた最初の二折版であり、シェイクスピア研究において最も重要な資料の一つです。この「ファースト・フォリオ」は、シェイクスピアの劇団の役者であったジョン・ヘミングスとヘンリー・コンデルによって編集され、36作品を「喜劇」「歴史劇」「悲劇」に分類して収録しています。

収録作品

喜劇

テンペスト（初出）
ヴェローナの二紳士（初出）
ウィンザーの陽気な女房たち
尺には尺を（初出）
間違いの喜劇（初出）
空騒ぎ
恋の骨折り損
夏の夜の夢
ヴェニスの商人
お気に召すまま（初出）
じゃじゃ馬ならし（初出）
終わりよければ全てよし（初出）
十二夜（初出）
冬物語（初出）

歴史劇

ジョン王（初出）
リチャード二世
ヘンリー四世 第1部
ヘンリー四世 第2部
ヘンリー五世
ヘンリー六世 第1部（初出）
ヘンリー六世 第2部
ヘンリー六世 第3部
リチャード三世
ヘンリー八世（初出）

悲劇

トロイラスとクレシダ
コリオレイナス（初出）
タイタス・アンドロニカス
ロミオとジュリエット
アテネのタイモン（初出）
ジュリアス・シーザー（初出）
マクベス（初出）
ハムレット
リア王
オセロ
アントニーとクレオパトラ（初出）
シンベリン（初出）

「ファースト・フォリオ」は、四折版と比較して、必ずしも完全に正確なテキストとは言えません。省略された行や、誤植、テキストの崩れなども多く見られます。しかし、多くのシェイクスピア作品が初めてまとまった形で収録されたという点で、非常に重要な意味を持っています。

その後の二折版

「ファースト・フォリオ」は、その後も何度か再版されました。

セカンド・フォリオ (F2): 1632年出版。
サード・フォリオ (F3): 1663年出版。1664年の第2刷では、『ペリクリーズ』を含む7作品が追加されました。
フォース・フォリオ (F4): 1685年出版。F3と同じ43作品が収録されています。

これらの二折版は、18世紀のシェイクスピアの戯曲本の基礎となり、後の編者たちの校訂作業のベースとなりました。

まとめ

シェイクスピアの初期テキストは、四折版、二折版、八折版という様々な形態で出版され、今日の研究において重要な役割を果たしています。特にファースト・フォリオは、シェイクスピアの戯曲をまとめた最初の二折版として、その後の出版に大きな影響を与えました。これらの出版物の研究を通じて、シェイクスピアの作品の理解を深めることができるでしょう。

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