フランシスコ・ボルハ

聖フランシスコ・デ・ボルハ：貴族から聖人へ

聖フランシスコ・デ・ボルハ（1510年 10月28日 - 1572年 9月30日）は、16世紀のスペインにおいて、貴族、軍人、政治家、そして聖職者として活躍した人物です。イエズス会士であり、第3代イエズス会総長を務めた彼は、カトリック教会において聖人とされ、祝日は10月10日です。その象徴は帝冠を被った頭骨であり、地震に対する守護聖人としても知られています。

生涯

幼少期

1510年、バレンシア王国のガンディア近郊で、ボルジア家出身の第3代ガンディア公フアン・ボルハとアラゴン王女フアナの長男として生まれました。母方の祖父はアラゴン王フェルナンド2世の庶子であり、父方の祖父はローマ教皇アレクサンデル6世という、名門の血筋を引いていました。父は2度の結婚で13人または17人の子をもうけ、フランシスコは長男として後継者に定められました。幼い頃から信仰深かったフランシスコは聖職者を志しましたが、父の意向で乗馬や狩猟、武術を学び、田舎で生活を送りました。

1520年、母の死とコムネロスの反乱という二つの出来事が彼の人生を大きく変えました。母の死に衝撃を受けたフランシスコは、自室に閉じこもって自分を責めました。反乱の余波でガンディアを離れ、母方の伯父であるサラゴサ大司教フアン・デ・アラゴンに引き取られ、3年間騎士・廷臣としての教育を受けました。

1523年、13歳で父の命によりトルデシリャスへ。母方の大叔母であるカスティーリャ女王フアナと従叔母であるカタリナに仕え、カタリナがポルトガル王ジョアン3世に嫁ぐとサラゴサに戻り、修辞学と哲学を学びました。1528年には、従叔父にあたる神聖ローマ皇帝カール5世の宮廷に出仕し、美貌と騎士としての力強さ、謙虚さを兼ね備えた若者として知られるようになりました。

宮廷での活躍

宮廷で頭角を現したフランシスコは、1529年にポルトガル貴族のレオノール・デ・カストロと結婚し、8人の子をもうけました。皇帝夫妻の友人として重用され、ロンベイ侯爵や王室狩猟長に任命されたほか、皇太子フェリペ（後のフェリペ2世）の個人教師も務めました。また、この頃、異端の疑いで投獄されていたイグナチオ・デ・ロヨラと出会いましたが、当時はさほど印象に残らなかったようです。

カール5世に従い、何度も従軍したフランシスコは、1535年のチュニス征服でマラリアに罹り、長期間病床に伏せました。1536年の遠征にも参加しましたが、友人ガルシラソ・デ・ラ・ベーガを失うなど、多くの苦難を経験しました。病から回復した後、亡くなった皇后の葬儀を取り仕切った際、美しかった皇后が崩れていく姿を見て「二度と命ある君主に仕えまい」と決意し、隠棲を考え始めました。

しかし、皇帝からカタルーニャ副王に任命されたフランシスコは、4年間同地を統治しました。盗賊や反抗的な貴族、不正を働く官僚を厳しく取り締まり、防衛強化と治安維持に尽力しました。カタルーニャ住民からはあまり受け入れられませんでしたが、皇帝からの信頼は厚く、サンティアゴ騎士団の幹部にも任命されました。1541年には、ロヨラがイエズス会初代総長に選ばれ、イエズス会との関係が始まりました。

1542年に父が亡くなりガンディア公位を継承しましたが、カタルーニャ副王を辞任し、故郷に隠棲しました。その後、スペインを訪れていたピエール・ファーヴルとアラオスに出会い、イエズス会の精神に深く魅了されました。

イエズス会への入会

1546年に妻が亡くなると、フランシスコは世俗の生活を捨てて修道者となることを決意し、イエズス会に入会しました。公爵としての立場上、すぐには公表できず、秘密裡に入会した彼は、ロヨラと相談しながら身辺整理を行い、神学の勉強に専念しました。1548年に正式に入会を宣言し、長男の結婚や子供たちの進路を整え、イエズス会最初の大学であるガンディア大学の設立にも尽力しました。

1550年にローマを訪問し、翌1551年には司祭に叙階され、ガンディア公位を長男に譲って聖職者としての道を歩み始めました。ローマ学院（後のグレゴリアン大学）への私財寄付など、財政面でもイエズス会を支援しました。教皇ユリウス3世から枢機卿の打診を拒否し、無名の巡回説教師として生きることを望みましたが、その優れた指導力は隠せず、周囲の人々から指導的立場を求められることが多くありました。1553年にはポルトガル王宮説教師となり、1554年と1555年には幽閉中のフアナの看護に尽くしました。

1554年にはイエズス会のスペイン・ポルトガル総長代理となり、多くの学校と修練院を開設し、イエズス会の普及に尽力しました。しかし、スペインの国粋主義と異端審問の圧力により、苦難の時を過ごしました。1548年と1550年に執筆した著書は禁書目録に挙げられ、焚書にされました。身の危険を感じたフランシスコは、一旦ポルトガルへ亡命し、その後、ローマへ移りました。

イエズス会総長と列聖

1565年、第3代イエズス会総長に選出されたフランシスコは、教皇ピウス5世の協力のもと、イエズス会の会則を整備し、ローマ学院の基盤強化と修道士の教育に尽力しました。また、ジェズ教会の建立を後押しするなど、イエズス会の発展に大きく貢献しました。海外宣教にも力を入れ、特にアメリカ大陸への伝道活動を推進しました。

1570年には、教皇特使としてヨーロッパ各国を訪問し、対オスマン帝国同盟の結成を呼びかけましたが、交渉は難航しました。1572年、病状が悪化したためローマへ帰還し、同年9月30日に息を引き取りました。1624年に列福され、1671年には列聖されました。

フランシスコは、幼少期からの敬虔さと、優れた教育によって培われた騎士としての技量を持ち合わせていました。謙虚な性格で、世俗的なものよりも精神的な目標に関心を向けていました。若い頃には厳格で傲慢な一面も見られましたが、厳しい苦行を通して激情を制御し、責任感と信仰によって人格を形成しました。

1550年のローマ訪問では、ボルジア家の悪名とは対照的なフランシスコの謙虚さが人々の注目を集めました。また、冗談好きでユーモアのある一面も持ち合わせていました。

1551年のミサでは、聴衆が言葉の壁を超えて感動の涙を流したという逸話も残っています。庶民からの人気は絶大で、神秘家として知られるアビラのテレサにも意見を求められたほか、1571年のヨーロッパ訪問でも、行く先々で群衆がフランシスコを一目見ようと集まりました。

子女

妻レオノールとの間に8人の子をもうけ、子供たちの進路と縁組を定めた後、イエズス会へ入会しました。

カルロス（第5代ガンディア公）
イサベル（デニア侯夫人）
フアン（初代マヤルデ伯、ポルトガル副王）
アルバロ（駐教皇庁大使）
フアナ（アルカニス侯夫人）
フェルナンド（カラトラバ騎士団の騎士）
ドロテア（ガンディアのサンタ・クララ修道院修道女）
アルフォンソ（皇帝侍従）

子孫には、フェリペ3世の寵臣として知られるレルマ公フランシスコ・デ・サンドバル・イ・ロハスや、ポルトガル王ジョアン4世妃ルイサ・デ・グスマンなどがいます。また、ペルー副王やヌエバ・グラナダ総督を務めた子孫もおり、アメリカ植民地の行政・教育の発展に貢献しました。

まとめ

聖フランシスコ・デ・ボルハは、貴族という恵まれた身分に生まれながらも、世俗を捨てて信仰の道を選びました。彼の生涯は、自己犠牲と献身の精神、そして信仰の力によって、人の生き方がいかに変わるかを示す模範です。イエズス会の発展に大きく貢献した彼の功績は、今日まで語り継がれています。

参考文献

マリオン・ジョンソン著、海保眞夫訳『ボルジア家悪徳と策謀の一族』中央公論社、1984年。
イヴァン・クルーラス著、大久保昭男訳『ボルジア家』河出書房新社、1989年。
ドナルド・アットウォーター、キャサリン・レイチェル・ジョン著、山岡健訳『聖人事典』三交社、1998年。
伊藤滋子『幻の帝国南米イエズス会の夢と挫折』同成社、2001年。
ウィリアム・バンガート著、上智大学中世思想研究所監修『イエズス会の歴史』原書房、2004年。
樺山紘一編『ヨーロッパ名家101』新書館、2004年。
西川和子『スペインフェリペ二世の生涯 -慎重王とヨーロッパ王家の王女たち-』彩流社、2005年。
大高保二郎・松原典子編訳『ゴヤの手紙上』岩波書店（岩波文庫）、2021年。