マッドドッグ・バション

マッドドッグ・バション：狂犬の異名をとったレスリング界のレジェンド

1929年、カナダ・ケベック州モントリオールに生まれたモーリス・バションは、リングネーム『マッドドッグ・バション』として知られる、20世紀を代表するプロレスラーの一人です。180cmに満たない小柄な体格ながら、卓越したレスリング技術と、その異名通りの凶暴なファイトスタイルで世界中のファンを魅了しました。オリンピック出場経験を持つ正統派レスラーとしての側面と、観客を熱狂させる狂犬のような闘争本能の両面を併せ持った、まさに唯一無二の存在でした。

華々しいキャリアの始まりとヒール転向

13人兄弟の1人として生まれたバションは10代からレスリングを始め、才能を開花させます。カナダナショナルチーム入りを果たし、19歳にして1948年ロンドンオリンピックのカナダ代表として出場するなど、若くしてその名を世界に知らしめました。1950年、プロレスラーとしてキャリアをスタート。当初はベビーフェイスとして活躍していましたが、モントリオールのヒーロー、ユーボン・ロバートを負傷させた試合を転機に、1955年、ヒールに転向します。この転向によって、バションはより一層強烈な個性と人気を獲得し、のちにモントリオールで興行戦争を繰り広げることになる「ハンサム」ジョニー・ルージョーらとの抗争劇は、プロレス史に刻まれた伝説となっています。

数々のタイトル獲得とアメリカ進出

1959年からは、弟の「ブッチャー」ポール・バションとのタッグチームを結成。カナダのみならず、アメリカ南部へと進出し、テキサスやミッドアトランティックなど各地でタッグタイトルを獲得しました。1962年には一時的に弟とのコンビを解消し、パシフィック・ノースウエスト・レスリングに参戦。NWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座を獲得し、ビリー・ホワイト・ウルフ、ニック・ボックウィンクル、ザ・デストロイヤーといった当時のトップレスラーたちと激闘を繰り広げました。

1964年からはアメリカン・レスリング・アソシエーション（AWA）を主戦場とし、AWA世界ヘビー級王座を5度獲得。バーン・ガニアとの激闘は、プロレス史に名高い抗争として語り継がれています。ガニアとの対戦では、狂乱ファイトを抑え、正統派レスリングの技術を見せることもありました。また、モントリオールでも活躍を続け、1967年にはAWA世界ヘビー級王座と、インターナショナル・ヘビー級王座（モントリオール版IWA世界ヘビー級王座）の二冠王に輝きました。さらに、WWAにも参戦し、ボボ・ブラジル、ミル・マスカラス、フレッド・ブラッシーなど世界的な強豪たちと対戦しています。

プロモーターとしての活動とキャリア晩年

1970年代には、故郷モントリオールで自身の団体グランプリ・レスリング（GPW）を設立し、プロモーターとしても成功を収めました。キラー・コワルスキーやエドワード・カーペンティアといったレスラーを招聘し、エースレスラーとして活躍する傍ら、団体運営にも手腕を発揮しました。1970年代後半以降は、AWAやNWAセントラル・ステーツ地区で活躍。フェイスターンとヒールターンを繰り返し、数々のタッグチームを組んで抗争を繰り広げました。50歳を目前とした1979年には、かつての宿敵ガニアとタッグを組み、AWA世界タッグ王座を獲得するなど、ベテランとしての貫録を示しました。1984年にはWWFと契約し、全米進出サーキットに参加。マディソン・スクエア・ガーデンにも出場するなど、世界的な活躍を見せました。

1986年に引退。引退後もWWEの興行や番組にゲストとして出演し、2010年にはWWE殿堂入りを果たしました。2013年、84歳で死去。2019年には弟のポールとのドキュメンタリー映画『Mad Dog & The Butcher』が公開されています。

日本での活躍

日本でも高い人気を誇り、1968年、日本プロレスに初来日。ジャイアント馬場＆アントニオ猪木組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦しました。馬場は、バションを「小粒だがあきれるほどタフで、基本がしっかりした超一流のレスラー」と評しています。1971年には国際プロレスに初参戦。AWA世界タッグ王者として、弟のポールとタッグを組み、日本勢を圧倒しました。IWA世界ヘビー級王座、IWA世界タッグ王座を獲得するなど、日本プロレス界にも大きな足跡を残しました。1997年には、国際プロレス社長だった吉原功の墓参を希望していたことも明かされています。

人物像

リング上では狂暴なファイターとして知られていましたが、私生活では温厚な人物だったと言われています。リック・フレアーは、バションの喧嘩の強さを高く評価しており、プロレス界でもトップクラスだったと証言しています。マイティ井上は、休日には家事を手伝っていたという逸話を語っています。ビル・ロビンソンは、バションを「MMAタイプのストリートファイター」と評し、その実力と喧嘩の強さを認めています。タイガー・ジェット・シンとはモントリオールで犬猿の仲だったと伝えられていますが、バション自身はシンに敗れたことはない、と主張していました。

得意技と獲得タイトル

バションの得意技は、ドリル・ア・ホール・パイルドライバー、シュミット式バックブリーカー、コブラクラッチ、コブラツイスト、ナックルパンチなど。さらに、凶器攻撃や噛みつきなど、何でもありのファイトスタイルで相手を圧倒しました。数々のタイトルを獲得し、その功績はプロレス界の歴史に深く刻まれています。

マッドドッグ・バションは、類まれな才能と個性でプロレス界に大きな影響を与えた、まさに伝説的な存在と言えるでしょう。彼の生き様は、これからも多くのプロレスファンを魅了し続けることでしょう。

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