ヴァルーシアの蛇人間

クトゥルフ神話における蛇人間：その起源、多様な姿、そして世界観への統合

クトゥルフ神話に登場する蛇人間（Serpent Men、Snake Men、Serpent Person、Serpent Folk）は、爬虫類の特徴を持つ知的な人型生命体として、古くから様々な作品で描かれてきました。特に「ヴァルーシアの蛇人間」という呼称は、ロバート・E・ハワードの創作によるヴァルーシア王国に由来する蛇人間を指します。

ハワード、スミス、そしてラヴクラフト：それぞれの蛇人間像

蛇人間の初出は、ハワードの『キング・カル』シリーズ、『影の王国』（1929年）です。この作品における蛇人間は、先史時代のヴァルーシア王国を築いた知的種族として描かれ、人類との覇権争いに敗れながらも、影から世界を操ろうとします。

一方、クラーク・アシュトン・スミスは、『二重の影』（1934年）と『七つの呪い』（1934年）で独自に蛇人間を描写しました。当初、ハワードとスミスの蛇人間は別個の存在でしたが、後にH.P.ラヴクラフトやリン・カーターらによって、クトゥルフ神話の枠組みの中で設定が拡張され、世界観が統合されていきます。

ラヴクラフトは1921年の作品『無名都市』において、先史時代に栄えた爬虫類型の知性体が登場させており、これが後のクトゥルフ神話における蛇人間像に影響を与えました。また、『闇をさまようもの』（1936年）では、呪物「輝くトラペゾヘドロン」の過去の所有者がヴァルーシアの蛇人間であると示唆しています。

歴史と世界観の接続：複雑な時系列と設定の統合

ハワードの『キング・カル』シリーズは、紀元前10万年前のアトランティス時代を舞台としています。ヴァルーシアはアトランティスの東にあるトゥーレ大陸の七帝国の一つであり、蛇人間はこの地で栄華を誇りました。しかし、台頭する人類との争いに敗れ、伝説の存在となります。

その後、ハワードは『コナン・シリーズ』において、約2万年前のハイボリア時代にも蛇人間が登場させました。ここでは、蛇の体に人間の頭部を持つ姿や、単なる巨大な蛇として描写されています。スティギア王国では、蛇人間はセトの子として崇拝されていました。

さらに、『ブラン・マク・モーン』シリーズでは、蛇人間の退化種である大地の妖蛆が登場します。これは3世紀のスコットランドを舞台とし、現実の歴史に則った物語です。

これらの設定は、異なる時代を舞台とするハワードの3つのヒロイック・ファンタジー・シリーズを、地球の歴史を巡る一つの物語として統合する試みの中で生み出されました。リン・カーターは、「エイボンの書」に関連する作品群を通して、ハワード、ラヴクラフト、スミスらの設定を統合しようと試みましたが、設定上の矛盾や数字の不一致もあり、完全な統合は実現していません。

多様な姿と信仰：統一されていない蛇人間像

蛇人間の容姿は、作品によって様々です。基本的には鱗に覆われた尻尾を持つ直立二足歩行の知性体ですが、『コナン』シリーズのように蛇に近い姿のものや、蛇の髪を持つものなども存在します。

蛇人間が奉仕種族なのか独立種族なのかも、設定によって異なります。カーターの作品ではイグ（およびハン、バイアティス）やツァトゥグァといった蛇神が登場する一方で、ハワードの作品ではセト、スミス作品では特定の神は登場しません。

蛇人間の亜種：大地の妖蛆とその他の種族

蛇人間の亜種として、大地の妖蛆が知られています。これはハワードによって創作され、『夜の末裔』、『闇の種族』、『大地の妖蛆』、『妖蛆の谷』などに登場します。短身で醜く、鱗に覆われた皮膚と黄色い目が特徴です。知性があり、剣を使うこともできます。人間との混血も存在するようです。クトゥルフ神話TRPGでは、蛇人間の退化した亜種または人間との混血として扱われています。

他にも、H.P.ラヴクラフトの『墳丘の怪』に登場するヨスの種族、無名都市の爬虫類、『崑央の女王』などの作品に登場する崑央の種族など、様々な蛇人間あるいはそれに類する種族が、クトゥルフ神話の世界に存在します。これらの種族は、それぞれ独自の宗教や歴史を持ち、クトゥルフ神話の豊かな世界観を彩っています。

結論：多様な解釈と可能性

蛇人間は、クトゥルフ神話において、その起源や姿、信仰、歴史など、様々な解釈が可能な魅力的な存在です。複数の作家によって創作され、拡張され、統合されてきたその歴史は、クトゥルフ神話の複雑さと奥深さを象徴していると言えるでしょう。今後も、新たな解釈や設定が加えられる可能性を秘めた、謎多き種族なのです。

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