中央アジアの美術

中央アジアの美術は、東トルキスタンと西トルキスタンを中心とした地域で展開された美術を指します。この地域は、広大なユーラシア大陸の中央に位置し、多様な民族と文化が交錯する場所でした。

地域の概要

中央アジアは、パミール高原の東西に広がる地域で、東トルキスタンは現在の中国新疆ウイグル自治区に、西トルキスタンは旧ソ連の中央アジア5か国（カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギス）とアフガニスタン北部を含みます。この地域は、東西に天山山脈が走り、その南北で砂漠と草原という異なる環境が広がっています。

北部の草原地帯では、騎馬遊牧民が家畜を連れて移動する生活を送り、羊や山羊などの群れを形成する動物を飼育していました。一方、南部の砂漠地帯では、オアシスや河川沿いに人々が定住し、農耕や手工業、商業を営んで都市を形成しました。遊牧民と定住民は対立しながらも、物資を交換しあい共存していました。

中央アジア美術の特色

中央アジアの美術作品は、石窟寺院の壁画や塑像、都市遺跡、古墓からの出土品が主体です。これらの美術品には、土着の要素に加え、ヘレニズム、メソポタミアなどの西方文化、中国やインドなど周辺地域の文化の影響が混ざり合っています。

特に、宗教美術が多く、仏教、ゾロアスター教、マニ教、景教など、さまざまな宗教が信仰されていました。特に仏教関連の遺跡や美術品が多く残っています。751年のタラス川の戦いを境に、西トルキスタンではイスラム化が進みましたが、本項ではイスラム化以前の美術を扱います。

制作年代

中央アジアの美術作品の制作年代を特定することは困難です。石窟自体に銘記が少ない上、同時代の文献史料も不足しています。近年、放射性炭素年代測定による調査が行われていますが、従来の美術史観よりも古い年代を示す場合があり、編年の再考が求められています。

文化遺産の受難

アフガニスタンのバーミヤーンには、巨大な仏像が建立されていましたが、2001年にイスラム原理主義勢力タリバンによって破壊されてしまいました。また、アフガニスタンでは、内戦や略奪によって多くの文化財が国外に持ち出されましたが、その後、一部は日本を経由してアフガニスタンに返還されています。貴重な文化財は、大統領宮殿の地下に保管され、その存在が確認されました。

西トルキスタンの美術

概要

西トルキスタンは、草原地帯と砂漠・オアシス地帯に分かれます。北部は遊牧民が暮らし、南部には砂漠が広がります。アム川やシル川などの内陸河川が流れ、バクトリア、ソグディアナ、ホラズムなどの古代都市が栄えました。この地は、アレクサンドロス大王の東方遠征後、ヘレニズム文化圏に入り、東西文化の交流地となりました。その後も、遊牧民族や様々な民族の国家が興亡を繰り返しました。

先史時代から青銅器時代

先史時代には、洞窟壁画が残されていますが、美術作品と呼べるものは少ないです。紀元前6000年代頃には、農耕・牧畜が伝わり、彩文土器を伴う文化が現れました。紀元前3000年代後半から2000年代前半には青銅器時代に入り、メソポタミアやイランの影響を受けた儀式用の青銅器が作られました。

スキタイなど草原遊牧民の美術

紀元前1000年前後には、スキタイなどの遊牧民族が北方草原地帯に現れ、彼らは動物をモチーフにした装飾を施した金属製の馬具や武器を制作しました。特に、グリフィンは、力や霊魂を運ぶ象徴として用いられました。

アケメネス朝からグレコ・バクトリア王国

紀元前6世紀頃から、バクトリアはアケメネス朝ペルシャの支配下に入り、その後、アレクサンドロス大王によってヘレニズム文化圏の一部となりました。紀元前250年頃にはグレコ・バクトリア王国が成立し、ギリシャ文化と土着文化が融合しました。グレコ・バクトリア王国時代には、コインが多数発行され、メナンドロス1世のコインにはギリシャ文字と土着のカローシュティー文字が併記されています。

アイ・ハヌム

アフガニスタン北東部にあるアイ・ハヌムは、グレコ・バクトリア王国の都市遺跡です。この都市は、ギリシャ式の都市計画に基づいて建設されました。出土品には、コリント式の柱や彫像、コイン、象牙製品などがあり、東西文化の融合を示しています。特に、『キュベレー女神像円板』は、様々な文化要素が組み合わされた貴重な遺物です。

大月氏とクシャーナ朝

紀元後1世紀から3世紀にかけては、クシャーナ朝のもとで仏教文化が栄えました。大月氏という遊牧民族がこの地域に侵入し、クシャーナ朝を建国したとされています。クシャーナ朝は、ヒンドゥークシュ山脈を越えて北西インドまで勢力を広げ、ガンダーラ美術が発展しました。

ティリヤ・テペ

アフガニスタン北部のティリヤ・テペからは、紀元後1世紀の古墓群が見つかり、多くの黄金製品が出土しました。これらの副葬品には、ヘレニズム、パルティア、スキタイ、インドなどの要素が混在しています。特に、有翼女神像やこめかみ飾りは、東西の文化融合を象徴する遺物です。

ベグラムの遺宝

ベグラムはクシャーナ朝の夏の都で、異文化の交流を示す遺物が多数出土しました。ガラス製品、エジプトの青銅像、インドの象牙細工、中国の漆器の断片などが見つかり、当時の国際交易の盛んさを物語っています。

ガンダーラとバーミヤーン

ガンダーラ

ガンダーラは、現在のパキスタン北部に位置し、ヘレニズム的要素が強い仏教美術が発展しました。仏像が初めて作られた地域の一つとしても知られ、インド、中央アジア、中国などの仏教美術に影響を与えました。ガンダーラの仏陀像は、ギリシャ風の顔貌とイラン系の円光を持ち、東西文化が融合しています。仏伝図の浮彫も多数制作されました。

バーミヤーン

アフガニスタン北東部のバーミヤーンには、巨大な仏像が建立されていましたが、2001年にタリバンによって破壊されました。この地は5世紀頃から仏教が栄え、石窟寺院が多数造営されました。東大仏と西大仏は、巨大な礫岩の断崖を彫り抜いて造られ、表面は漆喰で覆われていました。石窟内には壁画も描かれていましたが、多くが失われました。

東トルキスタンの美術

概要

東トルキスタンは、天山山脈の南北に広がり、タクラマカン砂漠が中心に位置します。この地域には、カシュガル、クチャ、トルファン、ホータンなどのオアシス都市が点在しました。古くからシルクロードが通り、東西の文化交流が盛んに行われました。この地域は、匈奴、月氏、エフタル、突厥などの遊牧国家が支配した時期と、中国の支配下となった時期がありました。

シルクロード

シルクロードは、中央アジアを東西に結ぶ交易路で、東トルキスタンを通過しました。この交易路には、「草原の道」と「オアシスの道」があり、「オアシスの道」は天山山脈の南北を通るルートに分かれていました。シルクロードを通じて、物資だけでなく、文化や宗教も伝播しました。

オアシス国家の盛衰

タリム盆地には、多くのオアシス国家が興亡しました。前漢の武帝は、匈奴に対抗するため、大月氏と同盟を結ぼうとしましたが、失敗しました。その後、漢は西域都護府を置き、西域の支配を強化しました。しかし、後漢の衰退とともに、西域は遊牧民族の支配下に入り、その後も様々な民族や国家がこの地を支配しました。

シルクロードの探検家たち

19世紀後半から20世紀前半にかけて、ヨーロッパやロシア、日本の探検家たちが、タリム盆地の調査を行いました。彼らは貴重な文化遺産を発見しましたが、同時に壁画や塑像を海外に持ち出し、文化遺産の略奪という批判も受けています。これらの探検で収集された遺物は、世界の博物館に収蔵されています。

西域北道の美術

トルファン

トルファンは、天山南道（西域北道）の東端に位置し、古代の車師国、高昌国にあたります。乾燥した気候のため、古墓からミイラや絹織物、紙絵などが発見されています。ベゼクリク千仏洞は、この地域を代表する遺跡で、ウイグル人によって描かれた仏教壁画が多く残っています。

クチャ

クチャは、古代の亀茲国で、西域北道の中ほどに位置します。鳩摩羅什はこの地の出身で、仏典の翻訳に貢献しました。キジル石窟は、クチャを代表する遺跡で、本生図を主題とした壁画が多数残っています。壁画はガンダーラの影響を受けたものから、インド・イラン様式へと変化していきました。

西域北道のその他の遺跡

カラシャールやトゥムシュクの遺跡からは、塑像や壁画が出土しており、西域北道における仏教美術の発展を知ることができます。特に、ショルチュクの如来坐像や、トックズ・サライの仙人サンチャーリン本生図は、当時の美術様式をよく表しています。

西域南道の美術

ホータン

ホータンは、西域南道を代表するオアシス都市で、玉の産地として知られています。仏教が栄えましたが、石窟寺院は少なく、寺院や塔婆は煉瓦や木で作られました。木片に描かれた絵画や、木製の家具、銅造の仏頭などが残されています。

ミーラン

ミーランは、西域南道の東に位置する仏教遺跡で、ローマ風の壁画が残されています。この遺跡は、鄯善国の都城・扜泥城にあたると推定されています。壁画にはプリュギア帽を被る人物や花綱を担ぐ童子などが描かれており、西方の影響が色濃く表れています。

まとめ

中央アジアの美術は、多様な文化が交錯する中で独自の発展を遂げました。シルクロードを介した東西の交流により、ヘレニズム、メソポタミア、インド、中国など様々な文化の影響を受け、独自の美術が形成されました。石窟寺院の壁画や、出土した遺物は、当時の文化交流や宗教観、生活様式を今に伝えています。

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