園原

園原（そのはら）

園原は、長野県下伊那郡阿智村智里に位置する地域で、古代から中世にかけて和歌に詠まれた歌枕の地として知られています。長野県歌『信濃の国』にもその名が登場し、県内有数の名勝旧跡となっています。現在では、「東山道と古文学の里 園原」、「信濃比叡」、「花桃の里 月川温泉郷」、「日本一星空の里」など、多くの観光スポットが点在する魅力的なエリアです。

概要

園原は、恵那山の東山麓に位置する山里で、中央自動車道の恵那山トンネル長野県側入口付近にあります。園原インターチェンジが近く、アクセスも良好です。

古代、園原は都から出羽へ向かう官道である東山道の道筋にあり、美濃と信濃の間の難所であった神坂峠（標高1576m）の信濃側、麓の山里として栄えました。美濃国坂本駅と信濃国阿知駅は約40kmも離れており、峻険な峠越えの旅は、他の宿駅間の2.5倍もの日程と労力を要する難所でした。園原は阿知駅の手前約12kmに位置し、畿内から神坂峠を越えた最初の山里であったため、峠を往来する旅人の体験談が都の人々に知られるようになり、歌に詠まれるようになりました。

園原や伏屋（布施屋）、そして遠くから見ると現れるが、近づくと見えなくなるという「帚木」などが、和歌や物語に多く登場し、逢うことの可否や有無を象徴的に表現する題材として用いられました。このことから、園原とその周辺は古代から中世にかけて、古典文学（漢詩、和歌など）創造の地となり、万葉人や百人一首の歌人、平安時代の三十六歌仙など、多くの歌人が都から遠く離れたこの地を訪れ、歌を詠み残しました。

16世紀中ごろまで、神坂峠越えの東山道は利用されていましたが、天正地震（1586年）により、その役割を終えたとされています。阿智村寺尾には園原姓の住民がいますが、彼らは園原地域から移住した人々の末裔と伝えられています。この地域に再び人々が住み始めたのは江戸時代の1716年で、それまでの約130年間は無人でした。

1975年（昭和50年）には、古代東山道の最大の難所であった神坂峠の真下に中央自動車道恵那山トンネルが開通。1992年（平成4年）には、中央自動車道の名古屋方面のみ出入口を持つハーフインターチェンジである「園原インターチェンジ」が開通し、交通の便が向上しました。2008年には、観光サポート施設である東山道・園原ビジターセンターはゝき木館が開設され、観光客を迎えています。

地域内の旧跡

神坂神社：園原の里から神坂峠へ向かう途中の上部に鎮座。海神である住吉様を祀っています。
帚木：和歌に詠まれた桧の銘木。大正時代に片方が折れ、1958年（昭和33年）の台風で残りの支幹も倒れました。
暮白の滝：夕暮れ時に白く見える滝。滝見台からは南アルプスを一望できます。
駒つなぎの桜：源義経が駒をつないだと伝えられる一本桜の老木で、4月下旬に開花します。
月見堂：廣拯院跡と伝えられています。

園原周辺を詠まれた古代和歌など

和歌に詠まれた主な歌枕

帚木：
源俊頼の歌論書『俊頼髄脳』には、「信濃の国に園原伏屋という場所があり、そこに生える木が、遠くから見ると庭を掃く箒のように見えるが、近くで見ると消えてしまう」と記されています。
顕昭の歌学書『袖中抄』には、坂上是則の歌を引きつつ、「美濃と信濃の境にある園原伏屋という場所にある木は、遠くから見ると箒のように見えるが、近くで見るとそのような木はない」とあります。

> 園原や伏屋に生える帚木のありとて行けどあわぬ君かな （坂上是則）

木賊：シダ植物の一種で、砥石草とも呼ばれます。園原周辺に自生し、木製品などを磨くのに用いられました。

> 木賊かる園原山の木の間よりみがきいでぬる秋の夜の月 （源 仲正）
謡曲『木賊』：世阿弥の作品で、園原山を舞台に、行方不明になったわが子を探す翁が、信濃伏屋の里で木賊を刈る様子が描かれています。
京都祇園祭の舁山の一つである『木賊山』は、この謡曲『木賊』に由来しています。

神坂峠：古代東山道の最大の難所であり、標高1576メートルの峠です。都と東国との境界としての意識があり、峠に立つと旅人のさまざまな思いがめぐらされたことでしょう。古代祭祀遺跡として、峠の平坦部からは石製の模造品などが多数発掘されており、1972年に全国初の峠祭祀遺跡として長野県史跡に、1981年には国史跡に指定されました。

伏屋/布施屋：「叡山大師伝」によると、伝教大師（最澄）が神坂峠を越えた際（817年）、旅人の救済のため、信濃側に「広拯院」、美濃側に「広済院」を設けたとされています。これら二院が、貧しい旅人のための宿である伏屋（布施屋）として伝えられました。この故事により、平成12年（2000年）には「広拯院」一帯が「信濃比叡」の称号を叡山座主から授けられました。

石碑（文学碑など）

園原碑：園原の里の来歴を大和詞で刻んだ石碑。題字は東久世通禧、碑文は角田忠行、揮毫は富岡百錬。明治34年（1901年）に地元園原の熊谷直一が発起人となって建立されました。

碑文の訓読：
> みすずかる信濃国伊奈郡園原の里は、みず垣の久しき昔に開け、ちはやふる神代にしては、八意思兼神の御子天表春之命あもりつき給いぬ。阿智神社川合の陵などはその御跡なる。うつしみの人王となりては、景行天皇の皇子倭建命いでまして、御坂の神を言向け給いぬ。神坂の社あるはその遺蹟になむ。かくはやくよりの官道なれば、自然都人の往来もおおかりしゆえに、万葉集にも神の御坂と詠み、また園原、伏屋、帚木等もいにしえ人の歌詞にもみえて、くにぶりと共にその聞こえ世に高く、また紫のとじは物語の巻の名にさえ負わせたりき。かく名所多くある地なるに、かって久しく岐蘇路開けし以後、清内路、大平などの枝道もようように多くなりきて、ここをゆきかえる人　いとまれなれば、ついにはかくある名所の消え滅びむことをいたくうれたみ、この地の志あつき者たち相はかりてその由を碑文にのこし、のちの世に伝えあるいはいにしえを好むまめびとの導きにもと、そのあらましをかくの如くになむ。

渉信濃坂詩碑：弘仁5年（814年）に成立した勅撰漢詩集『凌雲集』に掲載された、坂上今継の漢詩を刻んだ石碑。揮毫は黒坂周平。
> 積石はせんちょうけわしく みちあやううして九折に分かる 人は迷う辺地の雪 馬はふむ半天の雲
岩冷ややかに花咲き難く たに深くしてひくれやすし きょうかんいずこにかある かくしうたたふんぶん

万葉集 防人歌碑：万葉集 巻20 歌番号4402に収録された、天平勝宝7歳（755年）の防人、神入部子忍男の歌を刻んだ石碑。
> ちはやふるかみのみさかにぬさまつりいはふいのちはおもちちがため

万葉集 東歌碑：万葉集 巻14 歌番号3399の歌を刻んだ石碑。揮毫は犬養孝。平成6年（1994年）建立。
> しなのじはいまのはりみちかりばねにあしふましむなくつはけわがせ

坂上是則歌碑：新古今[[和歌集]] 巻11 恋歌1 歌番号997に収録された、坂上是則の歌を刻んだ石碑。揮毫は塚田嶺山。
> そのはらやふせやにおふるははきぎのありとはみえてあはぬきみかな

源氏物語帚木の歌碑：源氏物語 第2帖 帚木の一節を刻んだ石碑。紫式部の作。揮毫は矢澤玉苑。

宗良親王 歌碑：李花集に収録された、宗良親王の歌を刻んだ石碑。揮毫は原隆夫。

源仲正 名月歌碑：夫木和歌抄に収録された、源仲正の歌を刻んだ石碑。揮毫は北原阿智之助。明治35年（1902年）に熊谷直一が建立。
> とくさかるそのはらやまのこのまよりみがかれいつるあきのよのつき

画像

（画像については、テキストでの出力が困難なため省略します。）

出典

智里村誌 園原詩歌集
下伊那史4巻 御坂路の文学
古代東山道 園原と古典文学

参考文献

『智里村誌』 智里村青年会編 代表 石原衛 智里村青年会発行 1934年（昭和9年）
『下伊那史4巻』 下伊那史編纂会 代表 市村咸人 信濃教育会出版部発行 1961年（昭和36年）
『長野県の地名』 日本歴史地名大系20 一志茂樹監修 平凡社発行 1975年（昭和50年）
『阿智村誌』阿智村誌編集委員会 阿智村誌刊行委員会発行 1984年（昭和59年）
『古代東山道 園原と古典文学』 和田明美著 愛知大学綜合郷土研究所編集 あるむ発行、2010年（平成22年）
『東山道の峠の祭祀』市澤英利著 新泉社発行 2008年

関連項目

園原インターチェンジ
昼神温泉
恵那山
神坂峠
富士見台高原
阿智神社
神坂神社
ヘブンスそのはらSNOW WORLD
花桃の里 月川温泉郷

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