天山ウイグル王国

天山ウイグル王国

天山ウイグル王国は、9世紀から13世紀にかけて現在の中国新疆ウイグル自治区に存在した古代ウイグル人の国家です。西ウイグル王国、高昌回鶻、西州回鶻とも呼ばれ、都はビシュバリクに置かれました。主に東西の中継交易で栄えたこの王国は、その歴史、文化、政治において重要な役割を果たしました。

歴史

ウイグルの西走と天山ウイグル王国の成立

840年、モンゴル高原の回鶻（ウイグル）可汗国が崩壊すると、各グループはそれぞれ王子を奉じて四散しました。その中で厖（ぼう）テギンの率いる一団は西へ移動し、カルルクに亡命しようとしました。しかし、厖テギンを奉じた一派は途中で分岐し、南下して焉耆（アルク）に定住しました。一方、僕固俊が率いる一派は北庭（ビシュバリク）地方に割拠しました。カルルクへ西走した一派は、後にカラハン朝を創始することになります。厖テギンは焉耆で可汗（カガン）に即位し、北庭、西州（高昌）、輪台（ウルムチ付近）などに代官を派遣しました。856年には唐に使者を送り、嗢禄登里羅汨没蜜施合倶録毘伽懐建可汗の称号を受けました。

866年、北庭の僕固俊は西州と輪台の諸城を攻撃し占領、天山ウイグルを統一しました。しかし、870年と875年には帰義軍に敗れました。876年には伊州（ハミ）を攻略しましたが、それ以降の詳しい記録はモンゴル時代まで途絶えてしまいます。

遼と宋の記録

遼（契丹族）の歴史書『遼史』には、天山ウイグルは「和州回鶻」や「阿薩蘭回鶻」として記録されています。「阿薩蘭回鶻」は当時の天山ウイグルの可汗が代々「○○・アルスラン・カガン」と称していたことに由来します。天山ウイグルは900年代から1100年代にかけて遼帝国に朝貢を行いました。

一方、北宋の歴史書『宋史』には、「高昌回鶻」と「亀茲回鶻」の記録があります。「高昌回鶻」は『遼史』の「阿薩蘭回鶻」に相当し、その記録は984年までです。「亀茲回鶻」は亀茲（クチャ）に拠った回鶻で、1001年から記録が始まりました。マスウーディーの『黄金の牧場と宝石の鉱山』には、「タガズガズ（ウイグル）はホラーサーンと中国の間のクーシャーン（亀茲）に拠り、その王はイル・ハーンと称し、マニ教を信仰していた」と記されています。高昌回鶻と亀茲回鶻の関係については議論がありますが、藤枝晃は両者は別であり、高昌回鶻が亀茲回鶻に併合されたと主張しています。

カラハン朝の侵攻

1017年、カラハン朝がベラサグン地域から侵攻しましたが、天山ウイグル王国軍はこれを撃退し、逆にカラハン朝の首都カシュガル地域へ追撃しました。さらに、セミレチエ（七河流域）に侵入し、ベラサグンに迫りました。カラハン朝の大ハン、アフマド・トゥガン・ハンは自ら軍を率いてウイグル軍を撃退し、トルファンまで反撃しました。この戦いでカラハン朝は大きな勝利を収めたものの、アフマド・トゥガン・ハンは病死しました。この戦いにより、タリム盆地東部のイスラム化は約300年遅れることになり、高昌地区の仏教文化は大きな破壊を受けました。アフマド・トゥガン・ハンの死後、カラハン朝では内部争いが激化し、天山ウイグル王国に対する戦争は中断されました。

西遼（カラ・キタイ）の属国

1124年、遼が金に滅ぼされると、皇族の耶律大石は一部の契丹族を率いてモンゴル高原に逃れ、天祐皇帝と称しました。その後、西へ移動する中で天山ウイグル王国と衝突しましたが、1132年ごろにウイグルを臣従させました。さらに、東カラハン朝から援助を求められると、東カラハン朝と敵対するテュルク諸部族を破り、ベラサグンを占領しました。耶律大石はベラサグンをグズオルドと改称し、新国家の首都としました。

チンギス・カンへの帰順

1209年、ウイグル国王（イディクート）バルチュク・アルト・テギンは国相ビルゲ・ブカの助言を得て、西遼から派遣された総督を殺害しました。翌年、モンゴル高原を統一したチンギス・カンに使者を送り、帰順の意を示しました。1211年、チンギス・カンは娘のアル・アルトゥンをバルチュク・アルト・テギンに嫁がせることを約束しました。

モンゴル帝国時代―ウイグル駙馬王家―

バルチュク・アルト・テギンはチンギスの「第5位の世嗣」と称されるほど尊重されました。以後、ウイグル王家は「ウイグル駙馬王家」として、モンゴル王族に準じる地位を得ました。モンゴル帝国および大元朝では、ウイグル出身の官僚が多数活躍し、帝国の経済を担当するようになりました。この時代、ウイグル王国方面は「ウイグリスターン」と呼ばれていました。初期のモンゴル帝国では、「ウイグリスタンからジャイフーン川（アム川）に至る地域」はひとまとまりとして扱われ、漢文史料上では「別失八里等処行尚書省」という統治機関が置かれていました。

ウイグル王家の没落

「五番目の世嗣」として厚遇されたウイグル王家でしたが、1260年代に始まったオゴデイ家のカイドゥの反乱により、状況は急変しました。ウイグリスタンはカイドゥ勢力とクビライ勢力の抗争の最前線となり、1275年にはカイドゥに臣従したチャガタイ家のドゥアが天山ウイグル王国の首都カラ・ホジョを包囲しました。時の君主コチカル・テギンは娘を差し出すことで滅亡を免れましたが、その後もカイドゥ・ウルスの攻撃は続き、ウイグル王家はカラ・ホジョからクムル、さらに永昌へと移住せざるを得なくなりました。永昌に移住したウイグル王家は、この地に定住し、歴史を終えました。一方、ウイグリスタンはチャガタイ王家が支配し、その支配は15世紀以後、モグーリスタン・ハン国に受け継がれました。

天山ウイグル王国の「イディクート」

イディクート（Īdï Qūt、亦都護）は天山ウイグル王国の王号です。テュルク語でïdïqは「神から贈られた」、qūtは「幸福」や「吉祥」を意味します。バルトールドによれば、この称号はバシュキル族の首長の名に由来するとされます。

領域

天山ウイグル王国の領土は、主に北庭（ビシュバリク）、高昌（カラコジョ）、伊州（カミル、ハミ）、焉耆（アルク、カラシャール）、亀茲（クチャ）の5地域に分かれていました。

国民と言語

住民はウイグル人、漢人、トカラ人、ソグド人などで構成され、それぞれが母国語（ウイグル語、漢語、トカラ語、ソグド語）を話していました。

文字

漢字、ソグド文字、トカラ文字、ウイグル文字、ブラーフミー文字が使用されていました。

宗教

初期にはマニ教が支配層の間で信仰されていましたが、10世紀末から仏教が普及し、11世紀後半にはマニ教はほぼ消滅しました。仏教はもともと土着民によって信仰されていましたが、9世紀末～10世紀中葉にウイグル語仏教経典が作られ、普及しました。テュルク系民族への仏教普及は、西突厥時代にソグド人によって広められたとする説と、天山ウイグル王国時代にトカラ人・漢人によって広められたとする説があります。

ウイグル仏教界では、都統（最高位）、律師（高僧）、ケシ・アチャリ（高僧）、シャジン・アイグチ（モンゴル帝国帰順後の最高位）などの称号がありました。

遺跡

ベゼクリク千仏洞は、美しい仏教壁画で知られていますが、20世紀初頭に多くの壁画が切り取られました。

ウイグル語訳された仏典

『マイトリシミット』、『十業道物語』、『アラネーミ・ジャータカ』、『天地八陽神呪経』、『金光明最勝王経』、『無量寿経』、『観音経』(『妙法蓮華経』の一部)、『千眼千膏観世音菩薩陀羅尼神呪経』、『千手千眼観世音菩薩大国満無凝大悲心陀羅尼経』、『妙法蓮華経玄賛』、『善悪二王子経』、『仏陀伝』、『妙法蓮華経』などがウイグル語に翻訳されました。

ギャラリー

(ここに画像ギャラリーが入ります)

歴代君主

前半期の王称号

（情報不足）

モンゴル帝国帰順前後のイディクート

（情報不足）

永昌路移住後の高昌王

ヨスン・テムル（Üsen temür）
バルチュク・アルト・テギン（Barǰuq art tigin）
キシュマイン（Kišmain）
サランディ・テギン（Salandi tigin）
オグルンチ・テギン（Ögrünč tigin）
マムラク・テギン（Mamuraq tigin）
コチカル・テギン（Qočqar tigin）
ネウリン・テギン（Neülin tigin）
テムル・ブカ（Temür buqa）
ブダシリ（Budaširi）
センキ・テギン（Sengki tigin）
コシャン（Qošang）
タイピヌ・テギン（Taypinu tigin）
オルク・テムル（Ürük temür）
サンガ（Sangga）
キプチャクタイ（Qipčaqtai）
イル・イグミシュ・ベキ（Il yïγmïš begi）
ソソク・テギン（Sösök tigin）
ドルジ・テギン（Dorǰi tigin）
バヤン・ブカ・テギン（Bayan buqa tigin）

高昌公主

チンギス・カン家と姻戚関係を持ったウイグル王家は、代々チンギス・カン家の女性（公主）を妻として娶りました。これらの公主は「高昌公主」と総称されました。

エル・アルトゥン[公主] … チンギス・カンの娘で、バルチュク・アルト・テギンに嫁ぐ
アラジン・ベキ(Alaǰin) … アルトゥン公主の死後にバルチュクに嫁ぐ予定であったが、バルチュクが亡くなったためキシュマインに嫁ぐ
ババカル[公主] … グユク・カンの娘で、コチカル・テギンに嫁ぐ
ブルガン[公主] … オゴデイ・カアンの孫娘で、ネウリン・テギンに嫁ぐ
バブチャ[公主] … オゴデイ・カアンの孫娘で、姉のブルガン公主の死後にネウリン・テギンに嫁ぐ
ウラジン[公主] … 安西王アナンダの娘で、バブチャ公主の死後にネウリン・テギンに嫁ぐ
ドルジスマン[公主] … コデンの孫娘で、テムル・ブカに嫁ぐ
バンジン[公主] … コデンの孫娘で、センギに嫁ぐ
ブヤン・クリ[公主] … コデンの孫娘で、姉のバンジン公主の死後にセンギに嫁ぐ
アカ・エセン・クト[公主] … テムル・ブカの子のブダシリに嫁ぐ

参考文献

(省略)

関連項目

ウイグル
回鶻
カラハン朝
甘州ウイグル王国
マニ教
モンゴル帝国
元 (王朝)
チンギス・カン
モグーリスタン・ハン国(Moghulistan)
en:Qara'unas
en:Mughal tribe
en:Chughtai
* ムガル帝国

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