樽屋

江戸の町年寄、樽屋家の詳細

樽屋は、江戸の町政を司った町年寄三家の一つで、家紋は桔梗。江戸草創期からの旧家であり、町年寄を世襲し、当主は樽屋藤左衛門を名乗りました。町年寄としての家格は奈良屋に次ぐ第2位でした。

樽屋の屋敷

樽屋の屋敷は、江戸城の常盤橋御門を出た本町通りに面した角地にありました。160坪の屋敷地は、表側を他の町人に貸し出し、それぞれが横町から長屋門を通って屋敷に入る形式でした。樽屋は4人の町人に屋敷を貸しており、明治2年の記録では年収87両余を得ていました。屋敷の間口13間のうち東側5間は、享保16年に呉服問屋に売却されています。この屋敷は役宅を兼ねており、いわゆる町年寄役所でした。樽屋の居宅は、拝領地の南側にあった本革屋町の自己所有地にありました。

樽屋の由緒

樽屋の祖先は、刈谷城城主であった戦国武将・水野右衛門太夫忠政です。その子である弥平太忠頼は今川氏に仕え、討死。その後、忠政の孫である水野弥吉が徳川家康に仕え、元服の際に家康から一字をもらい康忠と名乗りました。家康の生母である於大の方は忠政の娘であり、康忠と家康は従兄弟同士にあたります。

三方ヶ原の戦いでは、武田信玄の家臣12人を討ち取り、家康から「三四郎」の名を与えられました。長篠の戦いでは、三四郎が献上した酒樽が織田信長に進呈され、信長は「かの樽三四郎の働きか」と賞したことから、家康は姓を「樽」に改めるように命じたとされています。家康の江戸入りの際の当主が、この樽三四郎康忠でした。樽家の由緒書には、徳川家康から拝領した青貝柄の槍が記されており、これは東京国立博物館に寄託されています。

町年寄としての役割

町年寄樽屋は世襲制で、基本的に当主は藤左衛門を名乗りました。ただし、当主が幼少の場合は後見役が与左衛門を名乗りました。由緒書によれば、初代町年寄は樽三四郎ではなく、その子の忠元となっています。

歴代当主

初代藤左衛門忠元：天正18年（1590年）就任。樽三四郎康忠の子。
2代藤左衛門元次：元和元年（1615年）就任。浅草御蔵を設計。
3代藤左衛門元政：慶安3年（1650年）就任。
4代藤左衛門忠朝：寛文6年（1666年）就任。
5代藤左衛門元朝：宝永4年（1707年）就任。
6代藤左衛門元堅：宝永4年（1707年）就任。
7代藤左衛門堅忠：宝永5年（1708年）就任。
8代藤左衛門政恒：延享5年（1748年）就任。
9代与左衛門：寛延3年（1750年）就任。後見役。
10代藤左衛門忠混：安永元年（1772年）就任。
11代与左衛門文吉：安永7年（1778年）就任。後見役。
12代与左衛門：天明5年（1785年）就任。後見役。
13代吉五郎忠義：文化11年（1815年）就任。
14代藤左衛門忠温：天保4年（1833年）就任。
15代藤左衛門忠晴：万延元年（1860年）就任。
16代俊之助忠道：文久2年（1862年）就任。

苗字帯刀

当初、町年寄は特権町人として帯刀を許されていましたが、天和3年（1683年）に禁止されました。しかし、寛政2年（1790年）には12代目樽屋与左衛門が、札差仕法改正の事務で帯刀を許可され、13代目吉五郎も評定所などへの出頭時に帯刀が認められました。また、「樽屋」は屋号でしたが、12代目与左衛門の功績により「樽」姓を名乗ることが許されました。

樽屋の収入

町年寄は屋敷を経営し、その地代収入を職務の経費としていました。寛政元年には、12代樽屋与左衛門の地代収入は550両、晦日銭が31両、合計581両でした。その他にも、数々の土地を拝領し、そこから地代収入を得ていました。また、樽屋は枡座を営み、東日本33ヶ国の枡改の権利を持ち、枡の製造・販売の特権を持っていました。文化12年には枡の販売代金として224両余の収入を得ていました。さらに、神田上水と玉川上水の事務を担当していた時期には、扶持米も支給されていました。

町年寄以外の樽屋

町年寄の下で地割役を勤めた樽屋三右衛門や、日本橋の名主である樽屋の先祖は、樽三四郎の次男・惣兵衛です。また、十八大通の一人に数えられる樽屋万山は、12代目樽屋与左衛門の子です。

幕府瓦解後の樽家

徳川幕府が瓦解した後も、町年寄は明治元年9月まで職務を続けましたが、その後東京府に配属され、翌年には免職となりました。16代目の樽俊之助は、自宅で「皇国算術」の私塾を開き、関流の和算を教授していました。また、樽俊之助は東京府の枡製作人となり、大蔵省の依頼で枡の原器製作などにも関わりました。しかし、明治24年の度量衡法の免許製作者名簿には名前がなく、枡座がどうなったかは不明です。樽家の墓所は浅草蔵前の西福寺にあります。

参考文献

北原進著『江戸の高利貸 旗本・御家人と札差』 吉川弘文館
小泉袈裟勝著 『枡 ものと人間の文化史 36』 法政大学出版局
高柳金芳著 『御家人の私生活』雄山閣出版
山本博文著 『将軍と大奥 江戸城の「事件と暮らし」』 小学館
吉原健一郎著 『江戸の町役人』 吉川弘文館
『国史大辞典』第2巻 吉川弘文館
『国史大辞典』第9巻 吉川弘文館
『江戸学事典』弘文堂

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