毛野

毛野（けの/けぬ）とは

毛野は、古墳時代に北関東の群馬県と栃木県南部に広がっていた地域、またはその地域を支配したとされる勢力を指す名称です。歴史書には「毛野」という名称は直接的には見られませんが、「上毛野（かみつけの）」や「下毛野（しもつけの）」という名でその存在が示唆されています。これらの地域は、律令制の施行後、それぞれ上野国（こうずけのくに、現在の群馬県）と下野国（しもつけのくに、現在の栃木県）に再編されましたが、「毛」の文字は省略されたものの「け」の読みは残りました。現在でも、上毛・東毛・西毛・両毛といった地域名や、鬼怒川（きぬがわ）の名称にその名残が見られます。

毛野の領域と古墳

毛野地域は、古墳時代に多くの古墳が築かれたことで知られています。特に群馬県内では、東日本最大級の太田天神山古墳をはじめ、墳丘長80メートルを超える大型古墳が多数存在し、その総数は約1万3000基に及びます。古墳の規模や副葬品からは、畿内（きない）の勢力と並び立つほどの力を持っていたことがうかがえます。畿内王墓に見られる長持形石棺の使用も、毛野の特筆すべき特徴の一つです。

毛野氏とヤマト王権

『日本書紀』には、上毛野氏の祖とされる豊城入彦命（とよきいりひこのみこと）に関する伝承が記されています。上毛野氏の人々は、ヤマト王権の軍事・外交にも深く関わっており、王権の中でも重要な役割を担っていたことがわかります。

「毛野」の由来と読み

「毛野」の名称の由来には、以下のような諸説があります。

穀物の産地説: 肥沃な土地であったことから、「御食（みけ）」が地名になったとする説や、「毛」が草木や五穀を意味するとする説があります。
「毛人（蝦夷）」説: 古代において「蝦夷」を「毛人」と記したことから、「毛の国」と呼ばれるようになったとする説があります。
「紀伊」説: 豊城入彦命が紀伊国（きのくに）の出身であることから、「きの」が転訛したとする説があります。

「毛野」の読みについては、「けの」または「けぬ」とされています。江戸時代以降の文献では「けぬ」と記す例が多いですが、これは当時の読みを伝える万葉仮名の解釈によるものです。現代では「けの」と「けぬ」の両方が併記されることが一般的です。

毛野の範囲

毛野の範囲は、一般的に群馬県全域と栃木県南部を指すとされています。これは、律令制以前の上毛野国と下毛野国の領域から那須地域（栃木県北部）を除いた地域にあたります。那須地域は下野国に含まれましたが、毛野の範囲からは除外されることが多いです。鬼怒川（きぬがわ）は、毛野と那須の境を示す名称とされています。

毛野の性格と分裂

歴史書には「毛野」という国は記載されておらず、「上毛野」と「下毛野」が最初から存在していたとされています。しかし、『先代旧事本紀』には「毛野国が上毛野国と下毛野国に分かれた」という記述があり、かつて強大な「毛野国」が存在したとする説もありました。近年では、毛野は未開の沃野を指す一般名称であったとする説が有力です。

毛野地域は、後に渡良瀬川を境として上毛野と下毛野に分裂したとされています。この分裂時期は、考古学的な資料から5世紀末から6世紀初頭と推定されています。また、日光山と赤城山の伝説にも、毛野の分裂を暗示するような記述が見られます。

ヤマト王権と毛野

ヤマト王権は、東国（毛野を含む関東地方）の統治を段階的に進めていきました。初期には四道将軍を派遣しましたが、毛野地域はまだ未開の地だったと考えられます。その後、豊城入彦命とその子孫が毛野の経営に関わり、毛野の豪族はヤマト王権の中でも重要な役割を果たすようになりました。

武蔵国造の乱と毛野

6世紀に発生した武蔵国造の内紛（武蔵国造の乱）において、上毛野氏が関与したとされる記録があります。この乱を通じて、上毛野の勢力は一時的に削がれたと考えられていますが、異論もあります。

考古資料から見る毛野

縄文時代

毛野地域では、縄文時代から人々の生活が営まれていました。藤岡貝塚や千網谷戸遺跡からは、当時の人々の狩猟や漁撈活動の様子がうかがえます。

弥生時代

弥生時代には、独自の土器文化が形成されました。高崎市の日高遺跡では、弥生時代後期の水田跡が発見され、当時の農耕技術を知る上で重要な資料となっています。また、再葬墓からは当時の祭祀や信仰の様子がうかがえます。

古墳時代前期

4世紀に入ると、毛野地域に古墳が築かれるようになります。特に前方後[[方墳]]が多く見られるのが特徴で、八幡山古墳などがその代表例です。また、この時期には東海地方の影響を受けた「S字甕」と呼ばれる土器が広く使われました。この文化圏は、東海地方からの移住によって形成されたと考えられています。

古墳時代中期

5世紀に入ると、古墳の大型化が進みました。浅間山古墳や別所茶臼山古墳などが築かれ、その中でも太田天神山古墳は東日本最大級の規模を誇ります。この時期の古墳からは、畿内の石工が手がけたとみられる長持形石棺が出土しており、畿内と毛野の密接な関係がうかがえます。

古墳時代後期

6世紀に入ると、上毛野では前方後円墳の築造が盛んに行われました。一方、下毛野では大型古墳の築造は減少し、代わって「下野型古墳」と呼ばれる独特の古墳が築かれるようになりました。また、この時期には豪族の居館跡である三ツ寺I遺跡や黒井峯遺跡などの集落遺跡も発見されており、当時の生活や文化を知る手がかりとなっています。

古墳時代終末期

7世紀に入ると、古墳の築造は衰退し、代わりに方墳が築かれるようになりました。群馬県では、宝塔山古墳や蛇穴山古墳が終末期古墳として知られています。山ノ上古墳では、石碑が見つかり、当時の文字文化や人々のつながりを考察する上で重要な資料となっています。

まとめ

毛野は、古墳時代に北関東で独自の文化を築いた地域・勢力であり、その歴史は多くの謎に包まれています。古墳や出土品、文献資料などから、その実態やヤマト王権との関係を解明する試みが続けられています。

脚注

注釈

原典

出典

参考文献

事典類

『日本古代史大辞典』（大和書房）毛野国項
『国史大辞典』（吉川弘文館）毛野国項
『世界大百科事典』（平凡社）毛野項
『日本歴史地名大系群馬県の地名』（平凡社）上野国節
『日本歴史地名体系栃木県の地名』（平凡社）下野国節
『角川日本地名大辞典群馬県』（角川書店）毛野国項
『角川日本地名大辞典栃木県』（角川書店）毛野国項

文献

前沢輝政『毛野国の研究古墳時代の解明上・下』現代思潮社、1982年2月。
志田諄一著「東国の底力の源泉」、森浩一編『日本の古代第2巻列島の地域文化』中央公論社、1986年2月20日。
森浩一編『日本の古代第4巻縄文・弥生の生活』中央公論社、1986年6月20日。
大塚初重「東日本の集落と祭祀」、後藤和民「縄文人の習俗と信仰」、寺沢薫「稲作技術と弥生の農業」
辰巳和弘著「古墳時代の社会と生活」、森浩一編『日本の古代第5巻前方後円墳の世紀』中央公論社、1986年8月20日。
岸俊男編『日本の古代第6巻王権をめぐる戦い』中央公論社、1986年11月20日。
鎌田元一「大王による国土の統一」、白石太一郎「後期古墳の成立と展開」、辰巳和弘「古墳時代の武器とその性格」
山浦清著「縄文時代の漁撈活動」、大林太良編『日本の古代第8巻海人の伝統』中央公論社、1987年2月20日。
今村啓爾著「狩人の系譜」、大林太良編『日本の古代第10巻山人の生業』中央公論社、1987年6月30日。
大林太良編『日本の古代第11巻ウヂとイエ』中央公論社、1987年8月20日。
石野博信「ムラの構造と住居のなか」、君島礼二「東国の豪族と文化」
森浩一編『日本の古代第12巻女性の力』中央公論社、1987年10月20日。
服藤早苗「古代の母と子」、森浩一「古墳にみる女性の社会的地位」
寺沢薫著「弥生人の心を描く」、大林太良編『日本の古代第13巻心のなかの宇宙』中央公論社、1987年12月25日。
森浩一著「古墳時代の終末と律令制の成立」、岸俊男編『日本の古代第15巻古代国家と日本』中央公論社、1988年5月25日。
森浩一『図説日本の古代第4巻諸王権の造型』中央公論社、1990年2月10日。
森浩一『図説日本の古代第5巻古墳から伽藍へ』中央公論社、1990年5月10日。
森浩一『図説日本の古代第6巻文字と都と駅』中央公論社、1990年9月10日。
森浩一『考古学と古代日本』中央公論社、1994年3月25日。
福田三男『光と風の大地から下野古麻呂の生涯』随想舎、1998年9月10日。
『群馬史再発見』あさを社、2001年11月6日。
近藤義雄「群馬の県名の由来を尋ねて」、梅澤重昭「毛野の黎明－三～四世紀における地域形成のあゆみ」、熊倉浩靖「上毛野国から東国へ」
熊倉浩靖『古代東国の王者上毛野氏の研究 2008年改訂増補版』雄山閣、2008年2月15日。

関連項目

上毛野氏
鬼怒川
両毛線
上毛電気鉄道/上毛線

外部リンク

 古墳時代の群馬－東国文化の中心地 - 群馬県ホームページ
* 古墳に見る毛野王国の力 - 群馬県埋蔵文化財調査事業団

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