洪水玄武岩

洪水玄武岩とは

洪水玄武岩（こうずいげんぶがん）とは、地中から比較的短い期間に、非常に大量の玄武岩質溶岩が噴出して形成されたと考えられる、巨大な玄武岩の岩体のことです。その地形から、台地玄武岩（だいちげんぶがん）とも呼ばれています。カンブリア紀以降、地球の歴史の中で何度か洪水玄武岩の形成が発生しました。

代表的な洪水玄武岩

玄武岩は、シリカ分が少なく、流動性の高い溶岩が地上で冷却・固化してできた岩石です。洪水玄武岩は、大陸プレート上と海洋プレート上の両方に存在し、いずれも広大な面積を覆っています。例えば、インドのデカン高原は、約50万平方キロメートルもの広さに玄武岩が広がって高原を形成しています。

以下に、現在地球上で観察される洪水玄武岩の代表例を、名称（存在地）、噴出年代、面積の順で示します。

シベリア・トラップ（ロシア東北部中央シベリア高原）：ペルム紀、700万平方キロメートル
カルー玄武岩（南アフリカ、ドラケンスバーグ山脈）：三畳紀、14万平方キロメートル
パラナ玄武岩（ブラジル）：白亜紀、120万平方キロメートル
デカントラップ（インド、デカン高原）：白亜紀〜暁新世、50万平方キロメートル
コロンビア川台地（アメリカ合衆国）：中新世、20万平方キロメートル

また、同様な玄武岩質溶岩の大量噴出は、海中でも起こっています。海底の場合は、巨大火成岩岩石区と呼ばれており、その代表例として、南太平洋に存在するオントンジャワ海台（白亜紀、150万平方キロメートル）が挙げられます。

大量の溶岩の成因

プレートテクトニクスの考え方では、大陸プレートの地殻は、シリカ分に富み、密度が低く軽い花崗岩質が主体とされています。したがって、大陸の地殻の部分で、密度が高く重い玄武岩の溶岩が大量に生成することは考えにくいとされています。そのため、各地の洪水玄武岩中の鉱物の調査結果などから、洪水玄武岩を形成した溶岩は、地殻の下に存在するマントルからもたらされたと考えられています。

マントルが地表に露出することは極めて稀であり、洪水玄武岩の噴出は、大陸の分裂など、地殻が引き裂かれて発生した亀裂などが原因と考えられています。例えば、大西洋を挟んで存在するカルー玄武岩とパラナ玄武岩については、アメリカ大陸とアフリカ大陸が分裂した際に多数発生した割れ目に沿って、時期を同じくして一気に噴出した玄武岩と考えられています。また、コロンビア川台地の場合は、その活動時期が、北西に存在した火山弧（日本の火山帯に相当）の活動時期と一致しており、近傍の火山活動に伴って、地殻に引張り応力がかかった結果、地殻にひび割れが生じたとされています。

噴火の状況と溶岩の成分

洪水玄武岩は、数百回以上と想定される、繰り返し発生した噴火で形成されたと考えられています。すなわち、流動性が良く、薄く広がる玄武岩質溶岩が何度も繰り返し噴火した結果、現在見られるような広大な台地や高原が作られたというシナリオです。その根拠として、洪水玄武岩内の溶岩流を1枚ずつ分析すると、それぞれが必ずしも同一成分ではない場合が多い点が挙げられます。さらに、マントルを構成する鉱物群とは、かなり異なった成分の溶岩が各地で検出されました。これらのことから、洪水玄武岩は、マントル自体が融解したマグマが一気に噴火して形成されたわけではないと考えられます。

恐らく、プレート運動で海溝からマントルに沈み込んだ海洋地殻が、マントルのホットプルームの上昇に巻き込まれて地殻の下まで上昇し、そこで圧力低下によって融解した結果、大量のマグマを生成し、それが噴出して洪水玄武岩を形成したと説明されています。

地球環境への影響

洪水玄武岩は、比較的短期間に膨大な量の溶岩が地表に噴出して形成されたと考えられています。そのため、地球環境に急激な変化を引き起こし、重大な影響を与えたと考えられています。

火山観測で得られた知見から、玄武岩質溶岩の噴火では、火山灰の噴出量が少ない反面、大量の火山ガスを放出する事例が多く観察されています。この火山ガスが、地球環境に大きな影響を及ぼした事例もあります。記録に残っている事例では、1783年に起こったアイスランドのラーカギーガルの噴火は、玄武岩質溶岩の大規模な噴火であり、この際に放出された火山ガスの影響により、少なくとも北半球は数年間寒冷化したという記録が残っています。例えば、日本では天明の大飢饉という形で現れました。

もし洪水玄武岩が噴出する際にも、同様に火山ガスが噴出すると仮定すると、洪水玄武岩の噴出に伴う火山ガスの放出量は、ラーカギガール噴火の数十倍以上と見積もられます。洪水玄武岩が出現した際に、そのような量の火山ガスが実際に噴出したとすれば、当時の地球環境に深刻な影響を与えた可能性が高いです。実際に、最大規模のシベリア台地玄武岩の噴火時期は、史上最大規模の大量絶滅が起こったP-T境界と一致しており、この時期の大量絶滅の原因の一つと考えられています。また、海洋中での大量噴出であったオントンジャワ海台の形成時は、海洋底に堆積した有機質泥が引き起こした海洋無酸素事変と時期が近く、地球表層の環境変動とアプティアン絶滅との関連性が指摘されています。

脚注

洪水玄武岩の噴火は、地球の歴史において、大規模な環境変動と生物の大量絶滅を引き起こした可能性があります。
現在、地球上で活発な洪水玄武岩の形成は見られませんが、過去の噴火の痕跡は、地球の歴史を理解する上で重要な手がかりとなっています。

関連項目

溶岩台地
火山
プルームテクトニクス
ホットスポット (地学) - 洪水玄武岩の一つであるデカントラップの形成に関わった可能性も指摘される。

関連資料

藤井敏嗣、纐纈一起（編）『地震・津波と火山の事典』東京大学地震研究所（監修）、丸善、2008年。
* 島村英紀『完全解説日本の火山噴火』秀和システム、2017年。

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