1963年の文学

1963年（昭和38年）の日本および世界の文学界は、数々の重要な出来事や新たな動き、そして著名な作家たちの活躍や別れが交錯した一年となりました。

年明け早々の1月14日には、演劇界で大きな出来事がありました。文学座から芥川比呂志氏、岸田今日子氏ら総勢29名の俳優たちが脱退し、劇作家である福田恆存氏が新たに結成した劇団「雲」に参加するというものです。これは当時の劇団情勢に大きな影響を与えました。

文芸界では、芥川龍之介賞と直木三十五賞の選考が、前年下半期（第48回）と当年上半期（第49回）を対象にそれぞれ1月と7月に開催されました。第48回芥川賞は「該当作なし」となりましたが、直木賞には山口瞳氏の『江分利満氏の優雅な生活』と杉本苑子氏の『孤愁の岸』が選ばれました。続く第49回では、芥川賞に後藤紀一氏の「少年の橋」と河野多惠子氏の「蟹」、直木賞には佐藤得二氏の『女のいくさ』がそれぞれ輝きました。

文学の保存・研究を目的とした重要な組織も発足しました。4月には財団法人として日本近代文学館が設立され、理事には高見順氏、監事には川端康成氏といった文学界の重鎮が名を連ねました。

出版界では、河出書房新社が大型企画である『現代の文学』全43巻シリーズの刊行を5月に開始しました。このシリーズの編集委員には、川端康成氏、丹羽文雄氏、円地文子氏、井上靖氏、三島由紀夫氏、松本清張氏という、当時の日本文学を代表する作家たちが名を連ね、大きな話題となりました。

秋には再び演劇界での出来事です。三島由紀夫氏が自身の戯曲『喜びの琴』の上演を巡る劇団内での対立、特に主演予定だった杉村春子氏との意見の相違から、11月25日に文学座を退団するという「喜びの琴事件」が発生しました。

年末の12月25日には、河野實氏と大島みち子氏による共著『愛と死をみつめて』が大和書房から刊行されました。難病と闘う恋人たちの手記をまとめたこの本は、翌1964年の年間ベストセラー総合1位となるほど大きな反響を呼び、社会現象となりました。

この年、国内外の文学賞も多く発表されました。国内では、群像新人文学賞の第6回受賞作に文沢隆一氏の『重い車』が、第2回女流文学賞には佐多稲子氏の『女の宿』と瀬戸内晴美氏の『夏の終り』が選ばれています。海外では、ノーベル文学賞をギリシャの詩人イオルゴス・セフェリス氏が受賞しました。フランスのゴンクール賞（1962年度作品対象）はアンナ・ラングフュス氏の『砂の荷物』に、ネリー・ザックス賞はヨハンナ・モースドルフ氏に贈られました。

1963年に刊行された主な書籍としては、大江健三郎氏の小説『性的人間』（新潮社）、水上勉氏の『飢餓海峡』（朝日新聞社）といった話題作がありました。三島由紀夫氏もこの年に、『愛の疾走』『午後の曳航』『剣』といった小説や、評論『林房雄論』を精力的に刊行しています。海外からは、ジョン・ル・カレ氏のスパイ小説『寒い国から帰ってきたスパイ』が発表されました（日本語訳は翌年刊行）。その他、石井好子氏のエッセイ『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』（暮しの手帖社）や、先述のベストセラー『愛と死をみつめて』（大和書房）、そして子供向けの翻訳書として、ルース・スタイルス・ガネット氏作、ルース・クリスマン・ガネット氏絵、渡辺茂男氏訳による『エルマーのぼうけん』（福音館書店）が刊行され、長く読み継がれる人気シリーズの最初の一冊となりました。

また、多くの著名な文学者や文学関連人物がこの世を去った年でもありました。アメリカの詩人ロバート・フロスト氏（88歳）、児童文学作家の岡本良雄氏（49歳）、死後にピューリッツァー賞を追贈されたアメリカの詩人シルヴィア・プラス氏（30歳）、『銭形平次捕物控』で知られる小説家・音楽評論家の野村胡堂氏（80歳）、夏目漱石夫人で『漱石の思い出』を著した夏目鏡子氏（85歳）、小説家・劇作家の久保田万太郎氏（73歳）、小説家・劇作家の長谷川伸氏（79歳）、フランスの詩人・映画監督ジャン・コクトー氏（74歳）、イギリスの著述家オルダス・ハクスリー氏（69歳）、『ナルニア国物語』などで知られるアイルランド系のイギリスの学者・小説家C・S・ルイス氏（64歳）、被爆体験を基にした作品を書いた小説家の大田洋子氏（57歳）、ダダイスムの中心人物であったフランスの詩人トリスタン・ツァラ氏（67歳）など、国内外で多くの惜しまれる別れがありました。

1963年は、演劇界の変動や新たな文学施設の誕生、ベストセラーの出現、多様な作品の発表、そして多くの才能が鬼籍に入った、文学史において記憶されるべき一年と言えるでしょう。

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