2004年の文学

2004年（平成16年）は、日本の文学界において、若手作家の鮮烈なデビューと権威ある文学賞の受賞、社会現象となるベストセラーの誕生、そして新たな文学賞の創設など、活気に満ちた出来事が相次いだ一年でした。同時に、長年にわたり日本の、そして世界の文学界を牽引してきた巨星たちが、惜しまれつつも次々とこの世を去った年でもあります。この項目では、そんな2004年の文学界の主要な動向や注目を集めた作品、文学賞の受賞者、そして物故した文学者たちについて概観します。

文学界の主な動き

2004年の幕開けは、文学界に大きな衝撃をもたらす出来事から始まりました。1月15日に発表された第130回芥川龍之介賞において、当時20歳の金原ひとみ氏による『蛇にピアス』と、19歳の綿矢りさ氏による『蹴りたい背中』が同時受賞を果たしたのです。これは芥川賞史上、最も若い受賞者であり、若手作家の才能が一挙に開花した象徴的な出来事として、大きな話題となりました。

出版界では、養老孟司氏の著作『バカの壁』（新潮新書）が驚異的な売れ行きを見せました。2月5日には発行部数が300万部を突破し、同月19日には311万部に到達。それまでの新書の発行部数記録を持っていた塩月弥栄子氏の『冠婚葬祭入門』（光文社カッパホームズ、308万部）を抜き、新書史上最大のベストセラーとなりました。これは単なる書籍のヒットにとどまらず、現代社会におけるコミュニケーションや思考のあり方について広く議論を巻き起こすなど、社会現象と言えるほどの影響力を持っていました。

また、この年、出版界に新しい風が吹きました。全国の書店員が「一番売りたい本」を選ぶ第1回本屋大賞が創設され、4月15日にその結果が発表されました。栄えある初代受賞作に選ばれたのは、小川洋子氏の小説『博士の愛した数式』です。この賞は、専門家や評論家ではなく、日頃から読者に本を薦めている書店員が選考するという点が特徴で、その後の出版界に大きな影響を与えることとなります。

エンターテインメント分野でもベストセラーが生まれました。市川拓司氏の小説『いま、会いにゆきます』（小学館）は、10月の映画公開を契機に売れ行きを大きく伸ばし、11月17日には発行部数が100万部を突破しました。メディアミックスが書籍のヒットを後押しする典型的な事例となりました。

主要な文学賞

2004年には、様々な文学賞の選考が行われ、多くの作品と作家が評価されました。

芥川龍之介賞・直木三十五賞

- 第130回（2003年下半期）：

- 芥川賞：金原ひとみ氏『蛇にピアス』、綿矢りさ氏『蹴りたい背中』
- 直木賞：江國香織氏『号泣する準備はできていた』、京極夏彦氏『後巷説百物語』

- 第131回（2004年上半期）：

- 芥川賞：モブ・ノリオ氏『介護入門』
- 直木賞：奥田英朗氏『空中ブランコ』、熊谷達也氏『邂逅の森』

その他の主な文学賞

- 谷崎潤一郎賞（第40回）：堀江敏幸氏『雪沼とその周辺』
- 泉鏡花文学賞（第32回）：小川洋子氏『ブラフマンの埋葬』
- 群像新人文学賞（第47回）：該当作なし
- 野間文芸賞（第57回）：辻井喬氏『父の肖像』
- 野間文芸新人賞（第26回）：中村航氏『ぐるぐるまわるすべり台』、中村文則氏『遮光』
- 日本推理作家協会賞（第57回）：長編および連作短編集部門に垣根涼介氏『ワイルド・ソウル』と歌野晶午氏『葉桜の季節に君を想うということ』、短編部門に伊坂幸太郎氏『死神の精度』、評論その他部門に千街晶之氏『水面の星座水底の宝石』と多田茂治氏『夢野久作読本』
- 江戸川乱歩賞（第50回）：神山裕右氏『カタコンベ』
- 吉川英治文学賞（第38回）：北方謙三氏『楊家将』
- 吉川英治文学新人賞（第25回）：伊坂幸太郎氏『アヒルと鴨のコインロッカー』、垣根涼介氏『ワイルド・ソウル』
- 三島由紀夫賞（第17回）：矢作俊彦氏『ららら科學の子』
- 山本周五郎賞（第17回）：熊谷達也氏『邂逅の森』
- 柴田錬三郎賞（第17回）：大沢在昌氏『パンドラ・アイランド』、桐野夏生氏『残虐記』
- 伊藤整文学賞（第15回）：小説部門は阿部和重氏『シンセミア』、評論部門は川村湊氏『補陀落』
- 本屋大賞（第1回）：小川洋子氏『博士の愛した数式』

児童文学分野では、野間児童文芸賞を上橋菜穂子氏『狐笛のかなた』が、赤い鳥文学賞を長谷川摂子氏『人形の旅立ち』がそれぞれ受賞しました。詩分野ではH氏賞に松岡政則氏『金田君の宝物』が、戯曲分野では岸田國士戯曲賞に倉持裕氏『ワンマン・ショー』が選ばれています。

評論・ノンフィクション分野では、大宅壮一ノンフィクション賞を渡辺一史氏『こんな夜更けにバナナかよ』が受賞し、話題となりました。

2004年に刊行された注目の書籍

この年には、多くの作家が作品を発表し、読者の注目を集めました。主な小説としては、村上春樹氏の長編『アフターダーク』、角田光代氏が後に直木賞を受賞する『対岸の彼女』、恩田陸氏の青春小説『夜のピクニック』、山崎ナオコーラ氏のデビュー作『人のセックスを笑うな』などがあります。また、浅田次郎氏『輪違屋糸里』、江國香織氏『間宮兄弟』、宮部みゆき氏『ICO 霧の城』といった人気作家の作品も刊行されました。ライトノベルの世界では、谷川流氏の「涼宮ハルヒ」シリーズが新たなファンを獲得しました。

小説以外では、前述の養老孟司氏『バカの壁』が大ベストセラーとなったほか、文学評論集、対談集、ノンフィクションなど、多様なジャンルの書籍が出版されました。

文学界から旅立った人々

2004年は、国内外で多くの著名な文学者が逝去されました。国内では、推理作家の伴野朗氏、脚本家・推理作家の野沢尚氏、小説家・評論家の中野孝次氏（『清貧の思想』）、小説家・エッセイストの中島らも氏、ドイツ文学者・評論家の種村季弘氏、作家の水上勉氏（『飢餓海峡』）、SF作家の矢野徹氏（『カムイの剣』）、時代小説家の南條範夫氏（「月影兵庫」シリーズ）、詩人の石垣りん氏、小説家の松田解子氏などがこの世を去りました。

海外からは、米国のノンフィクション作家ジョン・トーランド氏（『幻影の時代』）、フランスの小説家フランソワーズ・サガン氏（『悲しみよこんにちは』）、米国の著作家スーザン・ソンタグ氏など、世界的にも知られた作家たちが惜しまれました。

まとめ

2004年は、若手作家が歴史を塗り替える受賞を果たし、既存の枠を超えたベストセラーが生まれ、出版界に新しい流れを作る賞が誕生するなど、日本の文学界に活気と変革の兆しが見られた一年でした。同時に、多くの偉大な先人たちが文学史にその名を刻みつつ静かに筆を置いた年でもあり、世代の移り変わりを強く感じさせる一年だったと言えるでしょう。

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