ダルマ (インド発祥の宗教)

ダルマ：インド宗教における中心概念

ダルマ（梵: धर्म dharma、巴: धम्म dhamma）は、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教、シク教といったインド発祥の宗教において、非常に重要な多義的な概念です。西洋の言語では、ダルマを的確に一語で訳すことは不可能であり、漢語では一般的に「法」と訳されます。

ダルマの意味と解釈

インド哲学研究者の宮元啓一氏によると、ダルマの原義は「保つもの」「支持するもの」であり、その意味は大きく分けて4つに分類されます。

1. 規範としてのダルマ: 世界の秩序の根源であるリタ（天則）を体現し、リタに従う行為、社会規範、正しい教え、真理などを意味します。
2. 善業としてのダルマ: 因果応報の業（カルマ）の理論において、善行を指します。
3. ものごととしてのダルマ: 仏教における、身心を中心とした世界を構成する様々な要素を指します。
4. 性質・属性としてのダルマ: ③から派生した意味で、インド哲学の諸学派で重要な概念となっています。

ヒンドゥー教では、ダルマは宇宙の秩序であるリタに従う行為を表し、義務、権利、法、行為、徳、「生命の正しき道」などを包含します。仏教では「宇宙の法と秩序」を表し、仏陀の教えにも適用されます。仏教哲学では、「現象」を表す用語としても用いられます。ジャイナ教では、ティー爾タンカラ（ジナ）の教えと人類の浄化・道徳的変容に関する教義を指し、シク教では「正しい道と適切な宗教的実践」を意味します。

ダルマの語源

古典サンスクリット語のダルマ（धर्म）やプラークリット語のダンマ（𑀥𑀁𑀫）は、「保有する、維持する、保つ」を意味する語根dhṛから派生し、「創設したり安定させるもの」という意味を持ちます。また、ヴェーダ語のn語幹dharman-から派生し、「運搬人、支持者」という意味もあります。リグ・ヴェーダでは、「創設したり安定させるもの」、比喩的には神の「支持者」「支援者」を表します。これはギリシャのテミス（天命、法令、法を確定したもの）と意味において類似しています。

ダルマはインド・ヨーロッパ祖語*dʰer-（「保有する」）に遡り、アヴェスター語、ラテン語、リトアニア語、古代教会スラヴ語などの単語と関連付けられています。古典サンスクリット語ではdharma-、プラークリット語やパーリ語ではdhammaとなり、現代インドの言語ではdharmとして現れることもあります。

古代の翻訳

紀元前3世紀、アショーカ王はダルマをギリシャ語とアラム語に翻訳しました。ギリシャ語ではεὐσέβεια（敬虔）、アラム語ではQsyt（「真理」）を用いています。

ダルマの定義

ダルマはインド哲学や宗教の中心的な概念ですが、多様な意味と解釈があるため、簡潔な定義を示すのは困難です。西洋言語には、ダルマに相当する単一の言葉はありません。

ダルマの語源は「支援する、保有する、持ち運ぶ」を意味する「dhri」であり、変化の道筋を規定する不変の主題です。モニアー＝ウィリアムズは、ダルマを「確固とした天命、法令、法、実践、習慣、義務、権利、正義、徳、道徳律、倫理、宗教、宗教上の利益、良き行い、本質、人格、品質、所有」など、多様な意味で定義しています。共通の理解としては「生命の正しき道」「廉直の道」を意味します。

ダルマの意味は状況によって異なり、ヒンドゥー教思想の発展とともに進化しました。初期の文献では、宇宙の法を意味しましたが、後の文献ではより洗練され、複雑化していきました。ダルマは、宇宙の秩序、個人の道徳的行為、義務、権利、人格、解放、宗教、習慣などを包括する概念です。ダルマの対義語はアダルマ（अधर्म）で、「ダルマではない」ことを意味します。

ダルマの歴史

リグ・ヴェーダにはダルマという単語が少なくとも56回出現します。ヴェーダのヒンドゥー教神話では、ブラーフマンが混沌から宇宙を創造し、秩序と調和を維持する過程でダルマの概念が生まれました。アタルヴァ・ヴェーダでは、ダルマは儀礼的な意味合いも持ち、宇宙の秩序と儀礼的信仰が同一視されています。ダルマの概念は、宇宙的・儀礼的な意味から、倫理・社会的な意味へと拡大していきました。

ダルマは後のヴェーダ、ウパニシャッド、プラーナ、叙事詩にも登場し、仏教やジャイナ教などの他のインド宗教でも重要な役割を果たしています。インド・ヨーロッパ語族におけるダルマの類似語は限られており、古代ペルシャ語のdarmān「救済」などが挙げられます。しかし、ゾロアスター教のダエーナーや、中国の道、エジプトのマアト、シュメールのメーなど、他の古代文化にもダルマと共通する思想が見られます。

敬虔とダルマ

紀元前3世紀のアショーカ王の碑文には、サンスクリットのダルマをギリシャ語でεὐσέβεια（敬虔）と訳したものが残されています。ヘレニズム時代のギリシャの学者は、敬虔を神への敬意だけでなく、生命への敬意、正しい行為などを含む複合的な概念として捉えていました。この碑文は、ダルマが宗教的な思想だけでなく、社会における権利、義務なども包含する中心的な概念であったことを示しています。

リタ、マーヤー、ダルマ

ヒンドゥー教の文献では、ダルマはリタ（宇宙の秩序）とマーヤー（幻想、欺瞞）という概念と関連付けられています。リタは宇宙の真理と秩序、マーヤーは混沌と無秩序を意味します。ダルマはリタと並行する概念であり、マーヤーとは対照的な存在です。

ヒンドゥー教におけるダルマ

ヒンドゥー教では、ダルマは宇宙全体、そして人間社会や自然との相互作用における秩序、習慣、行為などを意味します。社会的秩序、正しい行為、宗教的義務、道徳的権利と義務などを包含します。ダルマは、世界の調和と秩序を維持するために受容しなければならないものであり、自然の法則です。ヒンドゥー教には、不変の普遍的なダルマ（サナータナ・ダルマ）と、時代や年代によって変化するダルマ（ユガ・ダルマ）の二面があります。