ドキソルビシン(doxorubicin)
ドキソルビシンは、抗
悪性腫瘍剤(
抗がん剤)として広く使用される薬剤です。これはアントラサイクリン系に分類される抗腫瘍性
抗生物質であり、アドリアマイシン(Adriamycin)という別名でも知られています。略号としてはDXRやADMが用いられることがあります。
発見と起源
この薬剤は、1967年に
イタリアのFarmitalia研究所の研究者たち、特にF. Arcamoneらによって発見されました。土壌中に生息する放線菌の一種であるStreptomyces peucetiusの亜種caesiusを培養した際の濾液の中から、その強力な抗腫瘍活性が見出されました。天然物を起源とする
抗生物質として発見された後、がん治療薬として開発が進められました。
製品
日本国内においては、主に注射剤として医療現場で用いられています。代表的な製品は、
協和キリンが製造販売する「アドリアシン」です。また、薬剤をリポソームという脂質のカプセルに封入した特殊な製剤として、ヤンセンファーマが製造販売する「ドキシル」があり、これは特定の種類の
悪性腫瘍に対し、薬物の体内動態を改善し、副作用の軽減を図る目的で使用されます。
作用機序
ドキソルビシンの抗腫瘍効果は、主にがん細胞の遺伝情報であるDNAに直接作用することによって発揮されます。この薬剤は、DNAの二重らせん構造の塩基対の間に物理的に挿入される「
インターカレーション」というメカニズムでDNAに結合します。これにより、DNAやRNAの複製、転写に必要な酵素である
DNAポリメラーゼや
RNAポリメラーゼの働きが阻害されます。さらに、DNAの複製、転写、修復などに関わる重要な酵素であるトポイソメラーゼIIの作用も妨げます。これらの多面的な作用により、がん細胞におけるDNAおよびRNAの生合成が抑制され、細胞増殖が停止したり、細胞死が誘導されたりします。特に、DNAが合成されている
S期にある細胞に対して高い感受性を示すことが知られています。
効能・効果
ドキソルビシンは、単独での使用はもちろん、他の
抗がん剤と組み合わせた多剤併用療法において、非常に幅広い種類の
悪性腫瘍に対して有効性が認められています。
単独での適応症:
悪性リンパ腫(細網肉腫、リンパ腫、ホジキン病などを含む)
肺癌
消化器癌(
胃癌、胆嚢・胆管癌、膵臓癌、肝癌、結腸・直腸癌など多岐にわたる)
乳癌
膀胱癌
骨肉腫
他の抗悪性腫瘍剤との併用による適応症:
乳癌(手術可能な場合の術前または術後化学療法として)
子宮体癌(術後化学療法や、病状が進行した転移・再発時の化学療法として)
悪性骨・軟部腫瘍、悪性骨腫瘍
多発性骨髄腫
小児悪性固形腫瘍(
ユーイング肉腫ファミリー腫瘍、
横紋筋肉腫、神経芽腫、網膜芽腫、肝芽腫、
腎芽腫など、様々な小児がんが含まれる)
特定の併用療法(M-VAC療法):
メトトレキサート、硫酸ビンブラスチン、
シスプラチンと組み合わせるM-VAC療法において、尿路上皮癌の治療に用いられます。
リポソーム製剤(ドキシル)の適応症:
化学療法後に病勢進行が認められた再発卵巣癌
エイズ関連
カポジ肉腫
主な副作用
ドキソルビシンは、がん細胞のみならず正常な細胞にも影響を及ぼすため、様々な副作用が発生する可能性があります。特に注意が必要な副作用として、心臓への毒性(心筋障害、
心不全、
心電図異常など)が挙げられます。これは累積投与量に関連するため、投与量には上限が設定されることがあります。また、
骨髄の機能が抑制されることによる「
骨髄抑制」も重要な副作用で、これにより白血球や血小板などが減少し、感染症にかかりやすくなったり、出血しやすくなったりします。
その他にも、以下のような副作用が比較的多くみられます。
消化器系:食欲不振、悪心、嘔吐、
口内炎、
下痢
皮膚・粘膜:脱毛
* 全身症状:発熱
膀胱内に直接投与した場合(膀注)には、
頻尿、排尿痛、
膀胱炎症状、
血尿といった、膀胱や尿路に関連した局所的な副作用が現れることがあります。
安全性情報
国際がん研究機関(IARC)による発がん性リスクの評価では、ドキソルビシンはグループ2に分類されています。これは「ヒトに対して発がん性がある可能性が高い物質」に該当し、ヒトにおける発がん性の限られた証拠と、動物実験における十分な証拠に基づいて分類されています。
関連事項
ドキソルビシンは、近代的な「化学療法」において重要な役割を果たす「
抗がん剤」であり、その起源は「
抗生物質」にあります。また、その作用機序からは「
トポイソメラーゼ阻害薬」の一面も持っています。