フランシス・ベーコン (哲学者)

フランシス・ベーコン：知と力の探求者

フランシス・ベーコン（1561年1月22日 - 1626年4月9日）は、イギリスの哲学者、政治家、法律家であり、イギリス経験主義の先駆者として知られています。彼は、「知識は力なり」という言葉で知られ、自然科学の発展と人類の福祉の向上を目指しました。その生涯は、知的な探求と政治的な野望の間で揺れ動き、二度の失脚を経験しながらも、後世に大きな影響を与える思想を提唱しました。

生い立ちと初期の教育

ベーコンは、ロンドンのヨーク・ハウスで、著名な政治家であるニコラス・ベーコン卿とアン・クックの間に生まれました。幼少期から、敬虔なプロテスタントであった母から熱心な教育を受け、自然に対する深い関心を抱いて育ちました。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに進学し、アリストテレス哲学に批判的な立場を取るようになり、経験に基づいた知識の重要性を認識しました。

政界での立身出世と挫折

法律家としてのキャリアをスタートさせたベーコンは、1580年代後半から政界に進出し、庶民院議員に選出されました。しかし、1593年の議会で、女王の意向に反する発言をしたため失脚し、政治的な不遇を味わいました。その後、エセックス伯の庇護を受けるものの、彼が反乱を起こしたことで、ベーコンは再び苦境に立たされます。

ジェームズ1世の側近として

エリザベス1世の死後、ジェームズ1世が即位すると、ベーコンは再び政界で頭角を現し、法務次官、法務長官、大法官などの要職を歴任しました。国王大権を擁護し、議会との調和を図るべく尽力しましたが、その過程で政敵との対立を深めました。

再度の失脚と晩年

1621年、議会から賄賂を受け取ったとして告発され、再び失脚しました。失脚後は、セント・オールバンズの領地で隠退生活を送りながら、著作活動に専念しました。この時期に、『学問の進歩』や『ノヴム・オルガヌム』などの重要な著作を出版し、帰納法に基づいた知識獲得の重要性を説きました。

思想と影響

ベーコンの思想は、知識は人間の力を増大させると考え、自然を支配するための手段であると捉えました。彼は、スコラ哲学の演繹法を批判し、観察と実験に基づいた帰納法を提唱しました。また、人間の認識を妨げる4つのイドラ（偏見）を指摘し、客観的な知識を得るための方法論を提示しました。

ベーコンの思想は、後の科学革命に大きな影響を与え、ロバート・ボイルなどの科学者によって実践されました。また、彼の提唱した帰納法は、科学的な思考法の基礎となり、現代の科学研究にも受け継がれています。

法の思想と改革

ベーコンは、法律家としても卓越した才能を発揮し、法の改革にも情熱を注ぎました。裁判官は法の解釈者であって、立法者ではないと述べ、公平な裁判の重要性を説きました。また、コモン・ローの整理と編纂を提唱し、法体系の改善を目指しました。しかし、その改革は実現することなく終わりました。

『随筆集』に見る人間観察

ベーコンの『随筆集』は、人生、学問、友情、政治など、多岐にわたるテーマを扱い、彼の人間観察の鋭さと知的な洞察力を示しています。彼は、学問がもたらす喜びや、友情がもたらす心の豊かさを語る一方で、権力に伴う危険性や、浪費の愚かさも指摘しました。また、庭園を愛したベーコンは、自然を美しく整備することへの情熱も随筆に記しています。

後世への遺産

フランシス・ベーコンは、その思想と行動を通じて、後の世代に多大な影響を与えました。彼の著作は、科学的思考法の基礎を築き、近代科学の発展を促しました。また、彼の政治的な洞察は、現代の政治思想にも通じるものがあります。ベーコンは、知と力の探求者として、歴史に名を刻み、その遺産は今日まで受け継がれています。

著作

『時代の最大の誕生』（1585年）
『イングランドの教会の論争についての勧告』（1589年）
『この1592年に出版された中傷文に対する考察』（1592年）
『知識の称賛』（1592年）
『グレイ法曹院の催事』（1594年）
『随筆集』（1597年、初版）
『亡きエセックス伯ロバートによって企てられ、実行された陰謀と反逆の報告』（1601年）
『イングランドとスコットランド両王国の幸福な統合についての論考』（1603年）
『自然の解明・序論』（1603年）
『ワレリヌス・テルミニウス・自然の解明』（1603年）
『エセックス伯に関する弁明』（1604年）
『学問の進歩』（1605年）
『古代人の知恵』（1609年、ラテン語版）
『随筆集』（1612年、第二版）
『イングランドの法の編集と改正についての提言』（1616年）
『古代人の知恵』（1619年、英語版）
『大革新』（1620年）
『ノヴム・オルガヌム』（1620年）
『ヘンリー七世王史』（1622年）
『自然誌と実験誌』（1622年）
『学問の尊厳と進歩』（1623年）
『資料の森』（1624年）
『随筆集』（1625年、第三版）
『ニュー・アトランティス』（1627年）

参考資料

松川七郎『ウィリアム・ペティ 増補版』岩波書店、1967年。
田村秀夫『イギリス革命とユートゥピア -ピューリタン革命期のユートゥピア思想-』創文社、1975年。
安藤高行『近代イギリス憲法思想史研究 -ベーコンからロックへ-』御茶の水書房、1983年。
今井宏編『世界歴史大系 イギリス史2 -近世-』山川出版社、1990年。
塚田富治『イギリス思想叢書2 ベイコン』研究社出版、1996年。
松村赳、富田虎男『英米史辞典』研究社、2000年。
塚田富治『近代イギリス政治家列伝 かれらは我らの同時代人』みすず書房、2001年。
木村俊道『顧問官の政治学 フランシス・ベイコンとルネサンス期イングランド』木鐸社、2003年。
ロイ・ストロング著、圓月勝博・桑木野幸司訳『イングランドのルネサンス庭園』ありな書房、2003年。
石井美樹子『エリザベス 華麗なる孤独』中央公論新社、2009年。
* 石井栄一『ベーコン 人と思想43』清水書院、1977年（新装版2016年）。

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