ロバート・E・ハワードのクトゥルフ神話

ロバート・E・ハワードとクトゥルフ神話：ヒロイック・ファンタジーと宇宙的恐怖の融合

ロバート・E・ハワードは、1930年代に数々のクトゥルフ神話関連作品を発表した作家として知られています。彼の作品は『ウィアード・テールズ』誌を中心に掲載され、H.P.ラヴクラフトとの交流や相互の影響が色濃く反映されています。しかし、ハワードの作品群は最初からクトゥルフ神話を意識して書かれたものではなく、既存のシリーズ作品の中に神話的要素を取り込んだものが多数を占めます。

ハワード作品におけるクトゥルフ神話の位置づけ

ハワードは、キング・カル、コナン（ハイボリア時代）、ブラン・マク・モーン、ターロウ・オブライエンといった複数のヒーローを擁するシリーズ作品を持っていましたが、クトゥルフ神話的要素を持つ作品群も、これらのシリーズと密接に関連しています。これらのシリーズはそれぞれ独立した世界観を持つものの、大まかな時間軸を共有しており、クトゥルフ神話作品もこの時間軸の中に位置づけられます。その順番は概ね、『影の王国』、『夜の末裔』、『バル・サゴスの神々』、『黒の碑』といった流れになります。

アーサー・マッケンからの影響も指摘されており、特に初期の作品『夜の末裔』では、マッケン作品とラヴクラフト作品双方の影響が見られます。『夜の末裔』は、後にクトゥルフ神話体系を構築する上で重要な役割を果たした「蛇人間」が初めて登場する作品でもあります。この「蛇人間」は、ハワード、ラヴクラフト、クラーク・アシュトン・スミスという3人の作家を繋ぐ重要な存在であり、彼らの死後、クトゥルフ神話という共有世界観の構築を加速させるきっかけとなりました。

ハワード神話の共通項と創作手法

ハワードのクトゥルフ神話作品には、いくつかの共通したテーマやモチーフがあります。輪廻転生、古代の碑文や遺跡への崇拝、太古の支配者の影といった要素が複数の作品で繰り返し登場します。また、同じアイデアや設定を複数の作品で使い回したり、非神話的なアイデアをクトゥルフ神話の世界観に組み込むといった創作手法も見られます。「大地の妖蛆」と呼ばれる非人間種族が、複数の作品で主要な敵役として登場するのもその一例です。さらに、複数の作品に登場する怪物が、すべて「ゴル＝ゴロス」という暗黒神の一形態であるとする解釈も存在します。

批評家の視点

ハワードのクトゥルフ神話作品は、ラヴクラフトの作品とは対照的な特徴を持っています。倉阪鬼一郎は、ハワードを「動」、ラヴクラフトを「静」と表現し、ハワードにとって古代は単なる憧憬の対象ではなく、主要な舞台であった点を指摘しています。東雅夫は、ハワードの作品は個々の完成度は高いものの、クトゥルフ神話の定石に則ると、ハワードの「狂おしき闘争本能」が十分に発揮されない傾向があると指摘しています。朱鷺田祐介は、ハワードが独自の神格を生み出すというよりも、独自の解釈で神話要素を取り込み、恐怖小説やヒロイック・ファンタジーを書いたと解説しています。

特に『妖蛆の谷』『闇の種族』『大地の妖蛆』といった後期の作品群は、ラヴクラフトの宇宙的恐怖とハワードのヒロイック・ファンタジーが融合した独特の作品群として高く評価されています。

主要作品と収録状況

ハワードのクトゥルフ神話作品は、複数のアンソロジーや単行本に収録されています。『クトゥルー』『黒の碑』『真ク・リトル・リトル神話大系』『新編真ク・リトル・リトル神話大系』といったアンソロジーシリーズや、彼の作品に特化した短編集『黒の碑』などがあります。また、『彼方よりの挑戦』というリレー形式の共作にも参加しており、オーガスト・ダーレスとの共作『黒の詩人』も存在します。

主要な設定と用語

ハワードの作品には、「無名祭祀書」「ヴァルーシアの蛇人間」「大地の妖蛆」「ゴル＝ゴロス」など、独自のクリーチャーやアイテムが登場します。これらの設定は、後のクトゥルフ神話作品にも影響を与え、共有世界観の構築に貢献しています。特に「無名祭祀書」は、H.P.ラヴクラフトによって設定が追加され、ムー大陸やクトゥルフ一族と関連付けられています。

代表的な作品解説

ハワードの代表的なクトゥルフ神話作品をいくつか紹介しましょう。それぞれの作品は、独自のテーマと構成を持ちつつ、共通の要素を共有しています。

『影の王国』: キング・カルシリーズの一作であり、ヴァルーシアの蛇人が初めて登場します。
『夜の末裔』: マッケンやラヴクラフトの影響が強く、輪廻転生や古代文明の要素が描かれています。
『バル・サゴスの神々』: ターロウ・オブライエンシリーズの一作であり、『暗黒の男』の続編。ゴル＝ゴロスとグロス＝ゴルカが登場します。
『黒の碑』: 邪教と歴史伝奇ロマンが融合した作品。ハワード神話の頂点と評されることもあります。
『暗黒の男』: ブラン・マク・モーンシリーズとクロスオーバーしており、ブランの死後を描いています。
『屋根の上に』: 「無名祭祀書」が重要な役割を果たしており、複数の版本が存在する点が物語の鍵となっています。
『闇の種族』: 英雄コナンの初期版が登場する作品。輪廻転生と古代の悪夢が絡み合っています。
『大地の妖蛆』: ブラン・マク・モーンシリーズの一作。邪神との取引と、その恐ろしい代償が描かれています。
『妖蛆の谷』: ブラン・マク・モーンの輪廻転生譚。宇宙的恐怖とヒロイック・ファンタジーが融合しています。
『アッシュールバニパルの焔』: 中東の砂漠を舞台としたアクション神話作品。古代の呪われた都市が舞台となっています。
『墓はいらない』: ハワードが生前に発表した最後のクトゥルフ神話作品。妖術師と悪魔の契約がテーマです。
『闇に潜む顎』: 没後発表された作品。異次元からの怪物との戦いが描かれています。

これらの作品は、それぞれ独自の面白さを持っていますが、全体を通してハワードの「動」とラヴクラフトの「静」という対比が際立ち、クトゥルフ神話に新たな息吹をもたらしたと言えるでしょう。

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