ローマの建国神話

ローマ建国神話の概要

古代ローマの建国神話は、英雄アイネイアースの物語と、ロームルスによるローマ建国を中心に展開します。これらの物語は、ローマの起源を説明するだけでなく、ローマ人のアイデンティティと文化を形成する上で重要な役割を果たしました。

アイネイアースの伝承

トロイアからの脱出と放浪

アイネイアースは、トロイア戦争で活躍したトロイアの英雄であり、愛と美の女神ウェヌス（ヴィーナス）の息子です。トロイアが陥落した際、ウェヌスの忠告を受け、父アンキーセース、息子アスカニオスらと共にトロイアを脱出しました。彼らは船で新たな地を目指し、長い放浪の旅を始めます。

最初にトラキアに到着しましたが、亡霊の忠告でそこを離れ、デロス島での神託に従いクレタ島を目指しました。しかし、再び神託を受け、イタリアに新しい国を築くことを決意します。旅の途中で嵐に遭い、ストロバテス島に漂着、ハルピュイアとの戦いを経て、アクティウムやイピロスでアンドロマケーやヘレノスと再会しました。

ヘレノスからの助言を受け、メッシーナ海峡を通過しようとしましたが、嵐に阻まれシチリア島に漂着しました。そこで父アンキーセースが亡くなります。その後、女神ユーノーの妨害を受けながらも、カルタゴに漂着。カルタゴの女王ディードーの歓迎を受けますが、ディードーがアイネイアースに恋をするように仕向けられます。しかし、ユーピテルの命令により、アイネイアースはカルタゴを離れ、イタリアを目指すことになります。

冥界訪問とイタリアでの戦い

イタリアに到着したアイネイアースは、巫女シビュラの助けを借りて冥界を訪れます。そこでディードーに弁解し、父アンキーセースと再会。アンキーセースからローマの未来について予言を受けました。冥界から戻ったアイネイアースは、ついにティベレ川河口に到着し、そこが建国すべき地であると確信します。

その地を治めていたラテン王ラティヌスは、娘ラウィニアを外国から来た男に嫁がせるという予言を受け、アイネイアースを歓迎します。しかし、ユーノーはラウィニアの婚約者であるトゥルヌスを扇動し、アイネイアースに戦いを挑ませます。トロイア勢とラテン人との間で激しい戦いが繰り広げられ、多くの英雄が命を落としました。アイネイアースは神々の助けを得ながらも、多くの苦難を乗り越えました。

最終的に、アイネイアースはトゥルヌスとの一騎打ちに勝利し、ラティウム地方を支配することとなります。これにより、トロイアとラテンの血を引くローマの基盤が築かれました。

アイネイアース伝承の歴史的解釈

リウィウスなどの歴史家は、アイネイアースがラティウムに到達し、ラウィニアと結婚、アスカニオスをもうけたと記述しています。また、この物語は、アウグストゥスの時代にユリウス氏族の権威を高めるために、より強調されたものだと考えられています。

アルバ・ロンガとアルバ王

アルバ・ロンガの建設

アイネイアースの死後、アスカニオスが王位を継ぎ、ラウィニアの協力を得て統治を行いました。その後、人口が増加したため、ラウィニウムを譲り、山地にアルバ・ロンガを建設しました。

アルバ王の系譜

アスカニオスの後、弟のシルウィウスが王位を継ぎました。その後、アエネーイス・シルウィウス、ラティヌス・シルウィウス、アルバ・シルウィウスなど、多くの王が続きました。ティベリヌス・シルウィウスは川に流されて亡くなり、その川がティベレ川になったという伝承もあります。その後、アグリッパ・シルウィウス、アルディウス、アヴェンティヌスが続きました。プロカの後、ヌミトルが王位を継ぎましたが、アムーリウスに王位を奪われます。アムーリウスはヌミトルの息子を殺し、娘レア・シルウィアをウェスタの処女とし、権力を固めました。

ロームルスのローマ建国

ロームルスとレムスの誕生

レア・シルウィアはウェスタの処女でありながら、軍神マルスとの間に双子の男児、ロームルスとレムスを産みます。アムーリウスは双子を殺そうとしますが、ティベレ川に流された二人は、メスの狼に育てられました。その後、羊飼いのファウストゥルスに拾われ、妻のレンティアに育てられます。成長した二人は、周辺の人々に名を知られるようになります。

アムーリウス王との戦い

ロームルスとレムスは18歳になった頃、ヌミトルの配下との争いが原因でレムスが捕らえられます。このことをきっかけに、二人の出生の秘密が明かされ、ロームルスはアムーリウス王を打倒することを決意。ヌミトルと協力してアムーリウス王を殺害し、ヌミトルは王位を取り戻します。

ローマの建国

祖父ヌミトルを王位に戻した後、ロームルスとレムスは自分たちの都市を建設しようとします。しかし、建設地や都市の名前をめぐって対立します。そこで、鳥占いで決めることになり、ロームルスが12羽、レムスが6羽のハゲタカを見たという結果から、ロームルスが有利になります。

ロームルスの支持者とレムスの支持者との間で戦闘が起こり、レムスは命を落とします。ロームルスは、紀元前753年4月21日に、パラティーノの丘に都市を建設し、ローマと名付けました。その後、元老院を創設し、法律を制定し、城壁を拡大しました。

ロームルス王の治世

ロームルスは、女性人口の不足を解消するため、サビニ人の女性を略奪しました。これがきっかけでサビニ人との戦争が起こりますが、サビニ人の女性の仲介によって和解し、両民族は合併して共同君主制を敷きました。その後、タティウスが暗殺され、ロームルスは再び単独の王となります。ロームルスは在位30数年後、嵐の中で姿を消し、神格化されてクゥイリーヌス神として崇められました。

他地域の神話との類似

ロームルスとレムスの物語は、川に流され、拾い育てられるという点で、ギリシア神話のテューローやアッカドの王サルゴン、聖書のモーセなど、他の神話や伝説との類似性が指摘されています。

地理・考古学的要素

ラティウム地方は、温暖で牧畜に適した土地でした。青銅器時代にはアペニン文化の影響を受け、紀元前10世紀頃にはラテン人が侵入しました。ラティウム文化は、ヴィラノヴァ文化とフォッサクルトゥーア文化の影響を受けました。初期のローマは、エトルリア人の影響も受けています。パラティーノの丘には、紀元前8世紀の集落跡が残っています。ティベレ川は、ローマにとって重要な交通路であり、都市建設に最適であったとされています。

後世への影響

アイネイアースの物語は、ダンテの『神曲』など、多くの文学作品に影響を与えました。また、17世紀にはヘンリー・パーセルが歌劇『ディドとエネアス』を発表しました。ロームルスとレムスの物語は、共和政ローマ末期の政治家たちの儀式や、アウグストゥスの権威を高めるために利用されました。

まとめ

ローマの建国神話は、古代ローマの起源を説明するだけでなく、ローマ人のアイデンティティと文化を形成する上で重要な役割を果たしました。この神話は、後の文学、芸術、政治、宗教に大きな影響を与え、その重要性は現代においても色褪せることはありません。

参考文献

松田治『ローマ建国伝説 ロームルスとレムスの物語』講談社学術文庫
丹羽隆子『ローマ神話 西欧文化の源流から』大修館書店
グスターフ・シュヴァープ 角信雄訳 『ギリシア・ローマ神話III』白水社
ウェルギリウス著 岡道男・高橋宏幸訳 『アエネーイス』京都大学学術出版会
リウィウス著 吉村忠典・小池和子訳 『ローマ建国以来の歴史』東京大学学術出版会
オウディウス著 中村善也訳　『変身物語 下』岩波文庫

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