ヴァイマル文化

「ヴァイマル文化」とは、第一次世界大戦で敗北したドイツがヴァイマル共和政の下にあった1918年から1933年までの短い期間に、驚異的な勃興を見せた諸文化を指します。この時代の知的・芸術的創造性はしばしば「人類史上最高水準」の一つとして高く評価されます。当時のドイツは、自然科学はもちろん、文学、哲学、芸術といった分野においても世界の最先端を走り、特に1920年代のベルリンはその文化的エネルギーの中心地でした。

ヴァイマル共和政の範囲には厳密には含まれませんが、同様に第一次世界大戦後に共和制へ移行したオーストリア第一共和国、とりわけウィーンの文化活動も、ヴァイマル文化の一部として捉えられることがあります。

ドイツの知的環境に大きな変化をもたらしたのは、1918年に国内の大学が初めてユダヤ人学者に広く門戸を開いたことでした。社会学者のカール・マンハイム、エーリヒ・フロム、テオドール・アドルノ、マックス・ホルクハイマー、ヘルベルト・マルクーゼ、哲学者のエルンスト・カッシーラー、エトムント・フッサール、政治学者のアルトゥル・ローゼンベルクらがその代表例です。同時期にドイツから輩出されたノーベル賞受賞者9名のうち5名がユダヤ人であったことからもわかるように、ユダヤ人知識人たちはヴァイマル文化のあらゆる分野で極めて重要な役割を果たしました。

しかし、ヴァイマル文化が成熟するにつれて、保守派や国家社会主義ドイツ労働者党（ナチ党）といった右派勢力は、その多くの側面を「退廃的」と見なすようになりました。1933年にヒトラー政権が成立すると、こうした「退廃的」な文化の担い手たちは、体制に迎合するために表現を変えるか、あるいは迫害され、国外への亡命を余儀なくされるかの選択を迫られました。ユダヤ人、非ユダヤ人を問わず、アメリカやイギリスなどへ多くの人々が逃れました。国内に留まった者の中には、活動を禁止されたり、最悪の場合、強制収容所に送られる者もいました。

ヴァイマル時代の文化は、その後の時代には忘れられがちでしたが、1960年代になると、ドゥルーズ、ガタリ、フーコー、デリダといったフランスの革新的な知識人たちによって再評価され、現代思想に大きな影響を与えました。

時代背景

政治的には、第一次世界大戦の敗北後、キールでの水兵反乱を端緒とするドイツ革命が発生し、帝政が崩壊、ヴァイマル共和政が成立しました。世界初の社会権を明記したヴァイマル憲法が制定されたものの、革命の急進化を抑えようとする政府の動きはかえって極左・極右両勢力を活気づけました。1923年のルール占領は政情不安を極限に高め、破滅的なインフレーションやミュンヘン一揆といった混乱を招きましたが、シュトレーゼマンらの外交努力により国際社会への復帰を果たし、一時的な安定期を迎えます。しかし、1929年の世界恐慌が再び経済を悪化させ、社会不安が増大、ナチ党の急速な台頭を招き、1933年のヒトラー政権樹立をもって共和国は終焉を迎えます。

経済は、第一次世界大戦の戦費と敗戦後の賠償金に苦しみ、ハイパーインフレーションを経験しました。特に1923年にはマルクの価値が事実上崩壊しましたが、レンテンマルクの発行によりインフレは収束。ドーズ案やヤング案による賠償支払い緩和、アメリカ資本の導入もあり一時的に安定しましたが、世界恐慌で再び打撃を受け、共和政末期には高失業率に悩まされました。

社会構造は近代化が進み、工業・サービス業への傾斜が見られ、事務員などの中間層が増加しました。都市化も進みましたが、人口の多くは中小都市や農村部に留まっていました。戦争とインフレは若年層の価値観を変化させ、貯蓄よりも浪費や娯楽を好む傾向が見られるようになり、帝政時代の価値観は一層揺らぎました。このような政治経済社会の極めて不安定な状況下で、ヴァイマル文化はかつてない卓越した創造性を発揮したのです。

文化各分野の隆盛

ヴァイマル文化は、文学、芸術、建築、音楽、舞踊、演劇に加え、映画という新しいメディアの分野で特に顕著な発展を遂げました。政治理論家のエルンスト・ブロッホはヴァイマル文化を古代ギリシャの「ペリクレス時代」になぞらえています。

初期にはドイツ表現主義が視覚芸術、音楽、文学に強い影響を与えましたが、特に1920年代に入ると、その幻想性や主観性に反発し、正確さや客観的な現実描写を重視する新即物主義への転換が見られました。新即物主義は特定の宣言や規則を持つ運動ではありませんでしたが、多くの芸術家がこの傾向を共有しました。

美術においては、表現主義の影響が残る一方、第一次大戦中にチューリッヒで始まった国際的なダダの運動がドイツでも展開され、機械や技術、キュビズムの影響を受けた前衛的な作品が生み出されました。ベルリン、ケルン、ハノーファーなどでダダの活動が行われました。新即物主義の芸術家たちは特定のグループには属しませんでしたが、オットー・ディクスやジョージ・グロス、ケーテ・コルヴィッツらは、戦争の恐怖、社会の偽善、道徳的退廃、貧困といった共通のテーマを独自のスタイルで描きました。ディクスやグロスは古代ローマのヴェリズムに触発され、表現主義にはないリアリズムを追求しました。

デザイン分野では、バウハウスが従来の様式を打ち破る革新的な展開を見せました。工業デザインと美術工芸を統合し、機能性と実用性を重視したバウハウス様式は、現代デザインに直接繋がるものです。建築家のヴァルター・グロピウスは「建築を機械やラジオのようにしたい」と語り、エルンスト・マイやブルーノ・タウトによる集合住宅計画など、バウハウス系の建築は都市景観にも影響を与えました。

文学では、トーマス・マンやエーリヒ・マリア・レマルク、アルフレート・デーブリーンらが世界的なベストセラーを生み、作品を通じて政治や社会の機能不全を鋭く問いかけました。クリストファー・イシャーウッドのように、外国人作家もベルリンの活気に満ちた都市文化に魅了されました。東洋哲学や宗教も受容され、ヘルマン・ヘッセの作品に影響を与えました。文化批評家カール・クラウスは風刺的なジャーナリズムを牽引しました。

演劇では、ベルリンやフランクフルトを中心に、ベルトルト・ブレヒトやエルンスト・トレルらの作品、マックス・ラインハルトやエルヴィン・ピスカトールらの革新的な演出が展開されました。ブレヒトやトレルはアジプロ演劇のような政治色の強い作品を制作し、聴衆を行動へと駆り立てることを目指しました。当時のベルリンの演劇はヨーロッパでも最先端を行く水準でした。

音楽では、アルノルト・シェーンベルクやアルバン・ベルクが無調や十二音技法を探求し、パウル・ヒンデミットやクルト・ヴァイル、クレネクらが新即物主義や新古典主義を取り入れたモダニズム音楽を生み出しました。これらの動きはオペラ作品にも反映されました。

現代舞踊の分野では、ルドルフ・フォン・ラバンやマリー・ヴィグマンがその発展の基礎を築きました。

映画はヴァイマル文化における重要なメディアでした。初期はサイレント映画が中心で、表現主義映画は人間の暗黒面や内面的な葛藤を描き、歪んだセットや陰鬱な雰囲気で観客に強烈な印象を与えました。ロベルト・ヴィーネの『カリガリ博士』、F・W・ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ』、フリッツ・ラングの『ドクトル・マブゼ』などが代表的です。ラン『メトロポリス』のようなディストピアを描く未来主義も影響を与えました。ヴァイマル末期にはトーキー映画が登場しますが、サイレント映画も引き続き制作され、国際的なキャストを起用しやすいという利点もありました。しかし、トーキー化が進むと、多言語版を同時制作する試みも行われました。これらの映画の中には、『淪落の女の日記』や『他の人々とは異なって』、『売春』のように、売春や同性愛といった当時の社会がタブー視していたテーマに果敢に切り込む作品も見られました。

哲学分野では、数学や物理学との関連が強く、ベルリン学団のようなグループが形成されました。カール・ヘンペルは論理実証主義を探求し、後の科学哲学に大きな影響を与えました。また、マルティン・ハイデッガーは『存在と時間』を著し、現象学や実存主義など後世の哲学の礎を築きました。政治哲学も活発で、カール・シュミットのようなナチス支持者から、亡命したハンナ・アーレントやレオ・シュトラウスまで多様な思想家が登場しました。

社会学はドイツが思想的中心地となり、フランクフルト学派として知られる社会調査研究所を中心に、マルクス主義とフロイト精神分析を結びつけた批判理論が形成されました。ホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼ、ベンヤミンらがその代表者です。

ベルリンの都市文化

第一次世界大戦と経済的困窮は、ベルリンを含む各地で売春の横行を招きました。生活のために売春を選ぶ女性、そして時には男性や若年層も現れ、性病も蔓延しました。また、ベルリンは犯罪、特に薬物取引や闇市場の中心地としても悪名高く、多数のギャング組織が存在しました。快楽殺人事件などもメディアで大きく報じられ、フィルム・ノワール的な犯罪小説も流行しました。

こうした状況に加え、ベルリンの都市文化は性的な多様性に対するある種の寛容さでも知られました。アバンチュール目的の観光客向けのガイドブックが存在し、ゲイやレズビアン、異装趣味者向けの施設を含む、推定500もの「夜の社交場」があったとされます。マグヌス・ヒルシュフェルトの性科学研究所のような施設も存在しましたが、これらは1933年以降に閉鎖されました。

ベルリンの芸術家たちは、こうしたキャバレーやアングラ文化に強く惹きつけられました。ダンサー・女優のアニータ・ベルバーは、そのエロティックな演技や退廃的なライフスタイルで悪名高く、オットー・ディクスのモデルになるなど芸術家たちのミューズとなりました。ヴァイマル文化における映画がタブーに挑戦できたのも、こうした都市の土壌があったからと言えるでしょう。

ヴァイマル文化は、極度の社会的不安定さと経済的困難の中で生まれ、かつてない創造性と批判精神を発揮しました。しかしその特異性は、ナチスの台頭という悲劇的な結末と切り離すことはできません。その成果の多くは弾圧されましたが、亡命した人々によって国外に受け継がれ、戦後再び世界の思想や芸術に大きな影響を与えました。

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