ヴァンガード (戦艦)

イギリス海軍最後の戦艦「ヴァンガード」

ヴァンガード（HMS Vanguard, 23）は、イギリス海軍が建造した最後の超弩級戦艦です。同型艦はなく、その特異な出自から、戦時中の急造艦でありながら、英国戦艦の集大成とも言える存在です。本艦は、カレイジャス級巡洋戦艦から転用された15インチ主砲と、ライオン級戦艦用に設計された機関部を流用することで、建造期間の短縮を図りました。

概要

ヴァンガードは、装甲艦ウォーリアから続く英国戦艦の系譜における集大成と位置づけられます。第二次世界大戦中の建造という状況下で、キング・ジョージ5世級戦艦やライオン級戦艦の設計をベースに、現場からの改良要求や実戦での教訓を取り入れ、対空兵装、レーダー兵装、十分な防御力、高速性能、高い航洋性を備えました。これにより、排水量45,000トン級というイギリス戦艦史上最大の巨艦となりました。しかし、就役は大戦終結後となり、戦局への寄与は果たせませんでした。

戦後は王室ヨットとして使用された後、1950年代半ばに予備役となり、1960年に解体されました。

建造の背景

ワシントン海軍軍縮条約の失効後、ヨーロッパでは建艦競争が激化しました。イギリス海軍は「新標準艦隊」という10年計画を立案し、その中で戦艦20隻の整備を構想しました。しかし、キング・ジョージ5世級戦艦は14インチ砲を採用したため、列強の新型戦艦に火力面で見劣りしました。そこで、16インチ砲を搭載したライオン級戦艦が計画されましたが、第二次世界大戦の勃発により建造は中断されました。

一方、極東では大日本帝国海軍が水雷戦隊を増強し、夜戦での巡洋艦排除を想定していました。これに対抗するため、東洋艦隊に高速戦艦（後のヴァンガード）が配備されることになりました。ドイツ海軍のビスマルク級戦艦や日本が建造中の新世代戦艦に対抗するためにも、キング・ジョージ5世級を凌駕する新戦艦が必要とされました。

また、戦艦ロイヤル・オークの喪失も、戦艦増強の必要性を高めました。そこで、カレイジャス級巡洋戦艦から撤去された15インチ砲と、ライオン級戦艦の機関部を流用し、建造期間を短縮した戦時急造戦艦の整備が決定しました。さらに、デンマーク海峡海戦で巡洋戦艦フッドが撃沈されたことも、代艦の必要性を後押ししました。チャーチル首相の強力な支援もあり、1941年10月にヴァンガードの建造が開始されました。

艦形

設計

1939年7月には戦時急造戦艦の設計案が作成されましたが、1940年2月に再設計されました。要求性能として、巡洋戦艦並みの高速性と長距離航行能力が求められました。同時に、キング・ジョージ5世級で問題となった煤煙の逆流や、乗員の居住性問題も解決されました。この結果、基準排水量は41,200トンとなり、戦訓を取り入れた改良により、最終的には基準排水量42,000トン、満載排水量48,000トンとなりました。

艦体

艦体構造は、平甲板型船体で、強く傾斜したクリッパー型艦首とシアが付けられた艦首甲板が特徴です。高速航行時の凌波性を高めるため、艦首形状が大幅に改善されました。主砲塔は背負い式配置で2基、大型化した塔型艦橋の頂上部には、大型の測距儀と対空射撃指揮装置が設置されました。艦橋の背後には三脚型マストが立ち、レーダーアンテナが設置されました。

2本の煙突の間は艦載艇置き場となり、クレーンで運用されました。当初は水上機格納庫やカタパルトが設置される予定でしたが、建造中に中止となりました。後部マストの後方には、両用砲の射撃指揮装置が設けられました。艦尾はトランサム・スターン型を採用し、艦の全長が抑えられました。リベット接合が主体で、電気溶接は非強度部材に限定されました。

武装

射撃指揮装置

最新型のMark V型ファイア・コントロール・テーブルが搭載され、艦橋には9.2m測距儀と274型レーダーが装備されました。副砲には、アメリカ海軍のMk 37射撃指揮装置が採用されました。

主砲

主砲には、第一次世界大戦前に設計された「1915年式 Mark 1 38.1cm（42口径）砲」が採用されました。これは、既存の砲塔を流用することで建造コストを下げ、建造期間を短縮するための措置でした。改良型の砲塔は、最大仰角30度で射距離33,380mまで射撃可能で、射程19,840mで舷側装甲305mmを貫通する能力がありました。遠距離での水平装甲に対する打撃力は、ネルソン級の40.6cm砲を上回りました。

副砲・対空装備

副砲には、キング・ジョージ5世級と同じ「Mark I 13.3cm（50口径）両用砲」が採用されました。対空火器としては、ボフォース社製の4cm機関砲が採用され、六連装、連装、単装合わせて73門が装備されました。

防御

防御様式

舷側装甲は最大356mmと同世代の列強戦艦に比べて厚く、水線部装甲は高さ7.3m、全長140.2mを覆っていました。しかし、装甲板の装着方法は垂直装甲であり、避弾経始効果が低いという欠点がありました。また、主装甲板の背後に断片防御用の装甲甲板がないため、防御構造は不十分でした。

水雷防御

水雷防御は、細分化された空層区画で燃料タンクなどの液層区画をサンドイッチする構造でしたが、水中弾への対策は不十分でした。プリンス・オブ・ウェールズの喪失から、水中防御区画の縦深（幅）が不足していると判明しました。ヴァンガードでは、水雷防御の見直しが行われましたが、根本的な改良は行われませんでした。

機関

主機関

機関部は、ライオン級の設計を流用したアドミラリティ式重油専焼三胴缶8基とパーソンズ式オール・ギヤードタービン4基4軸推進です。ボイラー温度の引き上げにより、最大出力136,000hp、速力31.57ノットを発揮しました。巡航速度は12ノットに増加しましたが、燃費効率の向上と燃料タンクの大型化により、航続距離の低下は抑えられました。

補助機関

補助機関は、ターボ発電機4基とディーゼル発電機4基の構成で、分散配置により被害を局限化しました。

評価

強力な対空兵装、英国戦艦中最高の速力、優れた航洋性など、他国戦艦と比較しても遜色ない性能を発揮しました。敢えて旧式主砲を採用しましたが、総合的な能力では前級のキング・ジョージ5世級を上回り、「英海軍史上最良の戦艦」という評価もあります。

艦歴

建造はジョン・ブラウン社のクライドバンク造船所で行われ、1946年4月に完成しました。就役後は本国艦隊の旗艦となりましたが、戦闘に参加する機会はありませんでした。1947年にはイギリス国王ジョージ6世やエリザベス王妃の南アフリカ連邦訪問に際して御召艦となりました。1956年に予備役に編入され、1960年に除籍、解体されました。また、映画「ビスマルク号を撃沈せよ!」では、戦艦ビスマルク役として撮影に使用されました。

脚注

注釈

出典

参考文献

ジョン・ジョーダン『戦艦　AN ILLUSTRATED GUIDE TO BATTLESHIPS AND BATTLECRUISERS』石橋孝夫(訳)、株式会社ホビージャパン〈イラストレイテッド・ガイド6〉、1988年11月。ISBN 4-938461-35-8。
「世界の艦船増刊第22集　近代戦艦史」（海人社）
「世界の艦船増刊第30集　イギリス戦艦史」（海人社）
「世界の艦船増刊第38集　フランス戦艦史」（海人社）
「世界の艦船増刊第67集　第2次大戦のイギリス戦艦」No.634（海人社）2004年11月号増刊
「世界の艦船　特集　列強最後の戦艦を比較する」No.654（海人社） 2006年2月
「世界の艦船増刊第22集　近代戦艦史」　2008年10月号増刊（海人社）
「世界の艦船　特集　海上王戦艦の時代」No.753（海人社） 2012年1月
「世界の戦艦　砲力と装甲の優越で艦隊決戦に君臨したバトルシップ発達史 (〈歴史群像〉太平洋戦史シリーズ (41))」（学習研究社） 2003年5月
ミリタリー・クラシックス編集部、執筆（松代守弘、瀬戸利春、福田誠、伊藤龍太郎）、図面作成（田村紀雄、こがしゅうと、多田圭一）「第三章　イギリスの戦艦」『第二次大戦世界の戦艦』イカロス出版〈ミリタリー選書6〉、2005年9月。ISBN 4-87149-719-4。
Allied Battleships in World WarII
国立国会図書館デジタルコレクション - 国立国会図書館
海軍有終會編輯部同人共譯「第二章　外國海軍」『一九四〇年版　ブラッセー海軍年鑑(譯書)　― 本文全譯 ―』海軍有終會、1940年10月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1910664。
忠勇顕彰会編纂「北海ニ於ケル戰死者　海軍大佐從五位勲三等功三級江渡恭助」『忠勇列傳　地中海及北海戰死者之部』忠勇顕彰會、1917年9月、166-173頁。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/949583。

外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、ヴァンガード (戦艦)に関するカテゴリがあります。)
HMS Vanguard website
* Maritimequest HMS Vanguard Photo Gallery

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