伊勢貞親

伊勢貞親：室町幕府を揺るがした野心と教訓

伊勢貞親（いせ さだちか）は、室町時代中期の武士であり、室町幕府の政所執事として活躍しました。桓武平氏の流れを汲む伊勢氏の出身で、父は伊勢貞国、母は蜷川親俊の娘です。弟に貞藤、子に貞宗・貞祐、貞就、玄真がいます。足利義政を幼少の頃から養育し、幕府内で重要な地位を占めるようになりました。その生涯は、幕府政治の中枢での権力闘争、応仁の乱といった激動の時代と深く結びついています。

将軍側近としての台頭

貞親は、8代将軍足利義政の乳父として、その成長を支えました。嘉吉3年（1443年）には、管領畠山持国の仲介で義政と擬似的な父子関係を結びます。しかし、義政は誕生直後から乳父の烏丸資任の屋敷で育てられており、当初、貞親の影響力は資任に抑えられていました。長禄2年（1458年）に義政が花の御所に移ると、公家である資任の役割が低下し、貞親の存在感が増していきます。享徳3年（1454年）に家督を相続した貞親は、土一揆への対処として考案された分一銭制度を確立し、幕府財政の再建に貢献しました。政所執事には就任していませんでしたが、義政から収入と支払いの権限を与えられ、幕府財政を任されるようになります。政所の裁判に関わる官僚の人事権や将軍の申次衆を伊勢一族で固め、政所を掌握しました。さらに、奉行衆・番衆・奉公衆の指揮権も任され、幕府の政治・軍事も掌握し、義政の親政を支える不可欠な存在となっていきました。

親政を支える

康正元年（1455年）頃から、貞親は義政の御内書に副状を添えるようになり、それまで管領細川勝元が発給していた副状に代わって、義政の御内書発給数が増加します。これにより、幕府奉行人の管轄が管領から貞親（将軍）へ移り、義政の親政を支え、勝元を牽制しました。軍事面でも義政の補佐役として重要な役割を果たしました。寛正元年（1460年）には、享徳の乱で混迷していた関東諸大名の取次も任され、同年6月には二階堂忠行に代わって政所執事に就任しました。禅僧の季瓊真蘂らと共に政務の実権を完全に握ったのです。

権力闘争と失脚

寛正4年（1463年）、義政の母日野重子が死去したことを口実に、反逆者となっていた斯波義敏・畠山義就を義政を通して赦免させました。寛正6年（1465年）に勝元が敵対した大内政弘討伐を要請した際には、表向き義政が政弘討伐命令を下す一方で、裏から政弘を支援し、勝元との対立が激化しました。同年、義政の正室日野富子が男子（足利義尚）を産むと、義尚の乳父となります。

この頃問題となっていた斯波氏の家督争いにも介入し、文正元年（1466年）に貞親らは義政に進言して斯波家家督を義敏に与えさせました。しかし、山名持豊（宗全）や義敏派であった勝元らが義廉支持に回り、貞親と敵対します。義尚の誕生により、次期将軍に決定していた義政の弟足利義視と義尚の間で将軍後継問題が発生すると、義尚の乳父であった貞親は義視を排斥しようと謀反の噂を流し、その殺害を義政に進言しました。義視が勝元を頼ると、その罪を問われて京を追われ、近江、次いで伊勢へ逃れたのです。同時に、真蘂や義敏、赤松政則ら貞親派とされた者も失脚し、これを文正の政変といいます。

応仁の乱と晩年

翌応仁元年（1467年）に、勝元率いる東軍と宗全率いる西軍の間で応仁の乱が勃発すると、義政に呼び戻され、6月に伊勢から上洛しました。翌応仁2年（1468年）閏10月には正式に復帰しましたが、この復帰に反発した義視は同年11月に出奔して西軍に擁立され、戦乱が長期化する事態となりました。また、復帰したものの、かつてのように重要任務を任されることはなく、西軍の部将朝倉孝景の帰順交渉を担当した以外に目立った活動はありませんでした。文明3年（1471年）4月には、万里小路春房とともに蜂起を企てたと疑われ、春房とともに近江の朽木貞綱のもとに亡命して出家し、そのまま引退しました。2年後の文明5年（1473年）に若狭で死去しました。享年57歳でした。

貞親は、応仁の乱の原因を作った一人とも言われ、『応仁記』では、賄賂を横行させ、淫蕩に感け、幕府の治世を腐敗させた悪吏として批判されています。一方で、『文正記』では、佞臣として描きつつも、最後に身を退いたことで大乱を回避できたことを指摘し、実は忠臣であったのではないかという同情的な評価もされています。また、貞親ら側近勢力こそが義政の政権運営を支えた中核的存在であり、文正の政変による貞親ら側近勢力の排除が義政の政務放棄の一因となったとする見方もあります。貞親が逼塞した期間に、義政は御内書を発給できず、復帰後も勝元ら細川一族が幕府に無断で軍事関係の書状を内外に発給したため、幕府の軍事権限は縮小し、応仁の乱後に幕府の権力が低下するきっかけとなったとも言われています。

『伊勢貞親教訓』

貞親は、子の貞宗に対して『伊勢貞親教訓』を残しました。この教訓状は、全38条の本文及び執筆意図について記した覚書（末文と和歌1首）で構成されています。武家の教育において重要視すべき点を説き、将来貞宗に期待されるであろう役割に対する自覚を促したものです。貞親は、「神仏への崇敬」「公私における主従関係の徹底」「武芸を重視した教養の習得」「日常からの礼儀作法の厳守」の4点を重要視しており、これは武家一般の基本的なあり方について論じたものとして、鎌倉幕府の北条重時による『北条重時家訓』と並んで後世に影響を与えました。特に、武家として身に付けるべき教養として「弓馬」を重視し、学問の必要性も説いていますが、弓馬ほどは強調していません。

関連人物

伊勢新九郎盛時（北条早雲）は、貞親の同族備中伊勢氏の当主で、貞親の腹心として幕政に関与した伊勢盛定の嫡男であり、盛定の妻は貞親の姉妹であるため、盛時は貞親の甥にあたるという説が有力です。また、徳川将軍家の先祖にあたる三河の国人領主松平氏宗家第3代松平信光は、貞親の被官であり、貞親の命で額田郡一揆の平定にあたるなどして勢力を伸ばし、後に戦国大名化していきました。

まとめ

伊勢貞親は、室町幕府の混乱期において、その政治手腕と野心によって歴史に名を残した人物です。その強引な手法は、多くの敵を生み、応仁の乱の一因ともなりましたが、一方で、将軍の親政を支え、幕府財政を再建するなど、その功績もまた否定できないものです。また、武士教育の指針を示した『伊勢貞親教訓』は、後世の武士たちに大きな影響を与えました。貞親の生涯は、室町時代の社会構造と権力闘争の複雑さを物語る上で、重要な役割を果たしていると言えるでしょう。

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