東京ふんどし芸者

『東京ふんどし芸者』

1975年に劇場公開された日本映画『東京ふんどし芸者』（とうきょうふんどしげいしゃ）は、堀めぐみが主演を務め、野田幸男が監督した作品である。東映東京撮影所によって製作され、東映が配給を担当した。映倫によりR-18（成人映画）に指定されている。

この映画は、映連の公式サイトにはシリーズ作品として掲載されていないものの、東映内部では「温泉芸者シリーズ」の一本、それも7作目にして最終作と位置づけられている。同シリーズは、当初の第1作から第5作までが東映京都撮影所の製作であったが、第6作『温泉おさな芸者』と本作『東京ふんどし芸者』は、東映東京撮影所が製作を手掛けた。

製作背景と企画

当時の東映東京撮影所は業績不振が続き、さらに労働組合の活動が京都撮影所に比べて活発であったことから、このままでは岡田茂東映社長が構想していると噂されていた東西いずれかの撮影所閉鎖の対象になりかねないという強い危機感を抱いていた。この状況を打破するための起死回生企画として立案されたのが本作である。その企画に対し、「タイトル作りの天才」と呼ばれた岡田茂社長が『東京ふんどし芸者』という題名をつけた。岡田社長は「温泉芸者シリーズ」を好んでおり、本作もまた岡田の好みに沿ったエロティックなサービス描写を狙った映画であったとされる。岡田はかつて、同シリーズには「タイトルだけで観客を引きつける力があった」と述べ、「半分笑いになるからいい」とも語っていた。

シリーズが始まった1968年、岡田が第1作に『温泉ふんどし芸者』と名付けようとした際、映倫からクレームが入り、『温泉あんま芸者』へと変更された経緯がある。しかし、なぜ本作で類似した『東京ふんどし芸者』というタイトルが認められたのかといえば、岡田が1971年9月に映倫維持委員会の常任委員長に就任しており、1968年当時は映倫の審査を受ける立場であったのが、本作製作時には審査する側に回っていたからである。

キャスティングと撮影開始

本作のクランクインは1975年9月19日、東京大泉の東映東京撮影所で行われた。宣伝を兼ねてマスメディアを招き、連日満員御礼となっていた大相撲秋場所に倣い、オープンセット内に畳20畳を敷いて上半身裸、下半身に赤い縮緬のふんどしを締めた10名の美女による女相撲と騎馬戦のデモンストレーションが行われた。行司役も同様の格好をした女性が務め、掛け声とともにふんどしが落ちそうになる一幕もあった。

主演の橋本和世役には、新人の堀めぐみが大抜擢された。彼女は『下刈り半次郎(秘)観音を探せ』や『まむしと青大将』に僅かに顔を出した程度の経歴だった。堀めぐみは本名を内堀文恵といい、奈良文化女子短大を卒業したばかりの20歳で、保母の資格を持つインテリだった。身長160cm、スリーサイズB86・W60・H89cmというプロポーションで、「小股が切れ上がりふんどしがよく似合う」という理由で主役に選ばれたとされる。劇中では家宝である「昇り昇天」を武器に、多くの男性を幸せにしていく役どころを演じた。マスメディアの取材に対して、「ふんどしよりはヌードの方がいいわね。あなたが女性のパンティーを履いた時と、そりゃあ同じ気持ちよ」と率直な感想を述べたという。

ライバル芸者の花蝶役には、ピンク映画で多数主演を務めた茜ゆう子が起用された。豆奴を演じた三井マリアは、元は新宿三光町のガソリンスタンドで働く事務員であったが、沢井プロの代表である沢井悠一にスカウトされた人物である。高校時代は水泳選手で、クロールで泳ぐ際にバストが大きく揺れる様子を見た沢井が、彼女を脱がせる決心を固めたという。演技経験は皆無に等しかったが、『好色元禄(秘)物語』では2メートルもの蛇を裸身に巻き付けて熱演。東京12チャンネル（現テレビ東京）のバラエティ番組『独占!男の時間』でステップアップした後、本作でふんどし芸者を演じた。彼女は東映でさらに2本の映画に出演した後、日活ロマンポルノの傑作とされる『わたしのSEX白書 絶頂度』に主演し、その後突如として姿を消した。

その他の主要キャストとして、橋本いく役に三原葉子、橋本文造役に北村英三、亀田千吉役に南城竜也、野毛力夫役に由利徹、行司役に山城新伍、大牟田善平役に小松方正、実方役に大泉滉、銭村役に天津敏らが名を連ねている。

困難を伴う撮影

「起死回生」という号令とは裏腹に、本作にはごく限られた予算、短い許容尺数、そして最低レベルの撮影スケジュールしか与えられなかった。このような状況で監督に抜擢されたのが、「残業の帝王」と呼ばれた野田幸男である。野田はとにかく大量に撮影し、カットを細かく刻み、脚本にも執拗に口出しするため、現場からは不満の声が上がり、岡田社長からも嫌われる存在であった。本作においても野田は自身のポリシーを貫こうとし、連日、撮影所の首脳陣から呼び出されては説教を受け続けた。しかし、それでも野田のスタイルは変わらず、遂には「あれほど忠告したのに予算も日数もオーバーだ。客の入りがよかったとしても、野田くん、君はもう、この撮影所で二度と仕事が出来ないと思ってくれ」という最後通告を受ける事態となった。

クライマックスの重要なシーンである、ふんどし姿の芸者たちによる騎馬戦と「花電車」三番勝負の撮影前日には、主演クラスの女優が突如失踪するというトラブルが発生した。ポルノ映画の撮影現場ではしばしば起こることであったため、プロデューサーは慣れており、さほど慌てることもなく、東映京都撮影所から脱げる大部屋女優を調達するよう東映本社を通じて調整し、翌日には代役の女優が上京した。

製作費が極端に安かったため、それまでの「温泉芸者シリーズ」のように実際に地方の温泉地でロケを行うことは減らされ、ほとんどがスタジオのセットでの撮影となった。シリーズでお馴染みだった地方の温泉場ではなく、タイトル通り、屋外シーンのメインは寂れつつある三業地、中野新橋で行われた。その他の屋外シーンは時間的な制約から、本作担当外のスタッフが撮影を行った。

60人ものヌード女優が参加した騎馬戦の撮影は、クランクアップの日に敢行された。女優たちは互いに組み合い、転げ回り、激しい動きの中でふんどしが外れる者もいた。中には前貼り（陰部を隠すテープなど）を嫌がって付けていない女優もおり、性器が露わになる場面もあった。しかし、野田監督はいつまで経っても「カット」の声を掛けなかった。リハーサルでは既にカットが掛かっているはずのタイミングを過ぎても、役者は「カット」の声が掛からない限り演技を続ける習性があるため、女優たちは必死に相手に組みつき、息も絶え絶えになりながら乱闘を続けた。限界を感じた助監督の佐伯俊道が思わず「カット！」と叫び、ようやく撮影が終了した。汗まみれの女優たちが次々と地面に倒れ込んだ。佐伯が野田に「出過ぎた真似をしてすみません。でも何でカットを掛けなかったんですか？」と尋ねると、野田は涙を流しながら「すまん。大学を出てから、ずっとここで育ってきたんだ。この撮影所には、僕の青春が詰まっている。でもこのカットで、僕の撮影所生活が終わる。そんなことを考えていたら、声が出なくなったんだ」と答えたという。

本作は、1975年9月28日、わずか10日間の撮影期間でクランクアップを迎えた。

同時上映と宣伝

本作は『極道社長』（主演：梅宮辰夫、監督：中島貞夫）と同時上映された（ただし、東京丸の内東映のみ『飢餓海峡』のリバイバル上映が併映された）。スポーツ新聞等に掲載された両作品共通のキャッチコピーは、「ナヌ!?めくってもめくっても《悩殺笑殺特集》大増刊」であった。本作独自のキャッチコピーはより詳細で、「見せたげる！とっておき九番秘戯の花電車！ ざっと数えて69人、ふんどし一丁のエロ攻勢！ 最後はモチロンほどいて見せるドッキリお遊びテクニック 田植遊び・裸女騎馬戦・おんな相撲は序の口よ! おアトはスゴイビール瓶ディープスロート、バナナ・カット、ゼニ挟み、口じゃ言えないご乱行」という、刺激的な文言が並べられていた。

作品の評価と影響

映画評論家の藤木TDCは、本作を「さながら山田風太郎の忍法帖よろしく、芸者たちが“花電車”で秘技を競い合う、恐ろしくオリジナリティーの高い“花電車アクション”の世界を構築、遂に温泉芸者映画の到達点を示した」と高く評価している。しかし、本作以降、海外旅行ブームの到来によって温泉地が庶民の夢から遠ざかるにつれ、温泉芸者映画は日活ロマンポルノなどで細々と製作されるにとどまることとなった。藤木は、1985年に東映が製作した吉永小百合主演の『夢千代日記』（浦山桐郎監督）に触れ、そこ描かれた温泉芸者の世界は、寂れゆくピンク温泉郷の現実と同様に「あまりにも夢がなく、暗鬱なものだった」と評し、1960年代に男性たちが夢見た「この世の桃源郷」が遠い過去になったことを示唆している。

本作は野田幸男監督にとって、久々の映画復帰作であったが、前述の通り予算と日数をオーバーした結果、東映の首脳から「二度と映画は撮らせない」という最後通告を受け、撮影所を出入り禁止となった。野田は本作を最後に東映東京撮影所を離れ、再びテレビの世界へと活動の場を移す。本作の後にも2本の監督作があるが、いずれも東映東京は製作に関与していない。ただし、1985年には東映東京でタモリ主演の『いいとも探偵局』という映画の監督を務めると報じられ、久々の映画復帰が予定されていた時期があった。1985年の正月映画第二弾として話が進み、タモリの所属事務所も乗り気であったが、監督決定や脚本の遅れからタモリのスケジュール調整ができなくなり、最終的に企画は中止された。当時はテレビの勢いが強く、映画関係者からは「テレビの方が金になるのだろう」という皮肉も聞かれたという。

映像ソフト化の状況

本作は1988年にビデオソフトが発売された。2009年9月21日には「東映温泉芸者シリーズ」として6作品がDVD化されたが、残念ながら本作はラインナップに含まれなかった。2022年現在においても、本作のDVDは未発売である。

スタッフ
監督：野田幸男
脚本：掛札昌裕、中島信昭
企画：天尾完次、高村賢治
撮影：中島芳男
音楽：津島利章
美粧：中村修一郎
録音：長井修堂
照明：小杉芳雄
編集：西東清明
助監督：岡本明久

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