洪思翊

洪思翊（ホン・サイク）の生涯

洪思翊（こう しよく、1889年3月4日 - 1946年9月26日）は、日本統治下の朝鮮半島出身の陸軍軍人であり、最終階級は陸軍中将でした。彼は、朝鮮出身の日本陸軍軍人として、王公族の李垠中将と並び、最も高い階級に昇進した人物です。しかし、太平洋戦争後には戦犯としてフィリピンで処刑されるという悲劇的な結末を迎えました。

生い立ちと教育

1889年、洪思翊は朝鮮京畿道安城の両班の家に生まれました。1905年の第二次日韓協約締結後、大韓帝国の陸軍武官学校に入学。しかし、1909年に陸軍武官学校が廃止されたため、日本の中央幼年学校に国費留学することになりました。中央幼年学校を首席で卒業後、陸軍士官学校に進学しました。

当時、陸軍士官学校には多くの朝鮮人留学生が在籍しており、1910年の韓国併合に衝撃を受け、抗日・独立運動に身を投じた者も少なくありませんでした。しかし、洪思翊は「今、決起しても朝鮮の独立には繋がらない。今は実力を養うべきだ」と考え、級友たちとは異なる道を歩むことを決意しました。

軍歴

1914年、陸軍士官学校を卒業した洪思翊は、陸軍歩兵少尉に任官し、第1師団第1連隊に配属されます。その後、1920年には陸軍大学校に入校し、1923年に卒業しました。日本統治時代に陸軍大学校を卒業した朝鮮人は、李垠、桃山虔一（李鍵）、李鍝と彼のみであり、他の3人は王公族でした。

1925年、参謀本部に配属され戦史編纂に従事。1929年には陸軍歩兵少佐に昇進し、1931年には陸軍歩兵学校教官、1933年には関東軍司令部付となり満州国軍顧問として派遣されました。満州国軍官学校の指導にあたる傍ら、満州国軍将校の門戸を朝鮮人移民にも開放しました。1934年に陸軍歩兵中佐、1936年まで関東軍司令部参謀部で勤務しました。

旧韓国軍・日本陸軍士官学校時代からの旧友である韓国光復軍司令官の池青天から、大韓民国臨時政府への参加を誘われたものの、洪思翊は「今は独立の時期ではない」として断りました。しかし、密かに抗日活動家と友情を育み、その家族を経済的に支援したり、創氏改名にも応じず、姓の「洪」をそのまま使い続けました。彼は、朝鮮人の立場を「イギリスにおけるアイルランド人のようなもの」と息子に説明していたといいます。

1936年、陸軍歩兵学校教官に転任。1937年、日中戦争勃発に伴い中国戦線に派遣され、1938年に上海の興亜院調査官となります。1940年には留守第1師団司令部に配属、1941年には少将に進級し、華北に駐屯する歩兵第108旅団長として八路軍と戦いました。1942年から1944年までは、陸軍公主嶺学校の幹事を務めました。

1944年、比島俘虜収容所長としてフィリピンに赴任し、同年中に中将へ昇進。1[[2月]]には在比第14方面軍兵站監となり、終戦を迎えます。皮肉にも、長年望んでいた朝鮮解放の瞬間を、彼は戦地で迎えることになりました。

戦犯として処刑

戦後、洪思翊は連合国軍から捕虜収容所長時代の責任を問われました。しかし、彼は軍人として弁解や証言をすることを潔しとせず、沈黙を守り続けました。しかし、他の戦犯を弁護する証言は積極的に行ったため、彼の状況や心情は他の裁判記録から伺い知ることができます。

韓国国内では、日本の陸士同期生らによる救命運動が行われましたが、マニラ軍事法廷で死刑判決を受け、1946年9月26日にマニラで処刑されました。朝鮮出身のBC級戦犯は、洪を含めて148人にのぼります。彼の辞世の歌は、「昔より冤死せしものあまたあり われもまたこれに加わらんのみ」、「くよくよと思ってみても愚痴となり 敗戦罪とあきらむがよし」でした。

遺族とその後の影響

独立後の韓国では、洪思翊は親日派として糾弾の対象となりました。長男の洪国善は、李承晩大統領の命令により朝鮮銀行を辞職させられ、その後、軍隊に入り陸軍大佐として転役しました。未亡人の李清栄は、韓国帰国後に一切の職から追放され、その後アメリカに移住し、1978年にロサンゼルスで死去しました。

洪思翊は、戦時中に朝鮮出身の脱走兵を匿ったことがありました。憲兵が彼の自宅を捜索した際、陸軍少将の軍服を着た洪が出てきたため、憲兵は驚いて逃げ帰ったといいます。彼の墓は、京畿道安城市にあり、碑石には彼の履歴が刻まれています。

参考文献

長野為義『李朝の武人と桜花 日韓史の中の洪思翊中将』（角川書店、1992年）
名越二荒之助『日韓共鳴二千年史 これを読めば韓国も日本も好きになる』（明成社、2002年）
秦郁彦 編著『日本陸海軍総合事典』（第2）東京大学出版会、2005年。
山本七平『洪思翊中将の処刑』（文藝春秋、1986年、新版1997年）
山本七平『洪思翊中将の処刑』上・下（筑摩書房・ちくま文庫、2006年）
山本七平『洪思翊中将の処刑』（パンダ・パブリッシング、2016年）

関連項目

* 朝鮮人日本兵

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