銭穆
銭穆（せん ぼく、1895年7月30日 - 1990年8月30日）は、中国近現代を代表する歴史学者、思想史家です。字は賓四、筆名は未学斎主。彼は、諸子百家から経学、宋明理学、中国通史に至るまで、中国の思想と歴史を幅広く深く研究しました。その学問的業績は、中国の伝統文化を再評価する上で重要な役割を果たし、新儒家の一人として位置づけられることもあります。
銭穆は、江蘇省常州府金匱県（現在の無錫市新呉区）で生まれました。幼少期から私塾で学び、後に新式小学校、常州府中学堂へと進学。中学時代には、譚嗣同の『仁学』に感化され、辮髪を切るなど、時代思潮の影響を受けました。1911年には、修身科の廃止を求める運動を主導しましたが失敗し、南京の鐘英中学に転校。しかし、辛亥革命の影響で学校が休校となり、退学しました。
1912年、名を「恩鑅」から「穆」に改め、小学校教員として働き始めます。この時期に『論語文解』などの初期著作を刊行。1927年には、江蘇省立蘇州中学に赴任し、疑古派の顧頡剛や胡適と出会います。この頃、後に好敵手となる楊寛や、甥の銭偉長がいました。
1929年、蘇州で顧頡剛を訪問した際、『先秦諸子繋年』の手稿を評価され、1930年に燕京大学の講師となります。1931年には、北京大学の副教授に就任。その後、清華大学や北平師範大学でも講義を行い、『古史辨』に論文を寄稿しました。1937年、北京大学での講義録『中国近三百年学術史』を刊行。これは、梁啓超の同名の著作を批判するものでもありました。同年7月の盧溝橋事件を機に疎開し、西南聯合大学や武漢大学などで教鞭を執りました。
1949年、広州の私立華僑大学に赴任しますが、同年8月、毛沢東によって胡適、傅斯年と共にアメリカ帝国主義者として非難されます。
1949年10月、中華人民共和国の成立後、銭穆は香港に渡り、新亜書院（後の香港中文大学の一部）の初代校長に就任します。新亜書院は、中国文化の教育の拠点として、香港において重要な役割を果たしました。この時期には、唐君毅、牟宗三、徐復観といった新儒家の学者たちも香港に集まり、学術的な交流が盛んに行われました。1958年に新儒家が「現代新儒家宣言」を発表した際、銭穆は思想史家としての立場から署名を辞退しました。1955年には香港大学から名誉博士号を授与され、1956年には教育学者の胡美琦と結婚。1960年には、イェール大学でも講義し、名誉博士号を授与されています。
1967年10月、銭穆は台湾に移住。これは、香港での文化大革命の影響や、台湾で提唱された中華文化復興運動、胡適の死による人材不足などが背景にありました。台湾では、蔣介石の支援で「素書楼」を建てて生活し、中央研究院院士に選出されます。また、中国文化大学の教授や故宮博物院の研究員も務めました。
晩年には、素書楼の土地問題で退去を迫られるなど、不遇な時期もありましたが、1990年8月30日に逝去しました。享年95歳。その後、妻の胡美琦によって、太湖湖畔の洞庭西山に埋葬されました。2000年頃には、馬英九が素書楼の保護を推進し、政府を代表して事件について謝罪しました。
銭穆は、同時代の顧頡剛、胡適、傅斯年らとは異なる立場をとり、「和して同ぜず」の態度を貫きました。特に、疑古派や新文化運動による伝統中国への軽視を批判しました。また、抗日戦争期に著した『国史大綱』では、孫文の言葉を引用して中国の「西洋化」を批判しました。
彼の学問的業績は、中国大陸外の学者から高く評価されていますが、中国大陸内では、1949年の毛沢東による批判以降、タブー視されていました。しかし、2000年頃から「国学ブーム」によって再評価されるようになりました。
銭穆は、民国初期から日本の漢学や中国学にも関心を持っており、武内義雄、林泰輔、蟹江義丸らの研究を受容しました。1955年には、台湾の「教育文化訪問団」の団長として来日し、東京大学と京都大学で講演を行っています。1966年頃には、唐君毅と共に再度来日したという記録もあります。
銭穆は、中国の歴史を「華夷」という視点から捉えていました。彼は、漢民族を「華」、その他の民族を「夷」と区別し、特に元を「暗黒時代」と位置づけて批判しました。この「華夷」観は、彼の幼少期の教育や当時の時代状況、特に日本軍の中国侵略と深く関わっており、中国の伝統文化を強調し、愛国心を鼓舞しようとする意図がありました。しかし、この伝統的な「華夷」観は、現代の多民族国家という視点から見ると、時代遅れで視野が狭いと批判されています。
銭穆は、生涯にわたり数多くの著作を刊行しました。
代表的な著作として、『論語文解』、『劉向歆父子年譜』、『先秦諸子繋年』、『中国近三百年学術史』、『国史大綱』、『中国歴代政治得失』、『朱子新学案』などがあります。これらの著作は、彼の学問的成果を示すと同時に、中国の伝統文化に対する深い理解と愛情を示しています。
銭穆は、その生涯を通じて中国の歴史と文化を深く探求し、現代中国の思想と歴史学に大きな影響を与えた偉大な学者でした。
生涯
清末から民国初期
銭穆は、江蘇省常州府金匱県（現在の無錫市新呉区）で生まれました。幼少期から私塾で学び、後に新式小学校、常州府中学堂へと進学。中学時代には、譚嗣同の『仁学』に感化され、辮髪を切るなど、時代思潮の影響を受けました。1911年には、修身科の廃止を求める運動を主導しましたが失敗し、南京の鐘英中学に転校。しかし、辛亥革命の影響で学校が休校となり、退学しました。
1912年、名を「恩鑅」から「穆」に改め、小学校教員として働き始めます。この時期に『論語文解』などの初期著作を刊行。1927年には、江蘇省立蘇州中学に赴任し、疑古派の顧頡剛や胡適と出会います。この頃、後に好敵手となる楊寛や、甥の銭偉長がいました。
1929年、蘇州で顧頡剛を訪問した際、『先秦諸子繋年』の手稿を評価され、1930年に燕京大学の講師となります。1931年には、北京大学の副教授に就任。その後、清華大学や北平師範大学でも講義を行い、『古史辨』に論文を寄稿しました。1937年、北京大学での講義録『中国近三百年学術史』を刊行。これは、梁啓超の同名の著作を批判するものでもありました。同年7月の盧溝橋事件を機に疎開し、西南聯合大学や武漢大学などで教鞭を執りました。
1949年、広州の私立華僑大学に赴任しますが、同年8月、毛沢東によって胡適、傅斯年と共にアメリカ帝国主義者として非難されます。
香港時代
1949年10月、中華人民共和国の成立後、銭穆は香港に渡り、新亜書院（後の香港中文大学の一部）の初代校長に就任します。新亜書院は、中国文化の教育の拠点として、香港において重要な役割を果たしました。この時期には、唐君毅、牟宗三、徐復観といった新儒家の学者たちも香港に集まり、学術的な交流が盛んに行われました。1958年に新儒家が「現代新儒家宣言」を発表した際、銭穆は思想史家としての立場から署名を辞退しました。1955年には香港大学から名誉博士号を授与され、1956年には教育学者の胡美琦と結婚。1960年には、イェール大学でも講義し、名誉博士号を授与されています。
台湾時代
1967年10月、銭穆は台湾に移住。これは、香港での文化大革命の影響や、台湾で提唱された中華文化復興運動、胡適の死による人材不足などが背景にありました。台湾では、蔣介石の支援で「素書楼」を建てて生活し、中央研究院院士に選出されます。また、中国文化大学の教授や故宮博物院の研究員も務めました。
晩年には、素書楼の土地問題で退去を迫られるなど、不遇な時期もありましたが、1990年8月30日に逝去しました。享年95歳。その後、妻の胡美琦によって、太湖湖畔の洞庭西山に埋葬されました。2000年頃には、馬英九が素書楼の保護を推進し、政府を代表して事件について謝罪しました。
人物と評価
銭穆は、同時代の顧頡剛、胡適、傅斯年らとは異なる立場をとり、「和して同ぜず」の態度を貫きました。特に、疑古派や新文化運動による伝統中国への軽視を批判しました。また、抗日戦争期に著した『国史大綱』では、孫文の言葉を引用して中国の「西洋化」を批判しました。
彼の学問的業績は、中国大陸外の学者から高く評価されていますが、中国大陸内では、1949年の毛沢東による批判以降、タブー視されていました。しかし、2000年頃から「国学ブーム」によって再評価されるようになりました。
日本との関わり
銭穆は、民国初期から日本の漢学や中国学にも関心を持っており、武内義雄、林泰輔、蟹江義丸らの研究を受容しました。1955年には、台湾の「教育文化訪問団」の団長として来日し、東京大学と京都大学で講演を行っています。1966年頃には、唐君毅と共に再度来日したという記録もあります。
華夷観
銭穆は、中国の歴史を「華夷」という視点から捉えていました。彼は、漢民族を「華」、その他の民族を「夷」と区別し、特に元を「暗黒時代」と位置づけて批判しました。この「華夷」観は、彼の幼少期の教育や当時の時代状況、特に日本軍の中国侵略と深く関わっており、中国の伝統文化を強調し、愛国心を鼓舞しようとする意図がありました。しかし、この伝統的な「華夷」観は、現代の多民族国家という視点から見ると、時代遅れで視野が狭いと批判されています。
著作
銭穆は、生涯にわたり数多くの著作を刊行しました。
代表的な著作として、『論語文解』、『劉向歆父子年譜』、『先秦諸子繋年』、『中国近三百年学術史』、『国史大綱』、『中国歴代政治得失』、『朱子新学案』などがあります。これらの著作は、彼の学問的成果を示すと同時に、中国の伝統文化に対する深い理解と愛情を示しています。
銭穆は、その生涯を通じて中国の歴史と文化を深く探求し、現代中国の思想と歴史学に大きな影響を与えた偉大な学者でした。
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