古代都市アレッポ

古代都市アレッポ：東西交易の要衝、そして現代の試練

シリア北部のアレッポに残る歴史的建造物群は、ユネスコの世界遺産（文化遺産）として登録されています。アレッポはシリアの首都ダマスカスから北へ約300キロメートル、トルコ国境近くに位置するシリア第二の都市です。アレッポ旧市街、現地の人々からは「メディーネ」とも呼ばれるこのエリアは、世界遺産登録の対象となっており、本記事では旧市街の歴史と建造物について詳しく見ていきます。

地理的条件と歴史的交通ルート

アレッポは地中海とユーフラテス川からそれぞれ約80キロメートルという、東西交易の中継地点として最適な立地条件を有しています。歴史を通じて、東西交易の要衝として栄えてきました。
主要な交易ルートは主に2つありました。一つはシリア砂漠の周縁を通るルートで、ラクダの家畜化以前から利用されていた古くからの道です。もう一つはシリア砂漠を縦断するラクダキャラバンルートで、最初はフタコブラクダ、紀元前8世紀頃からはヒトコブラクダが主に用いられました。
アレッポの交易網は広範囲に及び、西方ではイスカンダルーンからの海上ルート、東方ではバグダード、モースル、バスラ、さらにイランやインドへと繋がっていました。南方にはダマスカス、パレスチナ、エジプト、アラビア半島へと続く交易路が伸びていたのです。

悠久の歴史：古代から近現代まで

アレッポでの交易の痕跡は紀元前3000年まで遡り、紀元前2500年にはアッカド人の支配が始まりました。紀元前1800年頃の中期青銅器時代にはアムル人の支配下に入り、ヤムハド王国の首都として繁栄しました。メソポタミアと地中海の東西ルート、そしてシリアからパレスチナ、エジプトに至る南北ルートの交点として、ハラプ（Ḥalab）やハルペと呼ばれ、重要な役割を果たしました。
その後、ヒッタイト、アラム、アッシリア、カルデア、アケメネス朝と支配者が移り変わり、紀元前333年にはアレクサンドロス3世に征服されました。アレクサンドロスの死後、セレウコス朝によってベロエアと改称され、紀元前64年にローマに征服されるまで、その支配は続きました。
395年のローマ帝国分裂後はビザンツ帝国の領土となり、636年にイスラーム勢力の征服を受けました。この際、城塞の保存や教会・家屋の所有権の保証を含む和平協定が結ばれるなど、比較的穏やかな移行がなされたとされています。
以降、様々なイスラーム王朝の下で地方都市として発展し、944年にはモースルのハムダーン朝の首都となりました。ビザンツ帝国の反攻や、ミルダース朝による短期間の支配などを経て、セルジューク朝のヌールッ＝ディーン・ザンギーのもとで繁栄を謳歌します。セルジューク朝はシャリーア（イスラーム法学）の保護を重視し、マドラサ（イスラームの高等教育機関）を建設したため、アレッポにも多くのマドラサが建設され、学問が興隆しました。
12世紀の十字軍の侵攻によりアレッポは前線となり、神殿だった建造物は要塞化されアレッポ城となりました。十字軍国家との国境地帯となったアレッポは不安定な情勢下で、シーア派やイスマーイール派が増加しました。アレッポ市民や外部領主の支援を受け、アレッポは十字軍の攻撃を幾度となく凌ぎました。
その後、アルトゥク朝、ザンギー朝を経て、アイユーブ朝のサラーフッディーンにより1183年に開城されました。アイユーブ朝はヴェネツィア共和国などとの貿易で繁栄し、アレッポもその恩恵を受け、スーク、モスク、マドラサ、病院などが整備されました。
マムルーク朝時代には内紛につけ込み、モンゴルのフレグがアレッポを征服し、破壊と虐殺が行われました。イルハン朝の後継争いの中でマムルーク朝が再びアレッポを支配下に置きましたが、復興には1世紀を要しました。1400年にはティムールによる破壊も経験しました。
15世紀まではダマスカスがアレッポに対して交易面で優位に立っていましたが、15世紀以降はアレッポが優勢になりました。内陸部という地理的条件は、海岸沿いの都市が十字軍の被害を受けた際などに有利に働き、アレッポの繁栄へと繋がったのです。
1517年、オスマン帝国のセリム1世によって無血開城されたアレッポは、400年近くオスマン帝国の州都として繁栄を続けました。アナトリアからの巡礼者やイスタンブールへの留学が増加し、アラブ文化にオスマン文化が加わりました。16世紀から18世紀にかけてはヨーロッパとのレヴァント貿易で繁栄し、キリスト教徒も増加しましたが、18世紀以降は凶作、盗賊、ペスト流行、大地震、重税などで衰退していきました。
20世紀初頭にはオスマン帝国に対するアラブの反乱が起こり、第一次世界大戦後はフランスの委任統治領となりました。シリア独立後も繁栄を保っていましたが、1980年代には政府による弾圧が発生し、2011年のシリア内戦では旧市街のスークが大きな被害を受けました。2023年のトルコ・シリア地震でも旧市街は甚大な被害を受けました。

主要な建造物：アレッポの遺産

アレッポには多くの歴史的建造物が残されています。

アレッポ城: 紀元前10世紀に築かれた神殿を起源とする古城で、長い歴史の中で城砦化されてきました。周囲2.5キロメートルの城壁、深さ20メートル、幅30メートルの濠、防衛用の熱油落としなどが残っています。城内には地下牢、モスク、アイユーブ朝時代の宮殿跡などがあります。
スーク: 世界最古級といわれるアル＝マディーナ・スークは、ローマ時代の東西列柱大通りを基に発展しました。かつて4000軒以上の店舗があったとされ、日用品から高級品まで様々な商品が取引されていました。スークは商業施設だけでなく、モスク、学院、公衆浴場なども含まれる複合的な空間でした。オスマン帝国時代には交易拠点として繁栄しましたが、内戦により大きな被害を受けました。現在、復興が進められていますが、内戦前の活気を取り戻すには至っていません。
ハーン、カイサリーヤ: ハーンは商人の宿で、キャラバンが荷物を降ろして取引が行われました。カイサリーヤは、時代によって高価な商品を扱うスークや宿泊施設を指す言葉として使われてきました。
マドラサ: イスラームの伝統的な学問を学ぶ教育機関で、アレッポには100近くのマドラサがあったとされています。
モスク、ザーウィヤ: アレッポには大小百数十のモスクがあり、アレッポ大モスクはイスラーム王朝征服時に建設され、多くのモスクの建築様式の手本となりました。ザーウィヤはスーフィー（イスラーム神秘主義者）のための集会所です。
ハンマーム: 公衆浴場。イスラーム社会では身体の清浄が重要視されるため、アレッポには多くのハンマームがありました。
複合施設: 17世紀には、織物工場、モスク、マドラサ、コーヒーハウスなどが集まった巨大な複合施設が建設されました。
市壁、市門: 旧市街を取り囲む市壁と複数の門は、ローマ時代からイスラーム王朝時代を通して様々な改修を経てきました。現在もいくつかの門が現存しています。

都市構造と住民

アレッポの旧市街は市壁に囲まれ、中央スークは市壁内部にあります。アンターキーヤ門からアレッポ城へと続く中央道は、中世の主要な通りでした。
アレッポの旧市街は、昼間は内外からの人の出入りが盛んに行われ、夜になると門が閉鎖され、治安が維持されていました。
ヨーロッパ人の記録によると、アレッポの人口は16～18世紀に20万人から30万人程度いたと推定されています。
歴史的にアレッポは、多様な民族や宗教共同体の共存する都市でした。ビザンツ時代はキリスト教徒の都市でしたが、イスラーム化の後も、アラウィー派、ドゥルーズ派、クルド人、トルコ人、チェルケス人などが共存しました。オスマン帝国時代にはヨーロッパとの貿易が増え、キリスト教徒が増加しました。
各宗教共同体は、それぞれの地区に集まって生活していましたが、権力者に対する共同行動も行っていました。10世紀以降のアッバース朝衰退期には、外敵から身を守るため住民が自治都市として活動した時期もあります。
18世紀以降には、イェニチェリやアシュラーフ（預言者ムハンマドの子孫）などの集団が、アレッポの社会や政治に影響を与えました。

文化・芸術：アレッポの豊かな伝統

アレッポには、イスラーム建築の特徴である中庭式住宅（ハウシュ）が多く残されています。裕福な家庭では、男性と女性が別々の場所で宴を楽しむなど、イスラーム社会の生活様式が反映された文化がありました。
名士が集まるマジュリス（majlis、現代ではサフラ）では、コーヒーや水タバコなどを楽しみながら、歴史の話や詩の発表などが行われる、文化サロン的な役割を果たしていました。
アレッポは音楽の都市としても知られ、伝統的な歌謡や古典音楽が盛んでした。
オスマン帝国におけるコーヒーハウス文化は、アレッポやダマスカスからイスタンブールに伝わったとされています。

世界遺産登録と危機遺産

古代都市アレッポは、世界遺産登録基準(3)「現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠」と(4)「人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例」を満たして登録されました。
しかし、シリア内戦の影響で、2013年に危機にさらされている世界遺産に登録されました。内戦による破壊と、地震による被害からの復興は大きな課題となっています。

もう一度検索