つげ義春幻想紀行

『つげ義春幻想紀行』は、1998年に立風書房から刊行された権藤晋による随筆、紀行文集です。2001年には『つげ義春を旅する』と改題され、高野慎三名義でちくま文庫から再刊されました。この書籍は、漫画家つげ義春の作品に描かれた場所を実際に訪ね歩いた記録であり、単なる紀行文にとどまらず、つげ作品への深い愛情と洞察に満ちた異色の作品として、多くのつげファンから支持されています。

本書の企画は、1993年頃に遡ります。当時、北冬書房を主宰していた権藤は、元ツァイトの山中潤からつげ義春に関するCD-ROM制作への参加を依頼されます。権藤は、つげの了承を得て企画を練る中で、野田宇太郎の「文学散歩」に触発され、「つげ義春マンガ散歩」というコンセプトを思いつきます。野田の文学散歩は、夏目漱石や森鴎外といった文豪ゆかりの地を巡るもので、権藤自身も学生時代に参加した経験がありました。しかし、CD-ROMの企画は途中で頓挫してしまいます。

その後、古本漫画専門店「まんだらけ」の社長である古川益三から、季刊誌「まんだらけ」への連載を依頼された権藤は、かつての「つげ義春マンガ散歩」のアイデアを基に、「つげ義春幻想行」という連載を開始します。本書には、その連載から8回分と、書き下ろしの「『もっきり屋の少女』之章」が収録されています。

本書で描かれるのは、つげ作品に登場する、ひなびた湯治場、鉱泉、漁村、山里、宿場、東京の下町といった場所です。権藤は、これらの場所を実際に訪れることで、つげ作品の原風景を発見していきます。例えば、「『二岐渓谷』之章」では、つげの作品「枯野の宿」に描かれた竹林の中に三重塔が建つ絵柄が、湯小屋温泉の部屋の壁に実際に描かれていることを発見します。さらに、「枯野の宿」に登場する酒飲みの息子は、この湯小屋温泉の主人がモデルであったことや、その風貌とタバコの持ち方が、つげの「会津の釣り宿」の宿の主人とそっくりであることを看破します。また、岩瀬湯本温泉では、「ねじ式」に登場する家並みに酷似した風景を見つけ出します。

このように、権藤は各地でつげ作品のルーツを発見し、読者に臨場感あふれる体験を提供します。「ねじ式」の主人公が乗った蒸気機関車が民家の間に到着する場所のモデルとなった、房総の太海漁港の写真も掲載されています。また、本書は単なる紀行文にとどまらず、訪問先の旅館の所在地や電話番号も掲載されており、旅行ガイドとしても機能します。さらに、つげの漫画のコマやイラスト、現地の風景を捉えたモノクロ写真が多数掲載されており、つげの世界観をより深く味わうことができます。

しかしながら、本書で取り上げられている場所は、当時ですら鄙びた雰囲気を残していた場所が多く、現在では大きく変貌している場合もあります。そのため、本書を参考に「つげ義春聖地巡礼」をする際には、注意が必要です。

『つげ義春幻想紀行』は全208ページで、以下の9つの章で構成されています。

1. 「二岐渓谷」之章
2. 「もっきり屋の少女」之章
3. 「海辺の叙景」之章
4. 「初茸がり」「紅い花」「西部田村事件」之章
5. 「ゲンセンカン主人」之章
6. 「大場電気鍍金工業所」之章
7. 「隣りの女」之章
8. 「チーコ」「義男の青春」之章
9. 「ねじ式」之章

また、本書にはつげ義春と権藤晋の対談「ワラ屋根のある風景」も収録されています。

一方、『つげ義春を旅する』は全306ページで、上記の刊行本に未収録だった「まんだらけ」の連載分や、つげ義春との対談が新たに収録されています。章構成は以下の通りです。

1. 「二岐渓谷」と秘湯への旅
2. 「もっきり屋の少女」と会津西街道
3. 「会津の釣り宿」と玉梨温泉
4. 「海辺の叙景」と外房の海
5. 「初茸がり」「紅い花」「西部田村事件」と一軒の宿
6. 「庶民御宿」と千倉漁港
7. 「ねじ式」のモデルとなった風景
8. 「ゲンセンカン主人」と湯宿温泉
9. 「旅の景色」つげ義春の旅
10. 「猫町紀行」と宿場跡
11. 「大場電気鍍金工業所」をさがして
12. 「隣りの女」と東京・錦糸町
13. 「チーコ」「義男の青春」と路面電車の走る町
14. 「四つの犯罪」「懐かしいひと」と湯河原温泉
15. 「退屈な部屋」「夏の思いで」つげ義春の居る部屋
16. 「散歩の日々」「無能の人」と武蔵野

また、本書にはつげ義春と高野慎三の対談「ワラ屋根のある風景」と「あの頃の調布」も収録されています。

関連書籍として、貧困旅行記、北冬書房などが挙げられます。

『つげ義春幻想紀行』、『つげ義春を旅する』は、つげ義春の作品世界を深く理解するための貴重な資料であり、つげファンにとってはまさに「バイブル」と言えるでしょう。

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