トラディショナル・ポップ

トラディショナル・ポップとは

トラディショナル・ポップとは、ロックンロールが登場する以前から存在していた、欧米のポピュラー音楽を指す言葉です。この用語は、1992年にグラミー賞で創設された「最優秀トラディショナル・ポップ・ボーカル・アルバム賞」に由来するとされています。このジャンルには、長年にわたり多くの人に親しまれている名曲、いわゆる「スタンダード・ナンバー」が含まれており、音楽愛好家や演奏家にとって重要な存在です。

ポップ・スタンダードとグレイト・アメリカン・ソングブック

トラディショナル・ポップの中でも特に人気が高く、長期間にわたって愛されている楽曲は、「ポップ・スタンダード」や「アメリカン・スタンダード」としても知られています。これらの曲は、多くの場合、作曲家やソングライターによる傑作集である「グレイト・アメリカン・ソングブック」の一部を構成すると考えられています。一般的に「スタンダード」という言葉は、メインストリームで広く知られるようになった流行歌に使われます。

トラディショナル・ポップは、一般的には1940年代半ばから1950年代半ばにかけて隆盛したと考えられています。音楽情報サイトのオールミュージックは、このジャンルを「ビッグバンド時代が終わってロックンロール時代が始まるまでの間」と定義しています。

グラミー賞とトラディショナル・ポップ

音楽界で最も権威のある賞とされるグラミー賞では、1959年の創設当初から「最優秀男性ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞」と「最優秀女性ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞」の部門が存在していました。しかし、これらの部門は2011年に廃止されました。そのため、1992年に新設された「最優秀トラディショナル・ポップ・ボーカル・アルバム賞」が、実質的にこれらの部門に相当するものとなりました。この際に、「トラディショナル・ポップ」という用語が広く使われるようになったのです。

トラディショナル・ポップの歴史

トラディショナル・ポップには、1950年代頃までに、ブロードウェイ、ティン・パン・アレー、そしてハリウッドのミュージカルや映画音楽で活躍した多くの作曲家の作品が含まれます。代表的な作曲家としては、アーヴィング・バーリン、ジョージ・ガーシュウィン、フレデリック・ロウ、ヴィクター・ハーバート、ハリー・ウォーレン、ハロルド・アーレン、ジェローム・カーン、リチャード・ロジャース、ロレンツ・ハート、オスカー・ハマースタイン、ジョニー・マーサー、ホーギー・カーマイケル、コール・ポーターなどが挙げられます。

また、戦前から戦後にかけて活躍したエンターテイナー的な歌手も数多く存在しました。ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ディーン・マーティン、サミー・デイヴィス・ジュニア、トニー・ベネット、ナット・キング・コール、ドリス・デイ、ローズマリー・クルーニー、ダイナ・ショア、ジョー・スタッフォード、ペリー・コモ、ペギー・リー、ヴィック・ダモン、パティ・ペイジなどがその代表です。

戦前のポピュラー音楽には、弦楽器セクションやオーケストラの手法による編曲、そしてボーカルパフォーマンスの強調という、二つの革新的な要素が加わりました。1940年代から1950年代にかけてのポピュラー音楽では、華麗な弦楽合奏が頻繁に用いられています。1950年代初頭にスウィング・ミュージックが主流になったことが、トラディショナル・ポップの時代への移行を促しました。スウィング・バンドで活躍していた多くの歌手が、この時期に一層の人気を博しました。

1950年代後半には、チャック・ベリーやエルヴィス・プレスリーが登場し、ロックンロールが台頭してきました。しかし、フランク・シナトラやビング・クロスビーといったスウィング・ジャズやトラディショナル・ポップの時代の人気歌手は、依然として人気を保っていました。これらの歌手の一部は、トラディショナル・ポップの衰退とともに人気が落ちましたが、多くの歌手は1960年代のジャズ・ボーカルやスウィング、ビッグバンドの復興に関わっていきました。1960年代のスウィング・ミュージックは、イージーリスニングと呼ばれることもあり、スウィング時代に人気があった「甘い」音色を持つバンドの復活という側面がありました。この音楽も、グレイト・アメリカン・ソングブックに由来する多くの楽曲を特徴としていました。ネルソン・リドル・オーケストラや、ローズマリー・クルーニー、ディーン・マーティンといったテレビで人気の歌手、そして音楽番組『Your Hit Parade』の出演者たちが、この種の音楽を普及させました。

ポップ・スタンダードで成功し、有名になったのは、ジャズ・ボーカルやポップ・シンガーたちでした。ビング・クロスビー、エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリデイ、フランク・シナトラ、ドリス・デイ、ディーン・マーティン、フランキー・レイン、ナット・キング・コール（最初はジャズ・ピアニストとして知られていた）、リナ・ホーン、トニー・ベネット、ヴィック・ダモーン、ジョニー・マティス、ボビー・ダーリン、バーブラ・ストライサンド、ペギー・リー、サミー・デイヴィス・ジュニア、アンディ・ウィリアムス、ナンシー・ウィルソン、ジャック・ジョーンズ、スティーヴ・ローレンス、ライザ・ミネリ、クレオ・レーンなどが挙げられます。

1960年代半ばには、「酒とバラの日々」や「ムーン・リバー」などの楽曲がヒットし、10代の若者と大人の両方に人気がありました。一方で、ジョニー・ホートンの「The Battle Of New Orleans (in 1814)」と「North To Alaska」は、大人よりも10代の若者からの人気が高かったです。このように、トラディショナル・スタイルの流行歌は、大衆音楽市場から完全に消えることはありませんでした。この時期、多くの歌手は、ジャズ・ボーカルや1960年代のスウィング・ミュージックだけでなく、フランク・シナトラやナット・キング・コールがそうであったように、ジャズのリズムにあまり依存しない伝統的なポップ・ボーカルにも携わっていました。

1960年代のベビーブーム世代と年配のアメリカ人の世代間での価値観の相違は、ラジオ音楽において表面化しました。ロックが最新のヒット曲（トップ40）を独占する一方で、トラディショナル・ポップスはミドル・オブ・ザ・ロード（MOR）の基礎を形成しました。21世紀のラジオでは、1950年代と1960年代のトップ40ヒットはオールディーズ専門のラジオ局で放送される一方、トラディショナル・ポップのヒット曲は、一部の例外を除いて、大人向けの番組や専門ラジオ局で放送されています。しかし、どちらの番組も人気は低迷しており、人々はスタンダード曲やアダルト・コンテンポラリーの曲をより好むようになっています。

1950年代後半にロックンロールの人気が高まるにつれて、ベビーブーム世代の若者はトラディショナル・ポップスを両親世代の古臭い音楽とみなすようになりました。フランク・シナトラやディーン・マーティンらの同時代の歌手たちが歌った古色蒼然とみなされたトラディショナル・ポップの地位は低下し、1960年代から1970年代にかけて、ラスベガスでのショーやテレビ出演が主な活動となりました。しかし、テレビでは依然として高い人気を維持し、ラスベガスのクラブやバックグラウンド・ミュージックでも需要がありました。フランク・シナトラは、1960年代後半まで多数のシングルやアルバムを発表し続けました。

1950年代後半、ナッシュビルのカントリー音楽界では、トラディショナルでポップなサウンドに大きく依存していたため、ミュージック・ロウはロックンロールの影響がカントリーのジャンルに及ぶのを避けようとしました。ブリティッシュ・インヴェイジョンの影響や、ナッシュビルの偉大なカントリー・スター2人（パッツィー・クラインとジム・リーヴス）の飛行機事故死も影響しました。1970年代前半には、ベット・ミドラーやポインター・シスターズが、当時古き良き音楽とみなされていた楽曲のカバーを発売し、話題となりました。

1980年代以降

1983年、人気ロック歌手リンダ・ロンシュタットが、音楽性の方向転換を図りました。ロンシュタットは、伝説的な編曲家兼指揮者のネルソン・リドルと協力し、1940年代から1950年代のスタンダードを扱ったアルバム『ホワッツ・ニュー』を発表し、大成功を収めました。このアルバムは、ビルボード・ポップチャートで第3位を獲得し、グラミー賞を受賞しました。ロンシュタットはその後、リドルとの共同制作でさらに2枚のアルバム（『ラッシュ・ライフ』と『フォー・センティメンタル・リーズンズ』）を発表しました。これらのアルバムは商業的に大成功を収め、世界各地でコンサートも開催されました。リドルは、この間にさらにいくつかのグラミー賞を受賞しました。ロンシュタットの成功は、当時のロック愛好家世代に、スウィング以前およびスウィング時代の音楽スタイルへの関心を向けさせました。それ以来、ロックやポップのスターたちが、トラディショナル・ポップのレコード制作で成功を収める事例が増えています。ウィリー・ネルソンの『スターダスト』、チャカ・カーンの『あの頃のジャズ (Echoes of an Era)』、カーリー・サイモンの『トーチ』などが代表的なアルバムです。

1980年代には、チャカ・カーンやカーリー・サイモンも、スタンダード曲を録音したアルバムを発売しました。1990年代以降には、ポップスターや音楽家の中には、ロック楽曲を使用しつつも、一時代前に活躍した演奏家の精神を取り入れた編曲や作曲を行う者が現れました。その一例として、マイケル・ブーブレが、ビートルズのブルース進行のヒット曲「キャント・バイ・ミー・ラヴ」を、トラディショナル・ポップ調の編曲でカバーした事例があります。

1990年代にアメリカでラウンジ・カルチャーが登場したことで、ロックンロール以前のポピュラー音楽スタイルや演奏法への関心と復活が起こりました。ハリー・コニック・ジュニア、リンダ・ロンシュタット、マイケル・ブーブレ、ダイアナ・クラール、ステイシー・ケント、ジョン・ピザレリといったクラシック・ポップやイージーリスニング・スウィングのスタイルだけでなく、コンテンポラリー・ミュージックのアーティストも、この動きに関わっています。

主な音楽家

日本の音楽業界の慣例にしたがって区分すると、主な音楽家は以下の通りです。

男性ボーカル

ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、ナット・キング・コール、ディーン・マーティン、トニー・ベネット、サミー・デイヴィス・ジュニア、ペリー・コモ、ジョニー・マティス、アンディ・ウィリアムス、メル・トーメ、ボビー・ダーリン、ヴィック・ダモン、ジャック・ジョーンズ、スティーヴ・ローレンス、マイケル・ブーブレ、ハリー・コニック・ジュニア、ジョン・ピザレリ

女性ボーカル

ドリス・デイ、ローズマリー・クルーニー、ダイナ・ショア、ジョー・スタッフォード、ペギー・リー、パティ・ペイジ、エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリデイ、リナ・ホーン、バーブラ・ストライサンド、ナンシー・ウィルソン、ライザ・ミネリ、クレオ・レーン、リンダ・ロンシュタット、ダイアナ・クラール、ステイシー・ケント、ベット・ミドラー、チャカ・カーン、カーリー・サイモン

ボーカル・グループ

ザ・ミルス・ブラザーズ、ザ・インク・スポッツ、ザ・フォー・フレッシュメン、ザ・ハイ・ローズ、ザ・ランブラーズ

ラジオ番組

ザ・スタンダード（ラジオ日本） - 伊藤つとむがパーソナリティを務める、保守的・商業主義的なプログラム

書籍

『ポピュラー・スター事典 (英題 "Who's Who in Popular Music")』岡部柚子編（発行元：水星社、発行：音楽之友社、1976）

脚注

（省略）

外部リンク

America's Original Classics
PopularSong.org Online Magazine
Popular Songwriters and Singers

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