伊藤亘行

伊藤亘行（いとう のぶゆき）

1921年（大正10年）2月6日、三重県四日市市に生まれた伊藤亘行は、日本の声楽界を代表するバリトン歌手、オペラ歌手、そして音楽教育者、作曲家としてその名を刻みました。2002年（平成14年）11月10日に生涯を閉じるまで、日本の音楽界に多大な貢献をしました。

生い立ちと音楽への道

伊藤家は代々、タイル業や万古焼業を営んでいました。幼少期から、父が仕事中に弾くヴァイオリンの音色や、叔母の家でオルガンを奏でる環境が、彼の音楽への興味を育みました。旧制富田中学校（現在の三重県立四日市高等学校）を卒業後、東京音楽学校声楽科（現在の東京藝術大学）に進学。木下保や中山悌一に師事し、1941年（昭和16年）に卒業しました。しかし、大東亜戦争の影響で音楽活動が困難になったため、一時的に郷里に戻り、愛知県立旭丘高等学校や愛知県立明和高等学校で音楽教師として教鞭をとりました。また、愛知県立昭和高等学校の校歌を作曲するなど、教育者としての才能も発揮しました。

声楽家としての飛躍

終戦後、1947年（昭和22年）に東京音楽学校研究科で研鑽を積み、マルガレーテ・ネトケ=レーヴェやマンフレート・グルリットに師事しました。1950年（昭和25年）には、第19回毎日音楽コンクール（現・日本音楽コンクール）声楽部門で第1位・特賞を受賞し、その実力が広く認められました。1954年（昭和29年）には毎日新聞音楽賞を受賞するなど、数々の栄誉に輝きました。

1951年（昭和26年）1月には、東宝交響楽団（現：東京交響楽団）のビゼー『カルメン』でモラレス役を演じ、オペラ歌手としてデビュー。同年2月にも藤原歌劇団『カルメン』で同役を務めました。1952年（昭和27年）には二期会結成に参加し、創設メンバーの一人として名を連ね、同年2月の第1回公演プッチーニ『ラ・ボエーム』でマルチェロ役を演じました。以降、二期会を中心に活動し、戦後の日本オペラ界の発展に大きく貢献しました。

1954年（昭和29年）には、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮のNHK交響楽団によるベートーヴェン『第九』でバリトン独唱を務め、その歌声は聴衆を魅了しました。他にもマーラー『大地の歌』など、数々のコンサートに出演しました。また、1953年（昭和28年）には南山大学講堂で「伊藤亘行独唱会」を開催するなど、リサイタル活動も精力的に行いました。

音楽教育者としての貢献

1956年（昭和31年）から東京藝術大学の非常勤講師となり、1963年（昭和38年）には相愛女子大学（現：相愛大学）教授に就任。同年から東京藝術大学の常勤講師、後に教授へと昇進し、後進の育成に尽力しました。山路芳久、黒崎錬太郎、多田羅迪夫など、数多くの著名な音楽家を育てました。1988年（昭和63年）から1997年（平成9年）まで尚美学園短期大学の教授も務め、教育者としての幅広い活動を展開しました。

郷里への貢献と晩年

伊藤亘行は、生涯を通じて郷里の声楽指導にも力を注ぎ、多くの合唱指導者を育成しました。2002年（平成14年）11月10日、心不全のため東京都北区の自宅で永眠。享年81歳でした。二期会、日本声楽発声学会に所属し、その業績は今もなお、多くの音楽家に影響を与え続けています。2021年（令和3年）には、四日市市文化協会によって「伊藤亘行生誕100年記念音楽祭」が開催され、その偉大な足跡を讃えました。

オペラ出演歴

伊藤亘行は、数々のオペラに出演し、その卓越した歌唱力と演技力で観客を魅了しました。以下に主な出演歴を記します。

1951年1月：東宝交響楽団 ビゼー『カルメン』モラレス
1951年2月：藤原歌劇団 ビゼー『カルメン』モラレス
1952年2月：二期会 プッチーニ『ラ・ボエーム』マルチェロ（二期会旗揚げ公演）
1952年5月：ゲルハルト・ヒュッシュ来日記念藤原歌劇団特別公演 ワーグナー『タンホイザー』ビーテロルフ
1952年11月〜12月：文部省芸術祭 モーツァルト『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵（全国縦断）
1953年6月：藤原義江オペラ運動20年記念公演 ヴェルディ『リゴレット』タイトル・ロール
1953年7月：二期会『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵
1953年10月〜11月：二期会 ヴェルディ『オテロ』イヤーゴ
1953年12月：二期会 ヴェルディ『椿姫』ジェルモン
1954年2月：二期会 ビゼー『カルメン』モラレス
1954年7月：二期会 ブリテン『ルクリーシアの凌辱』タークィニアス
1954年10月〜12月：二期会 モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』グリエルモ
1955年2月：二期会 ビゼー『カルメン』エスカミーロ
1955年4月：ITALIAN OPERA FESTIVAL ヴェルディ『アイーダ』アモナスロ
1955年9月：NHK交響楽団 スメタナ『売られた花嫁』クルシィーナ
1955年10月：ピア・タシナーリ フエルチオ・タリアビーニ来日記念公演 マスネ『ウェルテル』アルベエル
1956年3月〜4月：二期会 モーツァルト『フィガロの結婚』伯爵
1956年10月〜11月：文部省芸術祭 リヒャルト・シュトラウス『薔薇の騎士』（日本初演）ファーニナル
1956年11月〜12月：二期会 モーツァルト『フィガロの結婚』伯爵
1957年6月〜7月：二期会 モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』タイトル・ロール
1960年4月：大阪国際フェスティバル 山田耕筰『黒船』伊佐新次郎
1960年11月：第10回東京芸術祭 ワーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』（日本初演）ポーグナー
1961年5月：二期会＝京響 モーツァルト・シリーズ『ドン・ジョヴァンニ』タイトル・ロール

受賞歴

1950年（昭和25年）：第19回毎日音楽コンクール第1位・特賞『オテロ』
1954年（昭和29年）：毎日音楽賞
1997年（平成9年）：勲三等瑞宝章

作曲作品

伊藤亘行は、作曲家としても才能を発揮し、特に故郷である四日市市の校歌を数多く手がけました。以下に主な作品を記します。

四日市市歌（作詞：佐佐木信綱）
四日市市立富洲原小学校校歌（伊藤信一作詞）
四日市市立川島小学校校歌（武藤和男作詞）
四日市市立納屋小学校校歌（川崎一郎作詞）
四日市市立西橋北小学校校歌（若松正一作詞）
四日市市立羽津小学校校歌
四日市市立富田小学校校歌
四日市市立高花平小学校校歌
四日市市立浜田小学校校歌
四日市市立塩浜小学校校歌
四日市市立富田中学校校歌（武島羽衣作詞）
四日市市立富洲原中学校校歌（植村弘 詩）
四日市市立保々中学校校歌
四日市市立朝明中学校校歌（山口誓子作詞）
名古屋市立明治小学校校歌（教職員作詞）
愛知県立昭和高等学校校歌（松尾敬次作詞）

掲載記事

伊藤亘行に関する記事は、音楽雑誌などに多数掲載されています。以下に主な掲載記事を記します。

音楽の友1951年12月号：樂團のホープと語る 伊藤京子 伊藤亘行 加藤るり子 窪田良作 松浦豊明 野村光一
音楽芸術1952年11月号：愛情/伊藤亘行
音楽の友1952年11月特大号：グラビア頁 巖本眞理、砂原美智子、クロイツアー、井上賴定、笹田和子、伊藤京子 辻久子、木下保、豐增昇、坂本陽子、松內和子、市崎来のり子 伊藤裕、內藤芳枝、伊藤武雄、伊藤亘行、園田高弘、永井進、田村宏、野辺地瓜九、石津憲一、関種子、原智恵子、鈴木聡、鈴木共、松浦豊明 交響楽団の紹介/小原敬司 丹野章
音楽の友1953年1月号：上演まで/木下保 伊藤武雄 伊藤亘行
音楽の友1953年8月号：オペラ歌手としての私の長短/川崎静子 柴田睦陸 伊藤亘行
音楽の友1954年1月号：二期会と大いに語る/柴田睦陸 佐々木成子 川崎静子 伊藤亘行 河內正三 本誌記者
週刊読売1955年2月号：明日のホープ/伊藤亘行 山田耕筰
音楽の友1955年11月号：声楽家 藤原義江/伊藤亘行 師を語る 木下保氏に師事して/秋元雅一朗 塚本智子 伊藤亘行 笹田和子 藤井典明
音楽の友1957年7月号：この頃・思うこと/伊藤亘行
音楽の友1968年10月号：声楽 現代日本の声楽家102人 伊藤京子・伊藤武雄・伊藤亘行/岩井宏之 菅野浩和 辻井英世 中河原理 福原信夫 横溝亮一
* 音楽の友1989年3月号：山路芳久さんの思い出/伊藤亘行 三善清達 松本美和子 西明美

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