倶利伽羅峠の戦い

倶利伽羅峠の戦い

倶利伽羅峠の戦い（くりからとうげのたたかい）、または砺波山の戦い（となみやまのたたかい）は、平安時代末期の寿永2年（1183年）に、越中国と加賀国の国境にある倶利伽羅峠（現在の富山県小矢部市と石川県河北郡津幡町の間）で、源義仲軍と平維盛率いる平家軍の間で行われた合戦です。この戦いは、治承・寿永の乱における重要な戦いの一つであり、源平の勢力図を大きく塗り替える転換点となりました。

戦いの経過

源義仲の北陸道進出

治承4年（1180年）、以仁王の平家追討の令旨に応じ、信濃国で挙兵した源義仲は、翌年の横田河原の戦いで平家方の城助職の大軍を破り、その勢力を北陸道方面に拡大しました。

『平家物語』には、横田河原の勝利を受けて、北陸の武士団が義仲勢に続々と参加したと記されています。九条兼実の日記『玉葉』にも、同時期に越中、加賀、能登の国人が反平家の動きを見せていることが記録されています。実際、義仲が能登国や越中国の地頭職を補任した記録も残っており、この頃には義仲の勢力が信濃から北陸道へと広がっていたことがわかります。

しかし、越前や加賀などの北陸道南西部では、以前から白山宮を中心とする反権門闘争が起きており、北陸での反平家運動がすべて義仲の意を受けたものではなかった点には注意が必要です。これらの勢力は「兵僧連合」と呼ばれ、義仲の指揮下に入ったのは、火打城の戦いでの敗北後とされています。このことは、倶利伽羅合戦以前に義仲の動向が京に伝わっておらず、この方面の軍団の首領は甲斐武田家と認識されていたことからも裏付けられます。

このような情勢の中、寿永2年（1183年）4月、平家は平維盛を総大将とする10万騎の大軍を北陸道へ派遣しました。

緒戦

北陸道に侵攻した平家軍は、越前国の火打城の戦いで勝利し、義仲軍は越中国へ後退を余儀なくされました。しかし、5月9日、加賀国から進軍してきた平盛俊率いる平家軍の先遣隊が、般若野（現在の富山県高岡市南部から砺波市東部）で義仲軍の先遣隊である今井兼平軍に奇襲され、壊滅的な打撃を受けました（般若野の戦い）。ただし、この戦いは『源平盛衰記』にのみ記録されており、『平家物語』には記述がないため、実在を疑う説もあります。

一方、義仲の本隊は越中国に入り、射水川（現在の庄川・小矢部川が合流した河川）を挟んで対岸の越中国府（現在の伏木地区）に着陣報告を行いました。義仲は、越中国衙が反平家的立場から協力的であったため、強圧的な要求をせず、越中兵の大規模動員を行いませんでした。義仲軍の中で信濃勢が万騎を超えるのに対し、この時義仲軍に加わった越中勢がわずか500騎余りだったのは、このような背景があったためと考えられています。

軍議

一旦後退した平家軍は、能登国志雄山に平通盛・平知度の3万余騎、加賀国と越中国の国境である砺波山に平維盛・平行盛・平忠度らの7万余騎を配置しました。

一方、義仲軍は六動寺から「池原の般若野」に移って軍議を開きました。この地は現在の砺波市栴檀野地区池原に相当します。池原は婦負郡・射水郡・砺波郡の境界線上にあり、砺波郡式内社の荊波神社が位置していたことから、義仲軍はここで石黒勢と合流し、神事を通じて結束を誓ったと考えられます。

軍議では、平家軍が砺波平野に進出すると、騎馬戦で源氏方が不利になるため、倶利伽羅峠の隘路を掌握し、山中での急襲によって敵軍を壊滅させるという作戦が採用されました。そこでまず、信濃の国人保科を先遣隊として砺波山東麓の日宮林に派遣し、本隊は軍の再編を行いました。

義仲軍は、源行家、根井小弥太、今井兼平、樋口兼光、余田次郎、巴御前、そして義仲本隊の7手に分かれて進軍しました。

合戦

5月11日、義仲は源行家、楯親忠の兵を志雄山へ牽制に向かわせ、本隊は砺波山へ向かいました。義仲軍は「中田通」を通り、倶利伽羅峠に向かったとされており、この道筋には、義仲が弓で地を穿つと清水が湧き出したという「弓の清水古戦場」や、義仲軍が昼食をとったとされる「午飯岡碑」など、義仲にまつわる史跡が残されています。砺波山に到着した義仲は、埴生八幡宮に願文を奉納しましたが、これは摂津源氏との連立を表明する意図があったと推定されています。

義仲は昼間は大きな戦闘を避け、平家軍の油断を誘いました。そして夜間、樋口兼光の一隊を平家軍の背後に回りこませ、奇襲を仕掛けました。

浮き足立った平家軍は、退路を樋口兼光に遮断され、大混乱に陥りました。平家軍は、唯一敵が攻めてこない方向に逃げようとしましたが、そこは倶利伽羅峠の断崖でした。平家軍は次々に谷底へ転落し、壊滅しました。平家は、義仲追討軍10万の大半を失い、平維盛は辛うじて加賀国へ退却しました。

この戦いと篠原の戦いで大勝した源義仲は、平氏が戦力を失った隙をついて京へ向けて進撃を開始し、同年7月には遂に上洛を果たしました。大軍を失った平家はもはや戦力不足で防戦できず、安徳天皇を伴って京から西国へ逃れました。

勝因・敗因

平家方の敗因

『平家物語』延慶本には、平家軍が戦場での休息中に鎧を脱ぎ、油断していたことが敗因の一つとして挙げられています。

また、『玉葉』には、倶利伽羅合戦後に起こった篠原の戦いの敗因として、平盛俊、平景家、平忠経の郎党たちが権益を争っていたことが指摘されています。これらの記録から、平家軍内部で作戦上の対立や指揮権争いが存在していたことがわかります。このような内部対立が北陸方面での敗戦につながったと当時の人々は認識していました。

源氏方の勝因

義仲勢の勝因については、延慶本『平家物語』に、倶利伽羅峠の谷底から白山に由来する金剣宮が発見され、義仲が白山権現の加護によって平家勢を滅ぼすことができたと語ったという逸話が残されています。浅香年木は、この記述は白山宮の兵僧連合と義仲が連携できたことを示唆しているとしています。

久保尚文は、義仲が単独で勢力を拡大したのではなく、摂津源氏や土岐源氏などの在京武士と結びつき正当性を確保したことが成功につながったと指摘しています。

ただし、『平家物語』などが伝える木曽義仲による白山宮への寄進は他の史料で確認できず、実際には行われなかったようです。浅香年木は、倶利伽羅合戦後に義仲が白山宮に代表される「兵僧連合」との連携を十分に行えなかったことが、その後の没落につながったと推定しています。

英雄物語としての「倶利伽羅合戦」の見直し

久保尚文は、倶利伽羅合戦を義仲個人の英雄譚として描く『平家物語』的な史観を見直す必要性を訴えています。義仲が越中国内で行った「池原の般若野での軍議」や「埴生八幡宮での願文」は、義仲軍の正当性を確固たるものとするためのものであったと指摘しています。

特に、埴生八幡宮での願文については、『平家物語』や『吾妻鏡』に見られる「埴生弥太郎盛兼」が摂津源氏と縁の深い人物であることに注目し、埴生八幡宮の勧請・運営に摂津源氏が関与していたことを示唆しています。久保尚文は、義仲が埴生八幡宮を訪れたのは、単に戦勝祈願のためではなく、義仲勢と摂津源氏の連立を表明する意図があったと述べています。

また、久保尚文は、越中国が平家方の知行国であったという通説に疑問を呈し、越中では元来、徳大寺家や摂津源氏といった反平家方の影響力が強かったことを指摘しています。

義仲は、以仁王の令旨以外にさしたる正当性を持っていなかったため、摂津源氏などの在京武士と結びつき勢力を拡大し、北陸宮の推戴を経て正当性を確保することで、京を目指しました。「池原の般若野での軍議」や「埴生八幡宮での願文」は、まさにこのような義仲の正当性を再確認する行事であったと考えられます。

『平家物語』などの軍記物は、入京後の義仲が孤立していったのは義仲個人の資質によるものとしていますが、久保尚文は、義仲と協力関係にあった摂津源氏や土岐源氏が入京後に後白河院方に復帰したことが、義仲の軍事力・正当性の弱体化につながったと指摘しています。

このように、倶利伽羅合戦は、単なる武将の英雄譚ではなく、当時の政治情勢や各勢力の思惑が複雑に絡み合った戦いだったといえるでしょう。

脚注

注釈

(ここに注釈があれば記述)

出典

(ここに参考文献があれば記述)

参考資料

中田町誌編纂委員会編「源平合戦と中田」『中田町誌』、1968年
砺波市史編纂委員会編「治承・寿永の源平争乱」『砺波市史 資料編1(考古 古代・中世)』、1990年
小矢部市史編集委員会「源平の戦いと埴生新八幡」『小矢部市史』、1971年
久保尚文「木曾義仲進軍と八条院領高瀬荘―越中地域史研究の原点⑧」『富山史壇』171号、2013年
長村祥知「木曾義仲の発給文書」『信濃』65(12)、2013年
上杉和彦『戦争の日本史6 源平の争乱』（吉川弘文館）
浅香年木『治承・寿永の内乱論序説』法政大学出版局、1981年
砂川博「延慶本平家物語の「倶利迦羅」の生成」『平家物語新考』東京美術、1982年
橋本芳雄「木曾義仲の上洛作戦と北陸道」『越後地方史の研究』国書刊行会、1981年

関連史料

『平家物語』
『源平盛衰記』
『百錬抄』
『玉葉』

関連項目

日本の合戦一覧
志保山の戦い
篠原の戦い
源平火牛まつり
巴御前
春近領

外部リンク

津幡町観光ガイド公式サイト

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