文室浄三

文室浄三（ふんやのきよみ）

文室浄三は、飛鳥時代から奈良時代にかけての皇族・公卿で、初めは智努王（ちぬおう）と名乗りました。天武天皇の孫であり、一品・長親王の子として生まれました。

生涯

官僚としての活躍

文室浄三は、霊亀3年（717年）に従四位下に叙せられたことから、そのキャリアをスタートさせます。翌年には大舎人頭に任ぜられ、官僚としての道を歩み始めました。神亀6年（729年）には従四位上に昇進し、長屋王の変後にはその地位をさらに高めます。天平13年（741年）には、恭仁京の造宮卿に任じられ、恭仁京の造営に尽力しました。また、民部卿・藤原仲麻呂と共に、恭仁京の人民に宅地を分け与える事業も行っています。翌年には、造宮の功労により褒賞を受け、紫香楽宮の造離宮司にも任じられました。この時期、天平12年（740年）に正四位下、天平18年（746年）には正四位上、そして天平19年（747年）には従三位へと昇進し、公卿の仲間入りを果たし、聖武朝の後半に目覚ましい昇進を遂げました。

臣籍降下と改名

孝謙朝に入ると、天平勝宝4年（752年）に文室真人の姓を賜り、臣籍に降下しました。これにより、文室智努（ふんやのちぬ）と名乗るようになります。この行動は、皇位を放棄することで保身を図ったものと見られていますが、60歳近い高齢になってからの臣籍降下は、妻である茨田女王の死が影響したとの説もあります。その翌年には、茨田女王の追善供養のために仏足石を造立し、これは現在も薬師寺に国宝として残っています。天平勝宝6年（754年）には摂津大夫に任ぜられ、天平勝宝9歳（757年）には参議兼治部卿に就任しました。道祖王の廃太子に伴う新皇太子選定では、池田王を推挙しましたが、結局皇太子には池田王の弟である大炊王（後の淳仁天皇）が選ばれました。

淳仁朝での活躍

淳仁朝では、文室浄三は重用され、天平宝字4年（760年）には中納言、天平宝字5年（761年）には正三位に昇進し、名を浄三と改めました。天平宝字6年（762年）には御史大夫（大納言）にまで昇りつめました。同年の石川年足の薨去により、太政官で第二位の席次を占めるまでになりました。天皇からは、老齢を理由に宮中で扇や杖を使うことを許されました。しかし、天平宝字8年（764年）には藤原仲麻呂の乱を察知し、危険を避けるため官職を辞任しました。この辞任が、太政官の政治的空白を生み、仲麻呂の乱を誘発したという見方もあります。

その後

宝亀元年（770年）には、右大臣・吉備真備によって皇嗣に推されましたが、これを固辞し、その約2か月後に78歳で亡くなりました。臨終の際には、子らに薄葬を命じ、朝廷からの鼓吹を受けないように遺言したと伝えられ、当時の人々に称賛されました。

人物像と文化

文室浄三は仏教に深く帰依し、鑑真の手により出家・得度しました。東大寺大鎮、法華寺大鎮、浄土院別当を務めるなど、仏教界でも重要な役割を果たしました。大神寺で六門陀羅尼経を講説し、東大寺で十二分教義を立てるなど、その明快な論理は人々の疑問を解消し、天皇から伝燈大法師位を授けられました。また、『三界章』『仏法伝通日本記』といった仏教書を著したとされますが、これらは散逸し現存していません。歌人としても知られ、『万葉集』には和歌一首が採録されています。法号である浄三は、祖父・天武天皇の異称である浄三原天皇と、三業の所犯を清浄にする意味を兼ねているとされています。

官歴

霊亀3年（717年） 1月4日：従四位下（直叙）
養老2年（718年） 9月16日：大舎人頭
神亀5年（728年） 11月3日：造山房司長官
神亀6年（729年） 3月4日：従四位上
天平11年（739年） 3月21日：見治部卿
天平12年（740年） 11月21日：正四位下
天平13年（741年） 8月9日：木工頭。9月8日：兼造宮卿（恭仁京）
天平14年（742年） 8月11日：造離宮司（紫香楽宮）
天平18年（746年） 4月22日：正四位上
天平19年（747年） 1月20日：従三位
天平20年（748年） 4月22日：御装束司（元正上皇大葬）
天平勝宝4年（752年） 9月22日：臣籍降下（文室真人姓）
天平勝宝6年（754年） 4月5日： 摂津大夫。7月20日：御装束司（太皇太后藤原宮子葬儀）
天平勝宝8歳（756年） 5月3日：御装束司（聖武上皇大葬）
天平勝宝9歳（757年） 6月16日：参議兼治部卿
天平宝字2年（758年） 6月16日：兼出雲守
天平宝字4年（760年） 1月4日：中納言。6月7日：山作司
天平宝字5年（761年） 1月2日：正三位、浄三に改名
天平宝字6年（762年） 1月4日：御史大夫。12月1日：兼神祇伯
天平宝字8年（764年） 1月7日：従二位。9月4日：致仕

系譜

父：長皇子
母：不詳
妻：茨田女王（茨田郡主）
子女：
男子：沢王
男子：文室与伎
男子：文室真屋麻呂
男子：文室長谷
九男：三諸大原（?-806）
女子：岡屋王妃

参考文献

廣岡義隆「文室眞人智努の生涯 : 天平一知識人の憂愁」『三重大学日本語学文学』　三重大学日本語学文学研究室、1991年
宇治谷孟『続日本紀』　講談社学術文庫、1992年
『公卿補任 第一篇』　吉川弘文館、1982年
宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年
中田憲信編、木村信行訳『皇胤志 第二巻』日本歴史研究所、1994年

関連項目

仏足石歌 - 仏足跡歌碑

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