西蔵

西蔵（シーツァン）とは

「西蔵」（シーツァン、シーザン、旧字体では西藏、中国語拼音: Xīzàng）は、歴史的チベットのうち、アムドやカムを除く、西南部のおよそ半分を占める地域を指す中国語の用語です。この用語は、元代に使われた「烏斯蔵」に代わり、清朝の康熙帝の時代から使われ始めました。

「西蔵」の概念と用法

中国における「西蔵」

中国では、「西蔵」は伝統的に、チベットの西端のガリ地方、南部のウーツァン地方、中央部のチャンタン地方、そしてカム地方の西半分を指す言葉として使われてきました。チベットの東端にあるカム地方の東部や、東北部のアムド地方は「西蔵」には含まれません。中華民国時代には、チベットの独立を認めない立場から、支配の及ばない地域を「西蔵地方」と呼ぶことで、中国の一部であることを強調しました。

チベット全体の呼称としての「西蔵」

明治末期から昭和期にかけては、アムドやカムを含むチベット全体の総称として「西蔵」という言葉が使われることもありました。これは、ヨーロッパの言語でチベットを指す「Tibet」の訳語として採用されたものです。しかし、昭和後期にはこの用法は廃れ、現在ではカタカナで「チベット」と表記されることが一般的です。

中国におけるチベットの総称の変遷

7世紀にチベットが吐蕃によって統一されて以来、中国では長らくチベットを「吐蕃」と呼んでいました。明代に編纂された『元史』では、「烏思蔵・納里速古児孫（ウーツァン・ガリコルスム）」と「朶甘（ド・カム）」を合わせて「吐蕃」と定義しています。

「西蔵」という言葉の初期の用例

「西蔵」という言葉が、チベットの一部を指す呼称として現れたのは清朝時代です。『西蔵記』（18世紀中葉成立）では、「西蔵」を「バロン・ジョー」「タングート」「トゥベト」と定義し、その領域としてガリ、ウー、ツァン、カム西部を挙げています。また、『外藩蒙古回部王公表伝』（1789年成立）でも、同様の定義が確認できます。しかし、同書では、「タングート」の過去の領域には青海やバルカム（カム全域）も含まれていたとされています。

「西蔵」という地理的枠組みの起源

17世紀、グシ・ハンがチベットの大部分を征服し、チベットの政治・文化の中心であるヤルンツァンポ河流域をダライ・ラマ5世に寄進しました。清朝の雍正帝は、グシ・ハン一族の内紛に乗じて1723年～1724年にアムド地方に出兵し、この地域を清の支配下に置きました。これにより、チベットはタンラ山脈からディチュ河（金沙江）にかけての線で二分され、その南部がガンデンポタンの管轄下となり、この地域が「西蔵」と呼ばれるようになりました。北部のモンゴル人やチベット人諸侯は、青海、四川、甘粛、雲南などの省に分割され、個別に清朝皇帝に臣属することになりました。

「西蔵の分割」とガンデンポタンの勢力拡大

18世紀に成立した「西蔵」の枠組みは、19世紀に早くも揺らぎ始めます。カム地方の領主であるグンポナムギャルが近隣地域を征服し、清朝の権威が低下した隙に、ガンデンポタンがこの動乱を収束させました。その結果、ガンデンポタンの勢力圏はディチュ河を越えて東方に拡大し、カム地方東部にも強い影響力を及ぼすようになりました。

清朝末期には、国家体制の近代化を目指す「清末新制」が実施されました。この政策は、チベットやモンゴルのような伝統的な統治体制を解体し、中国の省制度に組み込むことを目指しました。四川総督の趙爾豊は、1909年にカム地方からチベットに侵攻し、ラサを占領しました。趙は、カム地方全域に「西康省」を、中央チベットに「西蔵省」を設置しようとしましたが、辛亥革命の勃発により頓挫しました。

その後、チベットは反撃を開始し、1913年にラサを奪還して独立を宣言しました。1917年～1918年、1931年～1933年には、中華民国との間で戦火を交え、ディチュ河（金沙江）までのカム地方西部の支配権を徐々に回復しました。

現行の枠組みの成立

中国共産党は、長征の途上でカム地方東部を通過し、チベット社会と接触しました。この時期、共産党は少数民族に「民族自決権」を認めることを掲げ、カム地方東部で「波巴政府」を樹立させました。しかし、共産党が国共内戦に勝利し、1949年に中華人民共和国を樹立すると、この政策は放棄され、カム地方はチベット人の民族自治区として位置づけられることになりました。

1950年～1951年のいわゆる「西蔵和平解放」により、ディチュ河以西の地が中国の支配下に入りました。この地域は西康省に組み込まれることなく、昌都解放委員会の管轄下に置かれ、引き続き「西蔵」に帰属しました。

1955年、西康省が廃止され、自治州に格下げされる一方で、1965年にはチベット人の民族区域自治単位である「西蔵自治区」が発足しました。しかし、隣接する各級の「チベット族」の民族自治州、県、郷は西蔵自治区に統合されることなく、現在に至っています。

中国 国内における現行の用例

中国国内では、「西蔵」という用語は、チベットの西南の二分の一程度を占める地域、具体的にはガリ地方、ウーツァン地方、カム地方西部などをまとめて呼ぶ場合の呼称として使われています。

反体制組織・団体などによる用例

中国の現体制に反対する組織や活動家の中には、「西蔵」を、自治区にとどまらずチベットの総称として用いる人もいます。

中国以外の漢字圏における用例

日本では、多田等観が「西蔵」を「チベット」と読み、アムドやカムを含むチベット全域を指す言葉として使用していました。

中国歴代政権による地方行政単位としての「西蔵」

清朝の時代には、ガンデンポタンの管轄下におかれた地域が「西蔵」の領域とされ、「青海」とともに藩部と位置づけられました。中華民国時代には、「西蔵地方」という用語が用いられましたが、実効支配は確立できませんでした。中華人民共和国時代には、チベットの分割と再編が進められ、「西蔵自治区」が発足しました。

脚注

1. 王云峰「金席大師貢唐倉」(70)(『佛学宝蔵ー法脉相承』)2008-12-05

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