劉備の入蜀

劉備入蜀：蜀漢建国への道

劉備の入蜀は、後漢末期の212年から214年にかけて繰り広げられた、劉備と劉璋による益州を巡る攻防戦です。当初は協力関係にあった両者が、様々な要因から対立を深め、最終的に劉備が益州を奪取し、後の蜀漢建国へと繋がる重要な転換点となりました。

入蜀に至るまでの経緯

208年の赤壁の戦い後、劉備は荊州の江南諸郡を制圧し、勢力を拡大しました。かねてより諸葛亮から益州攻略を進言されていた劉備は、機会を窺っていました。一方、同じく益州を狙っていた孫権は、周瑜の死後、単独での侵攻を断念し、劉備に共同での益州攻撃を持ちかけます。劉備陣営内にはこの提案に賛同する意見もありましたが、殷観は、孫権軍の先駆けとなるよりも、孫権への態度を曖昧にしつつ、独力で益州を攻略すべきだと主張しました。劉備は殷観の策を採用し、孫権の提案に賛同する姿勢を見せつつ、「荊州を得たばかりで準備ができていない」と返答し、孫権を牽制しました。

211年、益州牧の劉璋は、曹操や張魯に対抗するため、配下の張松の進言を受け、劉備を益州に迎え入れることを検討します。当初、劉璋は曹操との提携を模索していましたが、使者が曹操に冷遇されたことや、曹操の勢力が荊州から後退したことで、提携話は立ち消えとなります。実は、この時冷遇された使者が張松であり、彼は劉璋を見限り、劉備を新たな君主として迎えようと画策していました。

劉璋は、黄権や劉巴らの反対を押し切り、法正と孟達を劉備のもとに派遣します。しかし、この二人も張松の同志であり、劉璋の廃立を目論んでいました。法正は劉備に益州攻略の策を授け、これに従った劉備は、要請に応じる名目で黄忠や軍師の龐統ら2万の兵を率いて益州に入り、涪で劉璋の出迎えを受けました。龐統らは劉璋暗殺を進言しますが、劉備は人心掌握を優先し、これを却下しました。

劉璋は劉備に兵糧や武器などを提供し、劉備軍は総勢3万となります。劉備は張魯討伐のため葭萌関に駐屯しますが、目立った軍事行動は起こさず、人心収攬に努め、蜀攻略の足掛かりを築きました。

開戦と進撃

212年、曹操と孫権が揚州を巡って争い（濡須口の戦い）、孫権は劉備に援軍を要請します。また、荊州では楽進と関羽が対峙していました。劉備は張魯が籠城しているため心配ないと述べ、劉璋に兵と軍需物資を要求しますが、劉璋からの援助は期待していた半分にも満たず、両者の関係は悪化します。

劉備の帰国を疑った張松は、劉備と法正に手紙を送ろうとしますが、兄の張粛に露見し、張松は処刑されます。劉備は龐統の策を用い、白水関を守る劉璋の武将、楊懐と高沛を斬り、白水関を占拠します。劉備は霍峻に葭萌城を守らせ、劉璋から借りた将兵とその妻子を人質に取り、黄忠や魏延らと共に、劉璋の本拠地である成都に向けて進軍を開始します。

劉璋は張任、冷苞、劉璝、鄧賢らを派遣して劉備軍を防ごうとしますが、劉備軍はこれらの武将を破り、涪城を占拠します。李厳や費観ら劉璋軍の武将が劉備に降伏するなど、戦況は劉備軍優位に進みました。黄忠は常に先陣を切って敵陣を攻略し、その勇猛さは際立っていました。しかし、張任と劉循は雒城に籠城し徹底抗戦、龐統が流れ矢に当たって戦死するなど、劉備軍も苦戦を強いられました。

郡県の長が次々と劉備に降伏する中、広漢を守る黄権は城門を閉ざし防備を固め、終戦まで広漢を守り抜きました。葭萌城を守る霍峻も、扶禁・向存率いる1万余の軍勢に包囲されますが、1年に渡り城を守り抜き、精鋭を率いて出撃し、扶禁らを破り、向存を討ち取りました。

劉備が葭萌を出て劉璋攻撃を決定すると、荊州にいた諸葛亮が召喚され、関羽に留守を任せ、張飛や趙雲らを率いて長江を遡り、巴東を降伏させ巴郡に入りました。張飛は巴郡太守の趙筰を破り、厳顔を生け捕りますが、その毅然とした態度に感銘を受け、厚遇しました。趙雲は江陽・犍為を平定し、張飛は巴西を攻撃し、降伏した龔諶に迎え入れられました。諸葛亮は徳陽を平定し、劉璋軍を破りました。各地を制圧した張飛らは成都へ向かいました。

214年夏、劉備は雒城を攻略した後、諸葛亮らと合流し成都を包囲します。蜀郡太守の許靖が劉璋を見限り降伏しようとしますが、発覚し捕らえられます。しかし、事態が切迫していたため、劉璋は許靖を処罰しませんでした。

成都開城

劉璋は成都城に3万の兵と1年分の兵糧があったため、抗戦を考えていました。しかし、劉備が李恢を派遣して馬超を説得し帰順させると、劉璋は震撼します。多くの官民は劉備との戦いを覚悟していましたが、鄭度は焦土作戦を進言しました。法正は鄭度の作戦が採用されることはないと劉備を安心させ、劉璋に降伏を勧告する手紙を送りました。

214年5月、劉備が簡雍を降伏勧告の使者として送り込むと、劉璋は「もはや領民を苦しめたくない」と述べ、降伏・開城しました。

戦後

劉備は劉璋の身柄と財産を保障し、振威将軍の印綬を与え公安に送り、自ら益州牧となります。諸葛亮を軍師将軍に、董和を掌軍中郎将に任命し、政務を代行させました。また、馬超を平西将軍に、法正を蜀郡太守・揚武将軍に、黄忠を討虜将軍に、麋竺を安漢将軍に、簡雍を昭徳将軍に、孫乾を秉忠将軍に、伊籍を従事中郎に任命し、功績に報いました。劉璋の旧臣も招聘し、黄権を偏将軍に、許靖を左将軍長史に、龐羲を司馬に、李厳を犍為太守に、費観を巴郡太守に、劉巴を西曹掾に、彭羕を益州治中従事に任命し、陣容を充実させました。諸葛亮、法正、張飛、関羽らには益州平定の褒賞として金銀銭絹が贈られました。

孫権は劉備に対し、荊州の割譲を求めましたが、劉備は涼州を得た後に再分割すると返答しました。しかし215年、孫権は呂蒙に命じて長沙、零陵、桂陽三郡を奪い、一触即発の状態となりますが、魯粛と関羽の話し合いの結果、荊州を分割し、劉備が南郡、武陵郡、零陵郡を、孫権が江夏郡、長沙郡、桂陽郡を領有することで和解しました。その間、曹操は漢中の張魯を攻撃し、張魯や周辺の豪族を降伏させ、夏侯淵を漢中に配置し、劉備の益州支配を牽制しました。

その後、劉備は漢中へ侵攻し、219年の定軍山の戦いで夏侯淵を討ち取り、曹操の侵攻を撃退すると、益州支配を盤石なものとし、漢中王を自称し、蜀漢の基礎を固めました。しかし、荊州での孫権との対立は深刻化し、217年の魯粛の死を境に悪化、荊州を失うことになります。

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