稲尾岳

稲尾岳

稲尾岳は、九州は大隅半島の南部に連なる肝属山地の南東部、海岸線近くにそびえる山です。一般的には、稲尾神社が鎮座する標高930mの山を指しますが、より広義には、最高峰である枯木岳（標高959m）を含む山塊全体を指します。この山塊は、鹿児島県の肝付町、錦江町、南大隅町にまたがっています。

山容

稲尾岳の稜線は北東から南西方向に伸びており、その稜線上に枯木岳が位置しています。枯木岳から南東へ約1kmの尾根筋には、稲尾神社のある稲尾岳が突き出ています。枯木岳には二等三角点が設置されています。山の西側には、「照葉樹の森稲尾岳ビジターセンター」があり、自然観察の拠点となっています。

登山ルートとしては、西側の花瀬林道を経由し、ビジターセンターから入るのが一般的です。また、北側の内之牧林道からのルートも存在します。山頂付近からの見晴らしはそれほど良くありませんが、枯木岳の西側にある自然石展望台からは、稲尾岳の美しい姿や、遠く種子島の景色を望むことができます。

生物

稲尾岳は、年平均気温16℃、年間降水量2,500mmという温暖湿潤な気候に恵まれており、西日本における極相である照葉樹林の原生林が残る貴重な場所です。標高によって植生が異なり、300m以下にはタブノキやスダジイ、300mから700mにはイスノキやウラジロガシ、700m以上にはアカガシなどが分布しています。山頂付近にはモミ、イヌツゲ、アセビなどが自生し、海抜による植生の垂直分布が明確に見られます。このように、限られた地域に多様な暖帯林がまとまって見られる例は、世界的にも珍しいとされています。

鳥類としては、アオゲラ、オオアカゲラ、ヤマガラ、シジュウカラなどが確認されており、昆虫類では、キリシマミドリシジミ、シリグロオオキノコムシの南限、チビサナエ、フチドリアツバコガネの北限分布地域となっています。また、イノシシ、ニホンアナグマ、ニホンザルなどの哺乳類も生息しています。

枯木岳と稲尾神社の間には、比較的平坦で湿潤な盆地が広がっており、シノブ、イワヤナギシダ、ヒメノキシノブ、シシラン、ヒトツバなどのシダ類が豊富に生育しています。渓流には、ブチサンショウウオ、アカハライモリ、タゴガエルなどの両生類が生息しています。

歴史

稲尾岳という名前は、稲穂に由来すると言われています。稲尾神社の祭神は不明ですが、古くは「稲尾権現」と呼ばれていました。平家の落人が、九州の東海岸沿いを南下し、大浦（現在の肝付町岸良大浦）にたどり着いた後、稲尾岳を越えて大原（錦江町田代麓）や辺塚（南大隅町佐多辺塚）に移り住んだという伝説があります。

江戸時代には、稲尾権現に阿弥陀如来像、薬師如来像、観音菩薩像が安置され、山麓の辺塚にある近津宮白佐権現で祭祀が行われていました。かつては大浦の八幡神社から稲尾岳に登る「稲尾詣で」という風習がありました。

20世紀後半になると、稲尾岳の貴重な自然環境を保護する動きが高まり、1963年に林野庁により学術参考保護林に指定されました。さらに1967年には、山頂部の377ヘクタールが文部大臣により国の天然記念物（天然保護区域）に指定されました。その後も、1975年には環境庁により自然環境保全地域に、1994年には林野庁により森林生態系保護地域に指定され、保全の取り組みが進められています。

1993年には、台風13号の影響で山間部に強風が吹き荒れ、モミノキや広葉樹林に大きな被害が出ました。2000年には、自然観察や環境学習のための拠点となる「照葉樹の森稲尾岳ビジターセンター」が開設されました。

脚注

参考文献

内之浦町誌編纂委員会編　『内之浦町誌』　内之浦町教育委員会、2003年
田代町教育委員会編　『新編田代町郷土誌』　田代町、2005年

関連項目

* 肝属山地

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