西洋美術史

西洋美術史概説

西洋美術史は、西洋における美術の長い歴史を概観する学問分野です。旧石器時代の洞窟壁画から現代アートまで、多様な美術表現を時代背景とともに考察します。

古代美術

原始美術

旧石器時代後期には、実用性とは異なる目的で作られたと推測される遺物・遺構が登場します。これらを原始美術または先史美術と呼び、洞窟壁画、岩陰彫刻、彫刻などが含まれます。フランスのショーヴェ洞窟、スペインのアルタミラ洞窟などの壁画は、動物を写実的に描いた代表例です。これらの作品は狩猟採集民族の生活と密接に関連しており、社会的な機能は限定的だったと考えられています。中石器時代には、スペインのレバント美術や北ヨーロッパの極北美術といった、地域独自の美術様式が発展しました。新石器時代になると、土器に線状模様が描かれるようになり、巨石建造物（メンヒル、ドルメン、ストーンヘンジなど）が宗教的な目的で建設されました。これらの原始美術は、20世紀以降、原始主義といった現代美術にも影響を与えました。

メソポタミア美術

メソポタミア文明では、ティグリス・ユーフラテス川流域で高度な文明が花開き、彩文土器、煉瓦建築、モザイク装飾などが発展しました。シュメール時代には神殿を中心とした都市が形成され、大理石の彫刻、金銀などの工芸品が制作されました。アッカド王朝時代には自然主義的な傾向が強まり、王権を象徴する美術が盛んになりました。アッシリア時代には躍動感のある彫刻が制作され、バビロニア時代にはイシュタル門に代表される彩釉煉瓦建築が発展しました。アカイメネス朝時代には、メソポタミア、エジプト、ウラルトゥなど多様な美術様式が融合したアカイメネス朝美術が栄えました。

エジプト美術

ナイル川流域で栄えたエジプト文明では、初期王朝時代から独自の美術が発展しました。古王国時代にはピラミッドやマスタバといった巨大な墓が建設され、壁画や彫刻が制作されました。壁画では動植物が写実的に表現される一方、人物像は形式的で概念的な表現が用いられました。中王国時代には、メンフィス様式とテーベ様式が流行し、新王国時代にはアモン大神殿などの大型建築物が建設され、アマルナ時代には自然主義的なアマルナ美術が栄えました。エジプト美術は、約3000年もの間、その様式をほぼ変えずに連綿と続いてきましたが、アレクサンドロス3世による征服後、ギリシア美術の影響を受けて衰退しました。

ギリシア美術

クレタ島ミノア文明（ミノス美術）では、新石器時代末期から青銅器時代にかけて、石造彫刻、彩色土器、金属器などが制作されました。宮殿建築も発達し、壁画には自然と人間が調和した描写が見られます。紀元前1400年頃には、ミュケナイ文明がクレタ島を征服し、ミュケナイ美術が最盛期を迎えました。その後、ドーリス人大移動を境に衰退しました。紀元前11世紀頃には、幾何学的な文様を特徴とする原幾何学様式が確立し、紀元前8世紀にはさらに洗練されたディピュロン式陶器が登場しました。紀元前7世紀には、エジプト彫刻の影響を受けた大理石彫刻（クーロス）が登場しました。アルカイック時代には人体彫刻が写実的に表現され、周柱式神殿が建設されました。古典時代には、コントラポストやアルカイックスマイルといった彫刻技法が発展し、パルテノン神殿などの神殿建築が完成しました。ヘレニズム時代には、個人主義的な傾向が強まり、様々な彫刻様式が発展しました。

ローマ美術

エトルリア文明は、ギリシア美術の影響を受けながらも、独自の墓室壁画やテラコッタ彫刻など、独自の美術文化を形成しました。ローマはエトルリア文明の影響を受けつつも、共和政時代にはギリシア美術の影響が強まり、ネオ・アッティカ派など、ギリシア様式を模倣する美術が流行しました。建築ではバシリカやコロッセウムなどの公共建築が建設され、壁画ではポンペイ様式などが発展しました。帝政期には、皇帝の業績を称える記念柱や凱旋門などが建設されました。後世のキリスト教美術へ移行する前段階として、自然主義を放棄し、表現主義が台頭する転換期を迎えました。

中世美術

初期キリスト教美術

初期キリスト教美術は、ローマ美術の影響を受けつつ、カタコンベの壁画や石棺彫刻などに独自の様式が生まれました。偶像崇拝が禁じられていたため、間接的な表現が用いられました。4世紀末にキリスト教が国教になると、大規模な教会堂が建設されるようになり、モザイク装飾が盛んになりました。5世紀には、豪華な装飾が施された東方的な様式へと変化していきました。

ビザンティン美術

ビザンティン美術は、コンスタンティノポリスを拠点に発展し、ハギア・ソフィア大聖堂などの壮大な建築と、モザイク装飾が特徴です。8世紀の聖像論争によって一時衰退しましたが、マケドニア王朝の時代には再び黄金時代を迎え、コムネノス王朝時代には洗練された様式が花開きました。ビザンティン美術は、西方にも大きな影響を与えました。

初期中世美術

西ローマ帝国滅亡後、メロヴィング朝では、ゲルマン民族とガリアの伝統が融合した美術が発展し、工芸品、特に写本装飾が優れていました。カロリング朝時代には、カール大帝による芸術の奨励により、彫刻や写本装飾が大きく発展し、後のロマネスク美術の基礎を築きました。オットー1世による神聖ローマ帝国の成立により、西欧文化の主導権を握りました。

ロマネスク美術

ロマネスク美術は11世紀後半から12世紀にかけて栄え、重厚な石造りの教会建築、聖書や聖人伝を題材とした壁画、金属細工、刺繍などが特徴です。地方によって様式に違いがあり、フランスでは西方的な様式、イタリアではビザンティン美術の影響を受けたイタロ＝ビザンティン様式、スペインではモサラベ美術の影響を受けた様式などが発展しました。

ゴシック美術

ゴシック美術は12世紀半ばから始まり、尖塔アーチ、肋骨交差穹窿、ステンドグラスといった建築様式が発展しました。彫刻では円柱人像が登場し、写実的な表現が用いられました。ステンドグラス、写本絵画、壁画なども盛んになりました。イタリアでは、ビザンティン美術からの脱却が進み、プロト・ルネサンス時代へとつながっていきました。14世紀以降は、国際ゴシック様式と呼ばれる、精緻な細部描写と豪奢な宮廷趣味を特徴とする様式が発展しました。

近世美術

イタリア初期ルネサンス美術

ルネサンス美術は、古代ギリシャ・ローマ美術の復興と、人間中心主義を基盤として発展しました。ブルネレスキ、アルベルティなどの建築家、ドナテッロ、ミケロッツォなどの彫刻家、マサッチオ、フラ・アンジェリコなどの画家の活躍により、建築、彫刻、絵画の分野で新しい様式が確立されました。15世紀後半には、フィレンツェで発展したルネサンス様式がイタリア各地へ広がっていきました。

15世紀の北方美術

15世紀のネーデルラントでは、油彩技法の発展により、写実的な絵画が盛んになりました。ファン・エイク兄弟、ロベルト・カンピン、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンなどの画家の活躍により、ネーデルラント絵画は高いレベルに達しました。ドイツでは、デューラー、グリューネヴァルトなどの画家の活動により、北方ルネサンスが発展しました。フランスでは、ジャン・フーケなどの画家が活躍しました。

イタリア盛期ルネサンス美術

盛期ルネサンスは、15世紀末から16世紀初頭にかけてのイタリア美術で、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロといった巨匠が活躍しました。レオナルドは、スフマート技法を用いた絵画で知られ、ミケランジェロは人体表現の新たな境地を開き、ラファエロは形式美を確立させました。ヴェネツィアでは、ジョルジョーネ、ティツィアーノなどの画家が、色彩豊かな絵画を制作しました。

マニエリスム美術

マニエリスムは、盛期ルネサンス後の美術様式で、自然を超えた洗練された技巧が特徴です。ポントルモ、ロッソ・フィオレンティーノ、ティントレット、エル・グレコ、コレッジョなどが代表的な画家です。建築では、パッラーディオが活躍しました。

北方ルネサンス美術

ドイツでは、デューラーがルネサンスの技法を取り入れつつ、独自の表現を追求しました。グリューネヴァルト、クラーナハ（父）なども活躍しました。フランスでは、フォンテーヌブロー派が発展し、ネーデルラントでは、イタリアの影響を受けた「ロマニスト」たちの活躍と、風俗画、風景画、静物画の発展が見られました。

近代美術

バロック美術

バロック美術は17世紀の美術様式で、劇的で奔放な表現が特徴です。カラヴァッジオ、ベルニーニ、リュベンス、フェルメール、ベラスケスなどが代表的な美術家です。建築では、ボッロミーニやベルニーニが活躍し、絵画では、カラヴァッジョの写実的な表現が影響を与えました。フランドルでは、リュベンスが活躍し、オランダでは、レンブラント、フェルメールなどが活躍しました。スペインでは、ベラスケス、スルバラン、ムリーリョなどが活躍しました。フランスでは、プッサンとロランが活躍しました。

ロココ美術

ロココ美術は18世紀前半のフランスの美術様式で、華麗で装飾的な表現が特徴です。ヴァトー、ブーシェ、フラゴナールなどが代表的な画家です。建築では、オテル・ド・スービーズなどが代表的な建築です。

18世紀から19世紀の美術

18世紀後半から19世紀にかけては、新古典主義、ロマン主義、写実主義が主な美術様式でした。新古典主義では、ダヴィッド、アングルなどが活躍し、ロマン主義ではジェリコー、ドラクロワなどが活躍しました。写実主義ではクールベ、ミレーなどが活躍しました。イギリスではターナー、コンスタブルなどが活躍しました。ドイツでは、ナザレ派などが活躍しました。スペインではゴヤが活躍しました。

19世紀から20世紀の美術

19世紀後半から20世紀にかけては、印象派、象徴主義、アール・ヌーヴォー、表現主義、キュビスム、未来派、ダダイスム、シュルレアリスムなど、多様な美術運動が展開されました。印象派ではモネ、ルノワール、セザンヌなどが、象徴主義ではルドン、モローなどが活躍しました。彫刻ではロダンが活躍しました。

現代美術

20世紀後半から現代にかけては、多様な表現形式が登場し、建築、彫刻、絵画の分野においても、それまでの伝統や様式にとらわれない実験的な試みが続けられています。 アースワーク、ビデオアート、パフォーマンスアートなど、従来の枠を超えた表現手法が用いられるようになりました。

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