東欧諸国のビザンティン建築

東欧諸国におけるビザンティン建築は、東ローマ帝国の影響を受けつつも、各地域の歴史や文化、そして地理的な条件によって独自の発展を遂げました。この記事では、ブルガリア、セルビア、ルーシ（現在のロシア、ウクライナ、ベラルーシ）、ルーマニアにおけるビザンティン建築の受容と変遷について詳しく解説します。

概説

東欧諸国は、中世にビザンティン文化の影響下に入り、正教とともにその建築様式を取り入れました。しかし、東ローマ帝国との関係は常に安定していたわけではなく、時には激しい衝突を繰り返しながら、それぞれの国がビザンティン建築を基盤としつつも、独自の建築文化を形成していったのです。

初期のスラヴ人は建築的な伝統を持たず、東ローマ帝国の技術や知識を積極的に取り入れました。ブルガリア帝国は、東ローマ帝国の脅威となる一方で、キリスト教の受容とともにビザンティン建築の基礎を築きました。一方、ルーシ（キエフ大公国）は、東ローマ帝国との交流を通じてキリスト教を受容し、ビザンティン建築を導入しましたが、その後の歴史的変遷の中で独自の発展を遂げました。

セルビアは、当初はブルガリア帝国や東ローマ帝国の影響を受けましたが、12世紀以降にネマニッチ朝が成立すると、西欧の影響も受けながら、独自の建築様式を形成していきました。ルーマニアは、14世紀に独立を果たし、東方正教を受け入れましたが、ビザンティン建築の伝統は、セルビアの影響を強く受けています。

地域と歴史

ブルガリア

ブルガリアは、東ローマ帝国にとって最初の脅威となった帝国であり、その歴史は複雑です。680年頃にバルカン半島北部に定住し、864年にキリスト教を受け入れると、ビザンティン文化を積極的に取り入れました。しかし、東ローマ帝国との関係は安定せず、時には敵対しながらもビザンティン建築の影響は深く浸透していきました。

第一次ブルガリア帝国とビザンティン建築

ブルガリア初期の建築についてはほとんど知られていません。9世紀以降になると、首都プレスラフを中心に建築活動が活発化し、シメオン1世によって円形教会堂が建設されました。しかし、それ以外の教会堂は、内接十字型の平面を持つなど、ビザンティン建築の影響が非常に強く、ブルガリア独自の様式はあまり見られません。その後、ブルガリアは東ローマ帝国に併合されますが、地方貴族によって多くの教会堂が建設され、12世紀には、コンスタンティノポリスの画家によって美しいフレスコ画が描かれました。

後期のブルガリア・ビザンティン建築

12世紀に再び独立を果たしたブルガリア帝国は、ヴェリコ・タルノヴォ周辺に多くの教会堂を建設しました。これらの教会堂は、内部がフレスコ画で覆われた内接十字型の平面を持つものが一般的です。黒海貿易の拠点として栄えたメッセンブリア（現ネセバル）には、14世紀以降に外壁に装飾が施された豪華な教会堂が建てられました。リラ修道院は、ブルガリアにおける代表的なビザンティン建築ですが、現在の僧院はポスト・ビザンティン建築であり、純粋なブルガリア建築と言えます。

セルビア

セルビアは、勢力域の変動が激しく、その建築の歴史もまた複雑です。初期は東ローマ帝国の支配下に入り、一部はブルガリア帝国領となりました。12世紀以降はネマニッチ朝が成立し、独自の建築文化を築き上げました。マケドニアには、パレオロゴス朝のビザンティン建築と密接な関連を持つ建築物が数多く残っています。

ネマニッチ朝初期のラシュカ派（古セルビア派）建築

セルビアの教会堂建築は、ラシュカ派、セルビア・ビザンティン様式、モラヴァ派の3つの時代に分類されます。ラシュカ派は、西欧との交易が盛んだったため、ロマネスク建築の影響を強く受けました。ストゥデニツァ修道院の生神女聖堂は、ロマネスク建築の意匠を強く残しています。その後、ラテン帝国の成立により西欧の影響がさらに大きくなり、ラシュカ派の建築は、より端正なプロポーションを表現するようになりました。デチャニ修道院中央聖堂は、ラシュカ派末期の傑作で、ロマネスクの影響を強く受けていますが、北イタリア独特の大理石の積み方などが見られます。

セルビア 建築の最盛期

ステファン・ウロシュ2世ミルティンは、ビザンツ化を促進し、セルビア・ビザンティン建築を確立しました。ミルティン王は、アトス山のヒランダル修道院に中央聖堂を建立しました。これは、純粋なビザンティン建築であり、テッサロニキ、あるいはコンスタンティノポリスの建築家が施工したと考えられています。プリズレンのリェヴィシャの生神女教会は、既存のバシリカの中に、クロス・ドーム・バシリカに近い平面の教会堂をはめ込んだ、変わった建築です。セルビアの教会堂の女王と呼ばれるグラチャニツァ修道院の付属聖堂は、3層構造で垂直性を強く意識した建築です。

モラヴァ派の教会堂建築

モラヴァ派は、オスマン帝国に滅ぼされるまでの不安定な時期に発展した様式です。この時期の建築は、外部装飾が自由で華やかなものとなりました。ラヴァニツァ修道院の付属ヴォズネセーニェ聖堂は、外壁の模様積みやバラ窓の装飾が特徴です。カレニチの生神女聖堂はモラヴァ派末期の傑作ですが、モラヴァ派の装飾の起源はよくわかっていません。マナシア修道院中央聖堂は、三葉型平面ですが、外観は無装飾で城塞のような印象を与えます。

ルーシ

ルーシは、現在のウクライナ、ベラルーシ、ロシアにあたり、東ローマ帝国との関係は、9世紀に始まりました。ルーシ族がコンスタンティノポリスを襲撃した後、国力を蓄え、10世紀には東ローマ帝国との間で有利な通商条約を結びました。キエフ大公国は、980年にウラジーミル1世がキリスト教を国教と定めてから、ビザンティン建築を導入し、独自の発展を遂げました。

キエフにおける最初の聖堂建築

賢公ヤロスラフ1世は、キエフを大都市にするために、聖ソフィア大聖堂などの建築物を建設しました。聖ソフィア大聖堂は、内接十字型の平面を持つ巨大な建築物で、3重の側廊が取り囲む形式となっています。ルーシでは、その後も内接十字型が採用され続けました。ヤロスラフ1世の死後、キエフ大公国の権威は低下しましたが、地方都市が発展し、スーズダリ、ウラジーミル、モスクワなどが成長しました。

ノヴゴロド公国

ノヴゴロド公国は、12世紀にキエフ大公国から独立し、バルト海からコンスタンティノポリスを結ぶ交易路の途上で栄えました。ノヴゴロドでは、キエフに倣って聖ソフィア大聖堂が建設されました。12世紀以降は、独自の建築活動を行い、1374年に建設されたスパソ・プレオブラジェーニエ聖堂は、ファサードの両側を低くし、傾斜屋根を頂く独自の意匠を示しています。プスコフの意匠は、中央堂の周囲に低い周歩廊のような付属建物を設けるのが特徴です。

ウラジーミルとスーズダリの建築

アンドレイ・ボゴリュプスキイは、ウラジーミルをルーシ第一の都市にするために積極的な活動を行いました。この時期の美術は、「ウラジーミル・スーズダリ派」と呼ばれています。ネルリ河畔の生神女庇護聖堂は、端正な外壁を持つ美しい聖堂です。ウラジーミル大公国の建築は、ドイツを含む各国から招かれた職人によって建設されたため、ロマネスク建築の影響が見られます。フセヴォロド3世の時代になると、ウラジーミル・スズダリの建築はより装飾的なものになりました。ドミートリイ宮廷礼拝堂は、壁面が連続する浮き彫り彫刻で覆われています。ユーリエフ＝ポーリスキイの聖ゲオルギイ大聖堂は、ファサード全体が彫刻装飾で覆われています。

「第3のローマ」モスクワ

モスクワは、12世紀に植民された小さな要塞都市でしたが、14世紀にはルーシの府主教座を移転させるまでに成長しました。東ローマ帝国の滅亡後、モスクワは「第3のローマ」を自認しましたが、建築的資産が乏しかったため、イタリア人建築家アリストテーレ・フィオラヴァンティを雇用し、ルネサンス建築を導入しました。フィオラヴァンティは、ウラジーミルの旧ウスペンスキー大聖堂と同じ平面の教会堂を再建しましたが、ルネサンス建築の意匠を取り入れました。16世紀には、グラノヴィータヤ宮殿やアルハンゲルスキー大聖堂が建設されました。

ルーマニア

14世紀にハンガリー王国の支配下から逃れたワラキア公国とモルダヴィア公国は、東方正教を受け入れ、ビザンティン文化を受容しました。16世紀にはオスマン帝国の支配下に入りましたが、自治権を認められていたため、多くのギリシャ人がこの地に渡来しました。ルーマニアに導入された建築は、疲弊したコンスタンティノポリスのものではなく、セルビアのビザンティン建築でした。コズィア修道院の中央聖堂は、セルビア王国のモラヴァ派建築です。モルダヴィアでは、ヴォロネツの修道院のように、45度にずれた2連のアーチでドームを支える独特の様式が見られます。

アルメニア

アルメニア人は教会建築において芸術的発展を遂げ、ビザンチン建築に先行してロマネスク建築の影響を受けつつ発展しました。

脚注

注釈

出典

参考文献

シリル・マンゴー著・飯田喜四郎訳『ビザンティン建築』（本の友社） ISBN 4894392739
リチャード・クラウトハイマー著『Pelican History of Art EARY CHRISTIAN AND BYZANTINE ARCHITECTURE』（YALE UNIVERSITY PRESS）ISBN 978-0140560244
ジョン・ラウデン著・益田朋幸訳『初期キリスト教美術・ビザンティン美術』（岩波書店） ISBN 978-4-00-008923-4
高橋榮一著『ビザンティン美術世界美術大全集西洋編6』（小学館）ISBN 9784096010068
益田朋幸著『世界歴史の旅ビザンティン』（山川出版社）ISBN 9784634633100
ニコラス・ペヴスナー他著鈴木博之監訳『世界建築辞典』（鹿島出版会）ISBN 9784306041615

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