羊献容

羊献容：六度の皇后と激動の生涯

羊献容（よう けんよう）は、西晋の恵帝の二番目の皇后であり、後に前趙の皇帝、劉曜（りゅうよう）の皇后となった女性です。彼女の生涯は、西晋末期の混乱期である八王の乱や永嘉の乱に翻弄され、激動に満ちたものでした。泰山郡南城県（現在の山東省泰安市）を本貫とし、祖父は尚書右僕射の羊瑾（羊祜や羊徽瑜の従兄弟）、父は尚書右僕射の羊玄之、母は車騎将軍の孫旂の娘という家柄に生まれました。前趙においては献文皇后と諡されています。

波乱の生涯

皇后擁立

羊献容は、羊玄之と孫氏（孫旂の娘）の間に生まれました。
300年4月、趙王司馬倫が側近の孫秀と結託して政変を起こし、権勢を振るっていた恵帝の皇后、賈南風（かなんふう）を廃位し、その一派を誅殺しました。同年12月、賈南風に代わる新たな皇后を立てる議論が朝廷で起こると、孫旂が孫秀と同族で重用されていたことから、その外孫である羊献容が皇后に選ばれました。

二度目の皇后擁立

301年1月、司馬倫が帝位を簒奪し、恵帝は金墉城（きんようじょう）に幽閉されます。これにより、羊献容も皇后を廃位されました。
しかし同月、斉王司馬冏（しば けい）、成都王司馬穎（しば えい）、河間王司馬顒（しば ぎょう）の三王が司馬倫討伐を掲げて地方で決起します。4月には、左将軍の王輿（おうよ）が洛陽城内で政変を起こし、孫秀を殺害して司馬倫を幽閉、恵帝を再び迎え入れました。これにより恵帝は復位し、羊献容も再び皇后に立てられます。しかし、孫旂をはじめとする母方の一族は孫秀と同族であったため、皆誅殺されてしまいました。

三度目の皇后擁立

304年2月、鄴（ぎょう）を統治する司馬穎が朝政を専断するようになると、彼の意向により羊献容は再び皇后を廃位され、金墉城に幽閉されます。
同年7月、東海王司馬越（しば えつ）が右衛将軍の陳眕（ちんし）・上官巳（じょうかんし）らと共に洛陽において司馬穎討伐を掲げて決起します。司馬越は洛陽に駐在していた司馬穎一派を追い払い権力を掌握すると、羊献容を三度皇后に復位させました。その後、司馬越らは恵帝を奉じ、司馬穎の本拠地である鄴へ向けて討伐軍を発しますが、親征軍は蕩陰（とういん、現在の河南省安陽市湯陰県）において司馬穎配下の石超（せきちょう）に大敗を喫し、恵帝の身柄は鄴の司馬穎の下に押さえられてしまいます。

四度目の皇后擁立

同年8月、長安を統治する司馬顒は司馬越らが鄴へ侵攻したことを知り、司馬穎と結託していたため、司馬穎の援護を目的として将軍の張方（ちょうほう）を洛陽へ侵攻させました。張方は洛陽を攻め落として自らの統治下に置くと、羊献容を皇后から廃位します。同月、司馬穎と対立していた都督幽州諸軍事の王浚（おう しゅん）・東嬴公司馬騰（しば とう）が挙兵し、司馬穎討伐を掲げて鄴へ侵攻しました。司馬穎はこれに抗しきれず鄴を放棄し、恵帝を伴って洛陽へ逃走し、張方の庇護下に入ります。
同年11月、張方は洛陽を放棄して長安への遷都を強行し、恵帝を強引に連行して長安へ向かいました。しかし、洛陽には留台（皇帝が都を離れた際、旧都に設置される政治機構）が置かれ、多くの朝臣は長安に向かわず洛陽に留まりました。そのため、朝廷の機能は長安と洛陽に分裂することとなり、洛陽朝廷の意向により、羊献容は四度皇后に立てられました。
305年4月、長安に帰還した張方は洛陽朝廷へ命を下し、羊献容を廃位して金墉城に監禁しました。

五度目の皇后擁立

秦州刺史の皇甫重（こうほ ちょう）は302年頃より司馬顒配下の金城郡太守游楷（ゆう かい）らと抗争状態となっており、305年に本拠地である冀城が包囲されるに及び、養子の皇甫昌（こうほ しょう）を派遣して司馬越へ救援を要請しました。しかしこの時期、司馬越は司馬顒と一時的に和解しており出兵に応じませんでした。そのため、皇甫昌は朝臣の楊篇（よう へん）と共謀し、司馬越から命令を受けたと詐称して金墉城に幽閉されていた羊献容を解放し、彼女の命を奉じて張方討伐と恵帝奪還を宣言しました。事情を知らなかった百官はこの命に従いましたが、やがて偽りであることが判明し皇甫昌は殺害され、目論見は失敗しました。
同年11月、立節将軍の周権（しゅう けん）もまた司馬越からの命令と偽り、羊献容を擁立しました。これにより羊献容は五度皇后に立てられました。しかし、これに反発した洛陽県令の何喬（か きょう）は周権を攻撃して殺害し、羊献容を廃位しました。

六度目の皇后擁立

同年、司馬顒は偽詔を発し、羊献容が政治利用されているという理由で彼女に自殺を命じ、尚書の田淑（でん しゅく）がこの命令を洛陽朝廷に伝えました。しかし、洛陽朝廷を運営していた司隷校尉の劉暾（りゅう とん）らは反対し、「羊庶人（羊献容）は離宮に軟禁されており、厳重に警備されております。姦人（邪悪な者）と乱を企むことなどありません。賢者・愚者問わずみな羊氏の冤罪を訴えており、もし枯窮の人を殺してしまえば、天下を落胆させることになり、これは国家にとって益とはいえません」と上書しました。司馬顒はこれに激怒して洛陽を守る配下の呂朗（りょ ろう）に劉暾逮捕を命じましたが、それを知った劉暾は先んじて青州に逃走しました。この混乱により羊献容は死を免れました。
306年5月、司馬越配下の将軍である祁弘（き こう）・宋冑（そう ちゅう）・馬纂（ば さん）らは長安を攻略し、司馬顒を撃ち破って恵帝を奪還しました。6月、恵帝が洛陽に帰還すると、羊献容は皇后に復位しました。

恵皇后として

同年11月、恵帝が死去すると、羊献容は六度皇后位を去りました。その後、皇太弟の司馬熾（しば し）が皇帝に即位する手はずとなりましたが、羊献容は皇太弟が即位してしまうと自らが皇太后になれないことから、元々の皇太子であった司馬覃（しば しん）を皇帝に立てようとしました。しかし、侍中の華混（か こん）は「皇太弟は東宮に入ってから久しく、天下も安定を望んでおります。今これを変えるべきではありません」と諫めました。司馬覃もまた羊献容の求めに応じなかったので、彼女の目論見は果たされませんでした。司馬熾が帝位に即くと、羊献容は恵皇后の尊号を贈られ、弘訓宮に居住することとなりました。

劉曜との結婚

311年6月、漢（後の前趙）の征討大都督である劉曜・征東大将軍の王弥（おう び）・前軍大将軍の呼延晏（こえん あん）らが洛陽へ襲来し、晋軍は抗しきれずに洛陽は陥落しました。この事件を史書は永嘉の乱と呼んでいます。この時、羊献容は漢軍に捕らえられて漢の都である平陽に連れ去られ、劉曜に見初められてその妻となりました。やがて羊献容は劉曜との間に劉煕（りゅう き）を始め3人の子を生みました。
318年8月、漢の大将軍である靳準（きん しゅん）が平陽で反乱を起こし、漢の皇族を皆殺しにしました。劉曜は長安を守っていたので難を逃れ、百官の求めに応じて皇帝に即位し、羊献容は皇后に立てられました。彼女にとって実にこれが七度目の皇后擁立となります。劉曜には正妻の卜氏（ぼくし）との間に劉胤（りゅう いん）という優秀な世子がいましたが、靳準の乱により行方不明になっていたので、羊献容の実子である劉煕が皇太子に立てられました。羊献容は劉曜の寵愛を受け、後宮の取り仕切りだけでなく政治にも参画しました。

ある時、劉曜は羊献容へ「朕と司馬家の男を比べたらどうかね」と問うた。羊皇后は「陛下は創業の聖主ですが、彼（恵帝）は亡国の暗夫に過ぎないので、比べるまでもありません。彼は帝王でありながら、一婦一子どころか自分の身も守ることができませんでした。妾（私）は当時、天下の男とは全てこうであるのかと思い、生きる希望も失ったものです。陛下に嫁いでから始めて天下に大丈夫がいることを知りました」と語りました。これにより劉曜はますます羊献容を寵愛するようになったといいます。
羊皇后は度々政治に深く干渉するほどの力を持つようになったが、群臣の中にはこれを不快に思うものも多かったといいます。
322年、羊献容はこの世を去りました。劉曜により献文皇后と諡されました。
12月、劉曜は巨大な陵墓を作ると、羊献容を埋葬して墓号を顕平陵としました。

子女

清河公主 - 恵帝との間の娘（『太平御覧』）
劉煕、劉襲、劉闡
いずれも劉曜との息子

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