1970年の文学

1970年の文学界の動き

1970年（昭和45年）は、日本の文学界にとって大きな出来事があった年でした。特に、世界的にも知られる作家、三島由紀夫が壮絶な最期を遂げたことは、社会全体に衝撃を与えました。

主な出来事

この年には、様々な文学関連の動きがありました。

1月19日：1969年下半期を対象とした第62回芥川龍之介賞および直木三十五賞の選考が行われました。
3月23日：新設された第1回大宅壮一ノンフィクション賞の選考会が開催され、尾川正二氏が受賞しましたが、同時受賞が決定した石牟礼道子氏は受賞を辞退しました。
7月2日：ノーベル文学賞作家の川端康成が韓国の漢陽大学校から名誉文学博士号を授与され、「以文会友」と題した記念講演を行いました。
11月：エリック・シーガルによるベストセラー小説「Love Story」の日本語訳版『ラブ・ストーリィ』が角川書店より刊行されました。この作品は翌1971年に国内でも年間ベストセラーの総合8位を記録する人気となりました。
11月25日：作家の三島由紀夫が、民兵組織「楯の会」のメンバーとともに陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に乱入し、自衛隊員に憲法改正を訴えた後、割腹自決を遂げました。これは日本の文学史においても特筆すべき、衝撃的な出来事でした。

文学賞の動向

1970年には、その前年下半期および当年の上半期を対象とした主要な文学賞の受賞作が決定しました。

芥川龍之介賞・直木三十五賞

第62回（1969年下半期）
芥川賞：清岡卓行『アカシヤの大連』
直木賞：該当作品なし

第63回（1970年上半期）
芥川賞：吉田知子『無明長夜』、古山高麗雄『プレオー8の夜明け』
直木賞：結城昌治『軍旗はためく下に』、渡辺淳一『光と影』

その他の主要な文学賞

第24回毎日出版文化賞：寺田透、塩野七生、上田正昭、竹内好、北小路健、北日本新聞、宮澤俊義、宮脇昭、なだいなだ、高田誠二、松永伍一
第23回野間文芸賞：吉田健一『ヨオロッパの世紀末』、江藤淳『漱石とその時代』（最年少での受賞）
第23回日本推理作家協会賞：陳舜臣『孔雀の道』『玉嶺よふたたび』（長編部門）
第22回読売文学賞：吉田健一『瓦礫の中』（評論・翻訳部門）
第20回H氏賞：知念栄喜『みやらび』（詩部門）
第18回菊池寛賞：松本清張『昭和史発掘』、江藤淳『漱石とその時代』、新潟日報 特集「あすの日本海」、平凡社東洋文庫、二世西川鯉三郎
第16回江戸川乱歩賞：大谷羊太郎『殺意の演奏』
第13回群像新人文学賞：勝木康介『出発の周辺』
第6回谷崎潤一郎賞：埴谷雄高『闇のなかの黒い馬』、吉行淳之介『暗室』
第2回日本文学大賞：有吉佐和子『出雲の阿国』
第1回大宅壮一ノンフィクション賞：尾川正二『極限のなかの人間』、石牟礼道子（受賞辞退）『苦海浄土 わが水俣病』

注目された刊行物

この年には、多様なジャンルの作品が出版されました。

小説：田辺聖子『女の日時計』、広瀬正『マイナス・ゼロ』、三浦綾子『裁きの家』、吉田知子『無明長夜』、李恢成『伽倻子のために』、そして三島由紀夫の遺作ともなった大作『豊饒の海』の第三巻『暁の寺』と最終巻『天人五衰』。
評論：三島由紀夫『行動学入門』、『作家論』など。
その他：伊藤正孝『ビアフラ潜入記』（ルポルタージュ）、犬養道子『花々と星々と』（随筆）、小野木学『かたあしだちょうのエルフ』、土家由岐雄・武部本一郎『かわいそうなぞう』（児童文学）、三島由紀夫『尚武のこころ』、『源泉の感情』（随筆・評論）、吉村昭『海の壁 三陸沿岸大津波』（ノンフィクション）、後に世界的ベストセラーとなるチャールズ・A・ライクの『緑色革命』（日本語訳は1971年刊行）など、幅広い分野の書籍が登場しました。

この年に世を去った人々

1970年には、国内外の多くの著名な文学者や思想家が亡くなりました。

1月4日 - 小口優（日本のドイツ文学者）
2月2日 - バートランド・ラッセル（イギリスの哲学者・数学者、1950年ノーベル文学賞）
2月17日 - シュムエル・アグノン（イスラエルのヘブライ文学作家、1966年ノーベル文学賞）
3月4日 - 鈴木信太郎（日本のフランス文学者）
4月20日 - パウル・ツェラーン（ルーマニア出身のドイツ語詩人）
5月7日 - 小野茂樹（日本の歌人）
5月12日 - ネリー・ザックス（ドイツの詩人・作家、1966年ノーベル文学賞）
6月1日 - ジュゼッペ・ウンガレッティ（イタリアの詩人）
6月7日 - E・M・フォースター（イギリスの小説家）
6月16日 - エルザ・トリオレ（ロシア出身のフランスの作家）
9月1日 - フランソワ・モーリアック（フランスの小説家、1952年ノーベル文学賞）
9月28日 - ジョン・ドス・パソス（アメリカ合衆国の小説家・画家）
10月8日 - ジャン・ジオノ（フランスの作家）
11月22日 - 大宅壮一（日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家）
11月23日 - アルフ・プリョイセン（ノルウェーの児童文学作家）
* 11月25日 - 三島由紀夫（日本の小説家・劇作家）

特に、三島由紀夫と大宅壮一という日本を代表する作家・ジャーナリストが相次いで亡くなったことは、当時の言論界・文化界に大きな影響を与えました。また、ノーベル文学賞受賞経験のあるバートランド・ラッセル、シュムエル・アグノン、ネリー・ザックス、フランソワ・モーリアックといった世界の巨匠たちがこの年に鬼籍に入っています。

もう一度検索