ロシア・アヴァンギャルド

ロシア・アヴァンギャルド：革命と芸術の融合

ロシア・アヴァンギャルドは、19世紀末から1930年代初頭にかけて、ロシア帝国そしてソビエト連邦で隆盛を極めた、多様な芸術運動の総称です。キュビスムや未来派といった西欧モダニズムの影響を強く受けながらも、ロシア独自の文化や政治的状況を反映した、革新的で実験的な芸術表現を生み出しました。本稿では、ロシア・アヴァンギャルドの歴史、主要な芸術家、建築、文学、音楽、映画について詳しく解説します。

歴史的背景と展開

ロシア・アヴァンギャルドは、第一次世界大戦前、キュビスムや未来派、ネオ・プリミティヴィスムといった西欧のモダニズム運動と密接に関連しながら発展しました。1909年にはミハイル・ラリオーノフらによって「ダイヤのジャック」という芸術家グループが結成され、1912年には「ロバの尻尾」も誕生。1913年の「標的展」は、ロシア・アヴァンギャルドの初期段階を示す重要な出来事として位置づけられます。

主な芸術運動としては、構成主義、ロシア未来主義、キューボ・フューチャリズム、ネオ・プリミティヴィズムなどが挙げられます。中でも、カジミール・マレーヴィチが提唱したシュプレマティスム（至上主義）は、ロシア・アヴァンギャルドを代表する独自の芸術運動として発展しました。これは、純粋な幾何学的形態を用いた抽象絵画で、革命後の新たな社会秩序を表現しようとする試みでした。

1917年のロシア革命後、アヴァンギャルド芸術は政治革命と密接に結びつき、プロパガンダ・アートとして、ビラやポスター、宣伝列車などに活用されました。1918年には芸術家集団「スヴォマス」が設立され、ウラジーミル・タトリンを代表とする構成主義が台頭しました。構成主義は、芸術を社会生活に役立てるべきという理念に基づき、デザインや建築、プロダクトデザインなどにも影響を与えました。

1920年代のネップ政策下では、芸術と生活、社会主義的な産業化を結びつける試みが盛んに行われました。アヴァンギャルド芸術は、都市労働者を支持基盤とする当時のロシア共産党の政策とも合致し、一定の支持を得ていました。1920年にはスヴォマスが改組され、ヴフテマス（ソ連の高等芸術学校）が設立されました。

しかし、1929年の農業集団化とスターリンによる「文化革命」を契機に、アヴァンギャルド芸術は「フォルマリズム批判」によって政治的弾圧を受け、1930年代には終焉を迎えます。その原因は、政治的抑圧に加え、難解さによる大衆からの支持の欠如、芸術運動内部の矛盾なども挙げられます。

各分野におけるロシア・アヴァンギャルド

詩・文学

ロシア・アヴァンギャルドの文学では、ウラジーミル・マヤコフスキー、ヴェリミール・フレーブニコフ、マリーナ・ツヴェターエワといった詩人が、革新的な詩作で知られています。特にフレーブニコフは、ザーウミと呼ばれる個人的な創作言語を用いた詩で注目されました。また、アレクセイ・クルチョーヌイフ、ヴィクトル・シクロフスキー、セルゲイ・トレチャコフ、イリヤ・ズダネーヴィチ、ダニイル・ハルムスなども重要な作家です。

音楽

音楽分野では、スクリャービン以降、ニコライ・ロスラヴェッツ、アルトゥール・ルリエー、アレクサンドル・モソロフ、セルゲイ・プロトポポフ、イワン・ヴィシネグラツキーらが、革新的な音楽語法を展開しました。1923年にはロスラヴェッツによって現代音楽協会が設立されました。ドミートリイ・ショスタコーヴィチも初期には実験的な作風を試みていました。しかし、「スターリン文化革命」によってロシア・アヴァンギャルド音楽は終焉を迎えました。

映画

セルゲイ・エイゼンシュテインやジガ・ヴェルトフといった映画監督が、モンタージュ技法を用いた革新的な映画制作を行いました。エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』は、アヴァンギャルド映画の傑作として知られています。

演劇

演劇では、フセヴォロド・メイエルホリドが、独自の演出方法で注目されました。1921年にはプロレトクリトの劇団が結成され、エイゼンシュテインも関わっていました。

デザイン・美術

ロシア・アヴァンギャルドの美術は、レイヨニスム、シュプレマティスム、構成主義といった主要な芸術理念を基盤としていました。これらは、過去の様式を脱却し、革命後の社会に相応しい新たなデザインを目指しました。主な美術家には、ミハイル・ラリオーノフ、ナタリア・ゴンチャロワ、ワシリー・カンディンスキー、リュボーフィ・ポポーワ、ウラジミール・タトリン、アレクサンドル・ロトチェンコ、ワルワーラ・ステパーノワ、エル・リシツキー、パーヴェル・フィローノフ、カジミール・マレーヴィチなどがいます。

建築

アヴァンギャルド運動は、建築分野にも影響を与え、革命後のユートピア都市建設の構想を生み出しました。タトリンの「第三インターナショナル記念塔」、ヴェスニン兄弟の「労働宮殿計画」、エル・リシツキーの「空中オフィス計画」、コンスタンチン・メーリニコフの自邸など、革新的な建築計画が提案されましたが、多くの計画は実現せず、スターリン体制下で政治的に排除されました。ソビエト・パレスのコンペティションはその象徴的な例です。

参考文献

本稿では、多くの書籍や論文を参考に記述しております。その一部を以下に挙げます。

『ロシア・アヴァンギャルド』（全8巻、国書刊行会）
亀山郁夫『ロシア・アヴァンギャルド』（岩波新書）
桑野隆『夢みる権利　ロシア・アヴァンギャルド再考』（東京大学出版会）
海野弘『ロシア・アヴァンギャルドのデザイン』（新曜社）
江村公『ロシア・アヴァンギャルドの世紀――構成×事実×記録』（水声社）
その他多くの関連書籍、論文

ロシア・アヴァンギャルドは、革命の時代を生きた芸術家たちの情熱と創造性が結晶した、独特で魅力的な芸術運動です。その歴史と作品群は、現代においても私たちに多くの示唆を与えてくれます。

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