卜部兼好

卜部兼好（うらべ の かねよし / うらべ の けんこう）

卜部兼好は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての激動期を生きた人物です。官人、遁世者、歌人、そして随筆家として多彩な才能を発揮し、日本三大随筆の一つとされる『徒然草』の作者として後世に名を残しました。

出家後は、俗名を音読みした「兼好（けんこう）」を法名としたため、兼好法師とも呼ばれています。その生涯は多くの謎に包まれており、出自や経歴については様々な説が提唱されています。

生涯

出自

卜部氏は、古代から卜占を司る家系であり、神祇官の官職を務めていました。『尊卑分脈』に収録された「卜部氏系図」によれば、兼好の父は治部少輔卜部兼顕で、兄弟には大僧正慈遍、従五位下民部大輔卜部兼雄がいたとされています。兼好の祖父・卜部兼名の代に、吉田神社の神職を務める吉田流卜部氏から分かれた庶流とされています。

兼好の生年については、『諸寺過去帳』にある観応元年（1350年）に68歳で没したという記述から、弘安6年（1283年）とする説が有力です。ただし、観応元年没説は否定されており、弘安6年生まれという説が矛盾なく受け入れられています。

風巻景次郎は、『正徹物語』に「久我か徳大寺かの諸大夫にてありしなり」とあることなどから、兼好が堀川家の家司であったと推定しました。後二条天皇の即位後、兼好は天皇の生母である西華門院の関係で六位蔵人に任じられ、その後従五位下左兵衛佐に昇進したというのが通説となっています。

出自に関する異説

しかし、小川剛生は、以下の理由から上記通説を否定しています。

六位蔵人であれば公家日記に登場するはずが見当たらない
天皇に仕えている時期に鎌倉に長期滞在している
卜部氏の家格から高官に任じられるのは不自然
父とされる兼顕、兄弟の兼雄・慈遍は同時代史料で血縁関係がない
「卜部氏系図」は後世の捏造である
『正徹物語』の記述と矛盾する
勅撰[[和歌集]]に「兼好法師」と表記されている
兼好本人を知る藤原盛徳（元盛法師）による『勅撰作者部類』では世系官歴の記載がない

小川説では、兼好の出自は若年時に卜部姓を名乗ったこと以外不明とし、吉田流卜部氏ではなく平野流卜部氏に近いとしています。関東への下向は伊勢国守護・金沢流北条氏との関係によるものと推測しています。

関東下向

兼好は少なくとも2度関東に下向したことが『兼好歌集』から確認できます。1度目は鎌倉・金沢に一定期間居住し、2度目に訪れた際は旧居が荒廃していた様子を歌に詠んでいます。

金沢文庫文書からも、兼好の関東下向が確認できます。六波羅探題・金沢貞顕による書状では、兼好が鎌倉から京都に持参した手紙に対する返信が記されており、貞顕が兼好を呼び捨てにしていることから、兼好が従五位下・左兵衛佐の地位にはなかったことが示唆されています。

また、金沢文庫には「うらへのかねよし」の名が現れる氏名未詳の書状があり、四郎太郎という人物の供養のために、兼好の名で諷誦を捧げるよう述べています。小川剛生は、この「四郎太郎」が卜部兼好の仮名であったとしています。

兼好自身が剱阿に宛てた書状の立紙も現存しており、いずれも「卜部兼好」で署名しており、位階官名を記していないことから、小川剛生は兼好が出家まで正式な官途に就かなかったと推測しています。

出家と遁世

『徒然草』50段から、応長元年（1311年）3月に兼好が京都の東山に居住していたことが分かります。小川説では、これも金沢貞顕との関係によるものとしています。

兼好は30歳前後で出家し、俗名を音読した「兼好（けんこう）」を名乗りました。出家の動機については諸説ありますが、実際には正和2年（1313年）には出家していたことが文書から確認されています。

遁世後の住居としては、修学院や比叡山横川が知られています。また、仁和寺南の双ヶ丘も兼好ゆかりの地として知られていますが、居住したことを直接示す史料はありません。

兼好は、堀川具守の死去後、延政門院一条という女性と和歌の贈答を交わしています。

二条派歌人

兼好は二条為世に和歌を学び、為世門下の四天王の一人として数えられています。元亨4年（1324年）に兼好が書写した『古今[[和歌集]]』の奥書には、為世から家説の伝授を受けたことが記されています。

当時の歌壇は二条派と京極派が対立しており、兼好は二条派の歌人として活躍しました。後醍醐天皇の即位後、二条派は全盛期を迎え、兼好も初めて勅撰[[和歌集]]に入集しました。

兼好は、後宇多院や邦良親王の歌合にも参加しており、大覚寺統皇族とも関係があったことが確認できます。

南北朝の動乱

元弘の乱によって鎌倉幕府は滅亡しましたが、この時期の兼好の動静は不明です。ただし、『徒然草』の成立時期は、元弘の乱の直前であると推定されています。

建武新政期には、内裏での千首和歌詠進において7首を詠んでいます。また、足利尊氏が京に進軍した後も、京都を離れた形跡はありません。

室町幕府要人への接近

室町幕府成立以降、兼好は北朝の要人と関係を持ちました。足利直義に献納された宝積経には、兼好自筆の和歌が含まれています。また、醍醐寺座主・三宝院賢俊の伊勢参宮にも同行しました。北朝の太政大臣・洞院公賢の日記にも、兼好が登場しています。また、北朝の関白・二条良基の歌会にも出席していました。

死没

兼好の確認できる最後の動静は、文和元年（1352年）8月に二条良基作の『後普光園院殿御百首』に合点を打ったことです。しかし、その後の活動を示す資料もあり、没年は文和元年以降とされています。

今川了俊は、兼好が冷泉為秀の門弟になったと述べていますが、これは二条為定が南朝に与したため、北朝歌壇の中心となった為秀に兼好が礼を尽くしたことを誇張したものではないかと考えられます。

また、『兼好家集』の加筆から、兼好の死没は延文元年（1356年）6月の『新千載集』の下命以降、延文4年（1359年）4月の奏覧以前と推定されています。

兼好の弟子としては、今川了俊が命松丸の名を挙げています。

兼好の人物像の生成と流布

『太平記』

軍記物『太平記』には、兼好が艶書を代筆したという話が登場します。高師直が塩冶高貞の妻に恋心を抱き、兼好に艶書の代筆を依頼するという内容ですが、この話は脚色が多く、史実とは考えられていません。

しかし、この逸話は後世の芝居や小説に多く取り上げられ、兼好の「粋法師」としてのイメージを形成する上で大きな影響を与えました。

吉田兼倶による系譜・官歴の捏造

15世紀、吉田流卜部氏の吉田兼倶は、自分の先祖の弟子であったと主張し、吉田家の影響力を高めようとしました。兼好についても吉田流卜部氏の系譜に組み込みましたが、これは捏造であると考えられています。兼倶は、嫡子を任官させるために、兼好を先例としたのです。

伊賀居住説

中世の連歌師・能登永閑の『伊賀国名所記』には、兼好法師の庵の跡が田井という村にあると記述されています。また、『伊水温故』には、「兼好塚」の記述があり、兼好が伊賀に居住し、橘成忠の娘と親交があったなどとされています。しかし、これらの記述は現存する『園太暦』にはなく、偽文であると考えられています。

南朝忠臣説

江戸中期の岡山藩の和学者・土肥経平は、『徒然草』や『園太暦』偽文に基づき、兼好南朝忠臣説を提唱しました。土肥は、兼好が『太平記』で艶書を代筆したのも、南朝に心を寄せていたからだとしています。

代表歌

兼好は、『続千載和歌集』以降7つの勅撰[[和歌集]]に18首が入集しています。

「いかにしてなぐさむ物ぞうき世をも そむかですぐす人にとはばや」（『続千載和歌集』）
「代々をへてをさむる家の風なれば しばしぞさわぐわかのうらなみ」（『徒然草』）
* 「よもすゞしねざめのかりほ手枕も ま袖も秋にへだてなき風」（『続草庵集』）

卜部兼好が登場する大衆文化作品

兼好は、教育番組、漫画、テレビアニメ、OVAなど、様々な大衆文化作品にも登場しています。

脚注

（書籍出典、サイト出典、参考文献は省略）

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