武川鎮軍閥

武川鎮軍閥（関隴集団）とは

武川鎮軍閥（ぶせんちんぐんばつ）は、中国南北朝時代の西魏・北周、そして隋・唐の支配層を形成した集団であり、関隴集団（かんろうしゅうだん）とも呼ばれます。この集団に最初に注目したのは、清朝の考証学者である趙翼でした。彼は著書『二十二史箚記』で「周隋唐皆出自武川（周・隋・唐は皆、武川より出ず）」という項目を立て、正史に基づいてこの集団について論証し、武川鎮が「王気」の集まる場所であると述べました。

「関隴集団」という語を用いて、この貴族集団に関する論証をさらに進めたのは陳寅恪であり、『唐代政治史述論稿』（1944年）などで詳述されています。また、日本の谷川道雄も『隋唐帝国形成史論』（1971年）などで論証を展開しています。

北魏・北周における武川鎮軍閥

武川鎮は、北魏前期の首都・平城を北方の柔然から防衛する役割を担った六鎮の一つでした。北魏は国境に匈奴・鮮卑系の名族を移住させ（鎮民）、鎮将を置いて軍政を行わせることで防衛体制を構築しました。他の鎮が中央集権化とともに廃止される中、六鎮のみは存続し、鎮民は選民として特別待遇を受けました。

しかし、北魏の漢化政策が進むにつれて六鎮の地位は低下し、孝文帝による洛陽遷都によって、六鎮は事実上の流刑地となりました。この待遇に不満を抱いた六鎮の住民は反乱を起こし（六鎮の乱）、北魏は大混乱に陥ります。

六鎮の乱は爾朱栄によって鎮圧されますが、北魏の混乱は収まらず、各地で軍閥が割拠する事態となります。この戦乱を勝ち抜いたのが、六鎮の一つである懐朔鎮出身の高歓と、武川鎮出身の宇文泰でした。高歓と宇文泰はそれぞれ皇帝を擁立し、北魏は高歓の東魏と宇文泰の西魏に分裂します。宇文泰は武川鎮出身者を中心に軍団を組織し、西魏の支配体制を固めました。西魏の支配地が現在の陝西省と甘粛省にあたることから、武川鎮軍閥は関隴集団とも呼ばれるようになりました。「関」は関中（陝西省）を、「隴」は隴西（甘粛省南東部）を指します。

宇文泰は東魏に対抗するため府兵制を創始し、十二大将軍・八柱国を指揮官とする軍を編成しました。大将軍・柱国には武川鎮出身者を多く配置し、彼らが西魏、そしてそれを継承した北周の支配者集団となっていきます。

隋唐における関隴集団

北周の武帝は北斉を滅ぼして華北を統一しますが、南北統一を目前に病死します。後を継いだ宣帝は奇矯な人物で、即位後すぐに幼い静帝に位を譲り、自身は太上皇として放蕩に明け暮れました。そのため、宣帝の皇后の父であり、十二大将軍の一人であった楊堅（後の隋の文帝）が人々の期待を集めるようになります。

楊堅は幼い静帝から禅譲を受けて隋を建国し、589年に南朝の陳を滅ぼして中国を統一しました。隋の支配者集団は変わらず関隴系であり、楊堅の皇后である独孤伽羅は八柱国の一人である独孤信の娘でした。関隴集団内では複雑な姻戚関係が結ばれており、互いの関係を強化することで勢力を拡大していました。しかし、文帝が北周の皇族である宇文氏を根絶やしにしたことが、武川鎮軍閥内で隋室への不信感を生み、隋滅亡の一因となりました。

隋は楊玄感の反乱をきっかけに全国で大規模な反乱が勃発し、その中で八柱国の李弼の曾孫である李密や、同じく八柱国の李虎の孫である李淵も反乱に参加します。李淵は八柱国の家系であるだけでなく、独孤信の娘を母としており、関隴系の中でも最上級の血統を持っていました。このことが関隴貴族集団からの強力な支持を得ることに繋がり、李淵が容易に大興城（長安）を奪取し、最終的に天下統一を成し遂げた要因の一つと考えられています。

隋が滅び唐が建国された後も、支配者集団は関隴系であり続け、初唐の主要な地位は関隴系の者たちが多くを占めました。政権を握った関隴貴族集団は、自らの地位を確固たるものとするために貴族制の再編に取り組みます。当時、家柄の上下による人間の優劣という思想が強く残っており、最も家格が高いとされていたのは山東の崔氏・盧氏・李氏・鄭氏の四姓でした。高祖・李淵の後を継いだ太宗は、貴族の家格を九段階に分ける『氏族志』の編纂を命じ、一等に唐の皇族である李氏、二等に独孤氏・竇氏・長孫氏といった外戚を据え、関隴系こそが最高の家格であると「公認」しました（ただし、旧来からの家格意識は根強く残りました）。

関隴貴族集団支配の終焉

関隴貴族集団の支配体制が覆される契機となったのは、武則天による科挙出身者の積極的な登用でした。

太宗の死後、関隴系の領袖とも言える長孫無忌が高宗を擁して権勢を振るい、反対勢力を排除していました。武則天は高宗に取り入ることで長孫無忌を失脚させました。

武則天自身も関隴系の出身ではありましたが、主流派ではありませんでした。そのため、権力を掌握するにあたって、関隴系が政権を握っていることに不満を持つ層を味方につけました。その中には問題のある人物もいましたが、科挙出身の有能な人材が武則天のもとに集まりました。

科挙はすでに隋代から行われていましたが、関隴系が支配する宮廷では科挙出身者が高位の役職に就くことは稀でした。武則天は彼らを積極的に登用し、自らの政権を強化していきました。

武則天が建てた武周は武則天の高齢化によって衰退し、玄宗の即位によって関隴体制が復活することになります。玄宗も治世初期には武則天が登用した科挙出身者を使っていましたが、中期以降は名族出身の李林甫（李淵の従兄弟の曾孫）などを重用するようになりました。

その後の安史の乱や牛李の党争などを経て貴族の優位性が崩れ、科挙官僚の台頭が目立つようになります。黄巣の乱によって唐は国力を大きく消耗し、関隴集団も歴史の表舞台から姿を消すことになりました。

柱国・大将軍

八柱国

元欣（西魏の宗室）
宇文泰
李虎（唐の高祖李淵の祖父）
李弼（李密の曾祖父）
独孤信（楊堅の皇后独孤氏の父、唐の高祖李淵の外祖父）
趙貴
于謹
侯莫陳崇

十二大将軍

楊忠（楊堅の父）
元賛（西魏の宗室）
元育（西魏の宗室）
元廓（後の恭帝）
侯莫陳順
宇文導（宇文泰の甥）
達奚武
李遠
豆盧寧
宇文貴
賀蘭祥
王雄

参考文献

池田温 編『中国史2 三国〜唐』 2巻、山川出版社〈世界歴史大系〉、1996年。
第三章「南北朝」 窪添慶文「北朝の政治」。
第五章「唐」 愛宕元「唐代前期の政治」。
愛宕元「唐代後期の政治」。

もう一度検索