胆振国

胆振国（いぶりのくに）とは

胆振国は、1869年（明治2年）に大宝律令の国郡里制を踏襲して設けられた、日本の地方区分の一つです。北海道に置かれた五畿八道の一つで、別名「胆州」とも呼ばれました。当初は「膽振國」とも表記されました。国名の由来は、斉明天皇の時代に阿倍臣が胆振鉏（いぶりさえ）の蝦夷を饗応したという故事にちなんでいます。

胆振国の領域は、現在の胆振総合振興局管内の全域、渡島総合振興局管内の長万部町と八雲町の一部、後志総合振興局管内の虻田郡、石狩振興局管内の千歳市・恵庭市、上川総合振興局管内の占冠村に相当します。

領域

1869年（明治2年）の制定時、胆振国は以下の地域を含んでいました。

現在の胆振総合振興局管内
勇払郡占冠村
千歳市
恵庭市
虻田郡（喜茂別町、京極町、倶知安町、ニセコ町、真狩村、留寿都村）
山越郡長万部町
二海郡八雲町の一部（野田追川より北西、雲石峠より北東）

沿革

古代

『日本書紀』には、斉明天皇5年（659年）に阿倍比羅夫が後方羊蹄（しりべし）に政所・郡領を置いたと記述されています。この後方羊蹄は、虻田郡域の羊蹄山付近、または千歳郡域（恵庭市か千歳市）とする説があります。また、胆振鉏（いぶりさえ）については、新井白石が勇払郡域（ユウフツ場所）に当たると唱えています。これらの比定地は、秋田県から青森県、あるいは北海道のどこかと推定されています。

千歳郡域（現在の恵庭市）では、飛鳥時代から平安時代初期にかけて茂漁古墳群が築かれました。この古墳群からは、土師器や須恵器のほか、和同開珎や律令時代の位階を示す帯金具などの副葬品が発見されています。また、千歳郡域からは、平安時代に流通した隆平永宝や富寿神宝なども出土しています。当時の胆振国域では擦文文化が栄えていましたが、10世紀中葉には、渡島半島日本海側で擦文文化と本州土師器文化が混合した青苗文化が成立しました。青苗文化の人々は、擦文人と祖先を同じくする意識を持ち、北海道西部と東北北部との交易に携わっていました。

中世

鎌倉時代の文献『諏訪大明神絵詞』には、中世の蝦夷に日ノ本・唐子・渡党という三つの集団があったことが記されています。考古学者・瀬川拓郎は、このうち渡党を青苗文化人の後裔であると推察しています。渡党の活動範囲は渡島半島周辺地域であり、日ノ本は北海道太平洋岸の住民だったと考えられています。鎌倉幕府は、夷島を支配権の及ぶ地域として位置づけ、津軽安藤氏を蝦夷管領の代官として蝦夷を管轄させました。南北朝から室町初期には、十三湊に拠った下国安藤氏が日本海海運に大きな影響力を持つようになり、日之本将軍を称して勢力を拡大しました。

コシャマインの戦い

室町時代には、コシャマインの戦い（1457年）が勃発し、胆振国域でも和人と東夷の間で戦いが繰り広げられました。この戦いで、有珠郡域の善光寺や幌別郡域の刈田神社などが荒廃しました。コシャマインの戦いをきっかけに、1525年まで断続的に争乱が続き、和人たちは松前と天河に集住するようになりました。この戦いの一方の当事者である道南の館主たちは、松前藩の文献では渡党と呼ばれていました。海保嶺夫は、コシャマインの戦いを渡党と他の集団との戦いと解釈しています。ただし、『新羅之記録』には、渡党は奥州合戦の際に逃げ渡った人々や流刑された強盗の子孫であると記されています。入間田宣夫は、道南の館主層は15世紀半ば頃までに夷島に渡った北東北の土豪や浪人衆であると指摘しています。菊池勇夫は、渡党を和人とアイヌの混在した存在であり、この戦乱の時代にどちらかの勢力に取り込まれていったと論じています。

江戸時代

江戸時代になると、松前藩は蝦夷の人々と交易を行う「場所」と呼ばれる知行地を開き、各地に運上屋を設置しました。アイヌの人々は百姓身分に位置付けられ、撫育政策やオムシャが行われました。場所は、ヤムクシナイ場所（後の山越郡）、アブタ場所（後の虻田郡）、ウス場所（後の有珠郡）、モロラン場所とヱトモ場所（後の室蘭郡）、ホロベツ場所（後の幌別郡）、アヨロ場所（後の白老郡虎杖浜）、シラヲイ場所（後の白老郡）、ユウフツ場所（後の勇払郡と千歳郡南部）、シュママップ場所（後の千歳郡北部）などがありました。

陸上交通では、沿岸部に道が途絶える箇所がありましたが、寛政年間になり長万部 - 虻田間の道や室蘭 - 幌別間の道などが開削され、渡島国の箱館から道東や千島国方面に至る陸路が繋がりました。文化年間には勇払から千歳に至る千歳越が、安政4年には小樽の銭函から千歳に至る札幌越新道が開削され、太平洋岸と日本海岸が陸路で結ばれました。また、胆振国内の河川には渡船場が設けられ、渡し船が運行されていました。海上交通では、北前船が畿内や奥羽の日本海側との間に航路を開き、室蘭や苫小牧などにも寄港しました。

その他の出来事

寛永17年（1640年）には、駒ヶ岳の山体崩壊による大津波が発生し、胆振国域で多数の犠牲者が出ました。正保元年（1644年）には、胆振国域を含む「正保御国絵図」が作成されました。寛文9年（1669年）には、シャクシャインの戦いにより、胆振国域内でも多数の和人が殺害されました。この戦いで、蝦夷の軍勢は松前に向かいましたが、山越郡域での合戦で松前藩に敗北しました。

胆振国域では火山活動も活発で、有珠山や樽前山などが噴火を繰り返しました。また、蟠渓温泉や登別温泉などが古くから知られていました。

江戸時代後期

江戸時代後期、胆振国域は東蝦夷地に属し、寛政11年（1799年）に幕府直轄領となりました。翌12年には、八王子千人同心が移住し、現在の苫小牧市の基礎を築きました。享和元年（1801年）には、蝦夷地への武器の持ち込みを取り締まるため、山越内関所が設けられました。同年、伊能忠敬が沿岸部を測量し、大日本沿海輿地全図も作成されました。文化4年以降、全蝦夷地のアイヌ人の宗門人別改帳が作成されるようになりました。文政4年には一旦松前藩領に戻りましたが、安政2年（1855年）には再び幕府直轄領となり、南部藩と仙台藩が警固を担当しました。安政3年から同5年にかけ、松浦武四郎が調査のため再び胆振を訪れました。

戊辰戦争と明治時代

戊辰戦争時、蝦夷共和国は室蘭に開拓奉行を設けましたが、箱館戦争終結とともに崩壊しました。明治2年（1869年）、胆振国が正式に制定され、8郡44村が置かれました。同年、場所請負制は漁場持と名称変更されました。明治3年から4年にかけて本願寺道路が建設されました。明治4年（1871年）に廃藩置県が行われ、胆振国全域が開拓使の管轄となりました。

明治5年（1872年）には、虻田郡黒松内村が後志国寿都郡に移管され、壬申戸籍が編製されました。また、全国一律に戸長・副戸長が設置され、大区小区制が施行されました。明治5年から6年にかけて札幌本道が建設されました。明治9年に漁場持が廃止され、明治12年には郡区町村編制法が施行されました。明治15年には廃使置県により、山越郡は函館県、それ以外は札幌県の所管となりました。明治29年（1896年）に胆振国で徴兵制度が施行されました。

国内の施設

寺院

胆振国域には、有珠善光寺、円融寺、満冏寺、善導寺などの寺院がありました。有珠善光寺は、比叡山の僧・円仁が開山したと伝えられ、蝦夷三官寺の一つとされました。

神社

胆振国域には、諏訪明神社、飯生神社、豊浦神社、稲荷神社、大臼山神社、崎守神社、絵鞆神社、刈田神社、弁天社、恵比須神社、千歳神社などの神社がありました。これらの神社は、神仏混合時代や江戸時代以前の創建であるとされています。

地域

郡

胆振国は以下の8郡で構成されていました。

山越郡
虻田郡
有珠郡
室蘭郡（現在は消滅）
幌別郡（現在は消滅）
白老郡
勇払郡
千歳郡（現在は消滅）

江戸時代の藩

胆振国域は、松前藩、南部藩、仙台藩の領地が含まれていました。分領支配時には、斗南藩、大泉藩、一関藩、高知藩が支配を行いました。

人口

明治5年（1872年）の調査では、胆振国の人口は6251人でした。

胆振国の合戦

1457年：コシャマインの戦い
1669年：シャクシャインの戦い

脚注

注釈

出典

函館市史「通説編第1巻」
北海道「新北海道史　第三巻通説二」

外部リンク

苫小牧駒澤大学：駒大在学生応援：インターネット講座■ 第4回 北海道と胆振地方の古代史（アーカイブ）
神社データベース - 北海道神社庁

関連項目

日胆
令制国一覧
蝦夷征討・末期古墳
青苗文化
蝦夷管領安東氏
渡党
松前藩
和人地（山越郡の長万部付近まで、かつての和人地であった。）
商場（場所）知行制
場所請負制
オムシャ
シュムクル
箱館奉行
天領
八王子千人同心
原胤敦
北前船
北海道におけるニシン漁史
北海道の神社の歴史
* 北海道の分領支配

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