P-3 (航空機)

ロッキード P-3 オライオン

ロッキード（現ロッキード・マーティン）社によって開発されたターボプロップ式の対潜哨戒機がP-3「オライオン」です。この機体は、同社の旅客機L-188「エレクトラ」を基に設計され、初飛行から60年以上が経過した現在でも、世界各国の海軍や官公庁で広く運用されています。その汎用性の高さから、対潜哨戒任務のみならず、海上監視、気象観測、さらには消防活動など、非軍事分野でも活用されており、20カ国以上で採用されたベストセラー機として航空史にその名を刻んでいます。

開発の経緯

アメリカ海軍は、1947年から主力の対潜哨戒機としてロッキードP2V「ネプチューン」（後にP-2に改称）を運用していましたが、1950年代にはその能力が限界に達していました。機体の積載量に余裕がなく、新しい探知機材や武装の追加が困難であったこと、また、大型化した機材によって居住性が著しく悪化し、長時間の任務飛行における乗員の負担が大きいことなどが問題点として指摘されていました。これらの課題を解決するため、将来の機材更新を見据えた新型対潜哨戒機が求められるようになります。

1957年8月にアメリカ海軍が示した後継機の要求は、SOSUSなどの地上システムと連携し、探知された潜水艦の情報を即座に活用できる高度な情報通信能力を第一に挙げていました。さらに、十分な兵装および捜索・探査装備の搭載能力、目標海域へ迅速に到達できる高速飛行能力、広範囲を長時間にわたって捜索可能な航続距離と連続飛行時間、そして長時間の任務に耐えうる高い居住性が求められました。使用燃料の共通化の観点から、ターボプロップエンジンなどジェット燃料を使用する動力系の搭載も条件に含まれていました。

このような要求に対し、ロッキード社は既に初飛行を終えていたターボプロップ旅客機L-188の改造型を提案しました。この提案は受け入れられ、1958年4月にP2Vの後継機として採用が決定します。しかし、原型機L-188の構造的欠陥に起因する事故が相次いだ影響で開発は大幅に遅延し、原型機YP3V-1（後のYP-3A）の初飛行は1958年8月、部隊配備は1962年8月までずれ込みました。

初期生産型のP-3Aは、対潜戦闘機材はP-2から大きく変わらなかったものの、機内容積と速度・航続距離が向上したことで、実質的な対潜能力は高まりました。生産途中からはAPUやDELTIC音響システムが追加され、エンジンを強化したP-3Bでは当初からこれらの仕様が盛り込まれました。1968年に初飛行した性能向上型のP-3Cでは、ソノブイ・システム、センサー、レーダー、データ処理コンピュータなどが全面的に刷新され、地上設備との連携による高度な潜水艦捜索・評定能力が実現しました。P-3Cはその後も段階的に近代化改修が重ねられ、最新型では対水上艦艇監視能力や兵装運用能力も向上しています。1980年代後半には後継機P-7が計画されるも中止となり、1991年に一度生産が終了しましたが、後に韓国向けの生産ラインが設けられ、1995年に最後の機体が引き渡されました。アメリカ海軍の正式な後継機は、ボーイング737を基にしたP-8A「ポセイドン」です。

機体の特徴

P-3は、操縦しやすい飛行特性に加え、短距離離着陸（STOL）性能や長時間滞空性能など、哨戒任務に不可欠な能力を備えています。旅客機を原型としているため、機内空間が広く、乗員は屈まずに移動できるなど居住性が大幅に改善されました。これにより、複雑で大型化した近代的な探知機材を搭載する余裕も生まれました。完全な与圧構造と油圧化された主要操縦系統は、長時間の任務における乗員の疲労を軽減しています。

エンジンは、原型機L-188のアリソン501-D13から強力なT56-A-14（4,600馬力）に換装されたことで、搭載装備が増えたにも関わらず、最高速度と加速力が向上しました。その力強い飛行特性から、「戦車」や「アメ車」に例えるパイロットもいるほどです。機動性も高く、航空イベントでは低空での急旋回を披露することもあります。機体の強度と耐久性にも優れており、空中衝突やエンジントラブルに見舞われながらも無事帰還した事例も報告されています。

長時間滞空を行う「ロイター飛行」時には、燃費向上のためエンジンの出力を絞り、燃料消費に応じて外側のエンジンから順に停止させる運用が行われます。理論上は1基のエンジンでも飛行可能ですが、多くの運用国では安全のため2基を残して飛行します。P-3はターボプロップエンジンの特性から、レシプロ機のP-2のような熟練の技による極端な滞空時間延長は難しいものの、標準的な運用で15時間以上の連続飛行が可能です。

機体構造はL-188をベースとしつつも、対潜哨戒機としての要求に応じた改設計が行われています。特に、機体尾部には磁気探知装置（MAD）を内蔵する特徴的なブームが追加され、機首や主翼の形状も変更されました。主翼と胴体にはハードポイントが設けられ、ミサイルや電子戦ポッドなどを搭載できます。胴体下部のウェポンベイからは魚雷や爆雷、機雷などを投下できます。

コックピットは基本的にアナログ計器が中心ですが、戦術情報や飛行補助情報が表示される画面が設置されています。オートパイロットは開発当時の技術に基づき、姿勢と高度を維持するシンプルなタイプが搭載されています。多くの国では大規模なグラスコックピット化ではなく、計器類のディスプレイ化など限定的な改修に留まっており、これは航空機関士などの同乗によりパイロットが操縦に集中できること、哨戒飛行の特性に適していることなどが理由として挙げられます。

機内後部には控え室やキッチン、トイレが配置され、乗員の負担軽減に配慮されています。冷戦期のアメリカ海軍機に装備されていた簡易ベッドは、海上自衛隊では荷物棚として使われるなど、任務の変化に応じた使い方がされています。探知機器への電磁波干渉を防ぐため、機内での調理器具の使用には特別な配慮が必要です。

P-3は開発当初こそ対潜哨戒に特化していましたが、度重なる機材のアップデートにより、海洋監視や救難活動支援など多様な任務に対応可能な汎用性を獲得しました。これにより、海上自衛隊のように「対潜哨戒機」から「哨戒機」へと分類を変更する国もあります。情報収集活動や、対地ミサイル・ロケット弾による小型艦艇・沿岸施設への攻撃能力も付与されており、湾岸戦争以降は攻撃機の誘導や沿岸偵察にも使用された実績があります。多くの運用は海上で行われますが、アフガニスタン紛争のように内陸国での情報収集任務に派遣された例もあります。

搭乗員

海上自衛隊のP-3Cの標準的な搭乗員編成は11名ですが、任務内容によって最少5名（UP-3C）から最大15名（EP-3）まで変動します。主要な配置は以下の通りです（編成は各国や時期によって異なる場合があります）。

操縦士: PIC（機長）、Co-Pilot（副操縦士）。予備の副操縦士が搭乗することもあります。
FE: 機上整備員。
TACCO: 戦術航空士。指揮官となることもあります。
NAV/COMM: 航法・通信員（P-3Cで統合）。
SS-1, SS-2: 機上対潜音響員（ソナー員）。
SS-3: 機上対潜非音響員（レーダー員）。
IFT: 機上電子整備員。
ORD: 機上武器員（アメリカ海軍ではIFTに統合）。

オペレーター席は、P-3Bまでは機内左側に集中していましたが、P-3Cでは一部が右側にも配置されました。

機齢延長プログラム

初飛行から半世紀以上が経過し、多くのP-3機体は老朽化が進んでいます。後継機の導入が進む一方で、予算の都合などからP-3の継続運用を望む国も多いため、開発元のロッキード・マーティン社は「P-3 Mid-Life Upgrade Program (MLU)」を提供しています。このプログラムでは、新設計の主翼への交換や、状態の良い部品、耐腐食性部品への交換などを行い、機体の寿命を20〜25年延長すると共に、整備コストを削減することが可能です。これにより、新型機が配備されるまでの「つなぎ」や、中古機を導入した国での運用継続が図られています。

多様な派生型

P-3はその優れた機体構造と搭載能力を活かし、多岐にわたる派生型が開発・運用されています。軍用だけでなく、政府機関や民間での活用例も豊富です。

主な軍用派生型

P-3A: 初期生産型。
P-3B: エンジン強化型。
P-3C: 対潜水艦戦機材を大幅に向上させた主要生産型。段階的なアップデートが実施されています。
電子戦機型: EP-3A/B/C/E/Jなど。電子偵察や電子戦訓練に使用されます。海南島事件で知られるEP-3EアリエスIIもこの系統です。
試験機型: RP-3、NP-3など。データ収集や各種試験、研究開発に用いられました。
CP-140 オーロラ/アークツゥルス: カナダ向けに開発された派生型。対潜機材が異なります。

川崎重工業による日本での生産・改造

日本の川崎重工業は、ロッキード社からのライセンスを得て、海上自衛隊向けにP-3C（アップデートII.5相当以降）を合計98機生産しました。これに加え、海上自衛隊独自の要求に基づき、様々な派生型への改造も行っています。

P-3C: 海上自衛隊の主力哨戒機としてライセンス生産された機体。段階的に能力向上が図られています。
EP-3: 電子戦データ収集機（電子情報偵察機）。MADブームが撤去され、複数のレドームが追加されています。
OP-3C: 画像データ収集機（画像情報偵察機）。EP-3と同様にMADブームがなく、各種偵察センサーを搭載しています。
UP-3C: 試験評価機。
UP-3D: 電子戦訓練支援機。

政府機関・民間での活用

WP-3A/D: 気象観測機。ウェポンベイに気象レーダーを搭載し、ハリケーン・ハンターとして運用されるWP-3Dなどが有名です。
P-3-LRT: アメリカ合衆国税関・国境警備局が国境監視に一時使用した機体。
Aero Union P-3A Orion: 民間会社により山火事消火用のエア・タンカーに改造された機体。

日本における採用と運用

海上自衛隊は、P2Jの後継機として当初、国内での自主開発（PX-L計画）を目指していました。しかし、開発の遅延や、画期的な対潜システム（A-NEWシステム）を搭載したP-3Cの性能、そして増強されるソビエト連邦潜水艦隊への対抗という必要性から、P-3Cの導入へと方針転換が進みます。1973年にはアメリカ側からP-3Cの対日リリースが可能であることが伝えられ、デモフライトでの高性能ぶりが海上自衛官に強い印象を与えました。

P-3C導入検討の最中、1976年にはロッキード事件が発生し、P-3Cの導入にも関連が疑われましたが、海上自衛隊側の調査では不適切な働きかけは確認されませんでした。むしろ、国会での議論を通じて次期対潜哨戒機の必要性が広く認識され、結果的に導入を後押しする面もありました。

こうして1977年にP-3Cのライセンス生産による導入が正式に決定します。最初の機体はアメリカからの有償軍事援助（FMS）による完成機が1981年に引き渡され、派米訓練隊での教育訓練を経て厚木航空基地に配備されました。川崎重工業によるライセンス生産機は1982年から引き渡しが始まり、国産率は徐々に高まっていきました。同時に、P-3Cの能力を最大限に引き出すための地上施設であるASWOC（航空対潜水艦作戦センター）の整備も進められ、1983年には初のP-3C部隊である第6航空隊が新編されました。

海上自衛隊のP-3Cは、導入後も捜索レーダーや音響処理装置、衛星通信装置などの換装により継続的に能力向上が図られました。1997年には最終号機が完成し、合計101機体制となりました。1998年頃からは任務の多様化に伴い、機種呼称が「対潜哨戒機」から「哨戒機」に変更され、対潜任務に加え、不審船対策や東シナ海の監視など、幅広い海洋監視任務に対応しています。塗装も低視認性の明灰色単色に変更されました。

P-3Cの老朽化が進む中、海上自衛隊では独自開発のターボファン機P-1への更新を進めていますが、一部の現用機については機齢延伸措置を施し、運用継続を図る計画です。また、余剰となるP-3Cの機体をフィリピンやマレーシアなどの国へ無償供与する計画も検討されています。

日本国内でのP-3の修理は、川崎重工の下請けとして日本飛行機が担っており、海上自衛隊機だけでなくアメリカ海軍機の整備も行っています。

主な配備基地

八戸航空基地（第2航空群）
下総航空基地（練習機部隊）
厚木航空基地（第51航空隊）
岩国航空基地（第31航空群 - EP-3, OP-3C, UP-3D）
那覇航空基地（第5航空群）

日本独自の改造・改良

海上自衛隊は、標準的なP-3Cの運用に加え、独自の改造機を開発・運用しています。冷戦終結後の哨戒任務減少に伴い、P-3Cを基に画像情報収集機OP-3Cや電子戦データ収集機EP-3への改造が行われました。また、装備試験機UP-3Cや電子戦訓練支援機UP-3Dも製造されています。これらの改造機は、海上自衛隊の多様な任務に対応するための重要な戦力となっています。運用継続中のP-3Cも、衛星通信や合成開口レーダー、自動船舶識別装置（AIS）などの追加装備により、能力向上が継続的に行われています。

性能諸元 (P-3C UD-II)

乗員: 11名
全長: 35.6 m
全高: 10.3 m
翼幅: 30.4 m
最大離陸重量: 通常 63,390 kg
動力: アリソン T56-A-14 ターボプロップエンジン (4,600 hp) × 4
最大速度: 761.2 km/h (M0.62)
巡航速度: 607.5 km/h (M0.49)
航続距離: 6,751 km (標準武装搭載時)
実用上昇限度: 8,600 m

主な装備品

P-3は、旅客機ベースの柔軟な構造により、様々な装備品を搭載・更新することが可能です。

通信: UHF/VHF/HF無線機、衛星通信装置、戦術データ・リンク（リンク 11など）
捜索・探知: 磁気探知機（MAD）、捜索用レーダー、ESM（逆探知装置）、ISAR（逆合成開口レーダー）、IRDS（赤外線探知装置）、ソノブイ関連システム
自機防御: ミサイル警報装置、デコイ投射システム
電子ポッド: データリンク、ESM、カメラ、照準ポッド
武装: 魚雷（Mk46, Mk54など）、爆雷、機雷、空対艦ミサイル（AGM-84など）、空対地ミサイル、ロケット弾、水中発音弾

登場作品

P-3オライオンは、その特徴的な外見と長年の運用実績から、多くの映像作品や書籍にも登場しています。

映画: 『ゴジラ』シリーズ（『ゴジラ』、『ゴジラvsデストロイア』、『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』）、『首都消失』（EP-3E）、『亡国のイージス』など。
アニメ・漫画: 『FUTURE WAR 198X年』、『WXIII 機動警察パトレイバー|WXIII_機動警察パトレイバー』、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』（架空の派生型）、『オメガ7』（架空のガンシップ型も）、『怪獣自衛隊』、『戦海の剣』シリーズ、『沈黙の艦隊』など。
* 小説: 『海の底』、『宣戦布告』、『土漠の花』、『日中尖閣戦争』、『日本海雷撃戦 コリア・クライシス』、『ピノキオ急襲』、『日本国召喚』（架空の爆撃機仕様も）、有川浩作品など。

P-3オライオンは、開発当時の画期的なシステムと旅客機譲りの汎用性を兼ね備え、半世紀以上にわたり世界の海洋監視・対潜哨戒活動を支えてきました。老朽化に伴い後継機への移行が進められていますが、その功績と存在感は今後も語り継がれるでしょう。

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