ハラチン

ハラチン部とは

ハラチン（モンゴル語: Харчин）は、15世紀前期に形成されたモンゴルの一つの部族です。その起源は、モンゴル帝国初期にモンケ・カアンによって連れてこられたキプチャク人に遡ります。彼らは北元時代以降に独立した遊牧部族となり、リンダン・ハーンの西遷によって一時解体されましたが、清朝の下でドルヤン衛を中核として再編成され、ジョソト盟ハラチン右翼旗・左翼旗・中旗として存続しました。

歴史

大元ウルス時代

モンゴル帝国の第四代カアン、モンケはバトゥの征西に従軍した際、キプチャク草原に居住するアス人やキプチャク人を連れ帰り、前者を灤河に、後者をラオハ川に遊牧させました。移住したキプチャク人は良質な馬乳酒を産出することから「ハラチ（哈剌赤）」と呼ばれ、これが「ハラチン部」の語源となりました。キプチャク人、アスト人は新参者であるため、モンゴル人同士の内戦では躊躇なく戦うことができ、ナヤンの乱、カイドゥの乱といった戦役で功績を挙げました。成宗テムルが亡くなり、カイドゥの侵攻に対する指揮官としてキプチャク、アスト、カンクリといった軍事集団を率いていた武宗カイシャンが即位すると、これらの集団は引き立てられ、以後政治に介入するようにもなりました。泰定帝イェスン・テムルの死後にはキプチャク人集団の長エル・テムルがトク・テムルを擁立して天順帝アリギバを擁する上都派を撃ち破り、帝国最大の勢力となりました。しかし、エル・テムルが病死するとメルキト部のバヤンに実権を奪われ、勢力を衰えさせました。

北元時代

1368年、明朝の洪武帝が派遣した軍隊によって大都が陥落すると、トゴン・テムルは北方のモンゴリアに逃れ、北元と呼ばれる時代になりました。ハラチン部もまたハーンとともに北遷したと見られますが、1430年代まではアルクタイ率いるアスト部が強大でハラチン部の足跡は不明です。アルクタイがオイラトのエセンによって殺され、モンゴル（韃靼）勢力がオイラトの支配下に入ると、ハラチン部の名が史書に現れるようになります。1452年トクトア・ブハ（タイスン・ハーン）がエセンと対立した際には、ハラチン部は阿哈剌知院とともにトクトア・ブハ側についたことが記録されています。トクトア・ブハは敗れたものの、エセンはその配下には比較的寛容で、ハラチン部の首長ボライは7万の大兵力と共に遼東方面に派遣されるなどエセン配下の有力諸侯として扱われていました。

エセン・ハーンがアラク・テムルに殺されオイラト帝国が瓦解すると、ボライはアラク・テムルを撃ち破りマルコルギス・ハーンを擁立することによってモンゴリア最大の勢力となりました。この頃からハラチン部は現在のシリンゴル盟南部（清代のチャハル八旗の遊牧地）を拠点とするようになり、これがリンダン・ハーンの征西まで続きました。タイシと称し明朝との交渉も順調に進めていたボライでしたが、マルコルギス・ハーンと対立しこれを弑逆したためにモーリハイに殺されることとなりました。モーリハイもまたホルチン部のウネ・バラトに殺されると、今度はトゥルファン方面出身でヨンシエブ部を率いるベグ・アルスランがモンゴリアの最大勢力となりました。ベグ・アルスランはオルドス地方の有力者オロチュを放逐することで周辺の諸勢力を吸収し、ハラチン部もまたヨンシエブ部の傘下に入りました。ハラチン部・アスト部といった大勢力を傘下に置いたヨンシエブ部はベグ・アルスラン、イスマイル、イブラヒムといった有力首長を続けて輩出し、「大ヨンシエブ」として広く知られるようになりました。このため、後世のモンゴル年代記においてハラチンはしばしば「ヨンシエブ」の名を冠して呼ばれました。

ハラチン・ハーン家

ヨンシエブのイスマイルによって擁立されたダヤン・ハーンはヨンシエブのイスマイル、イブラヒムら有力首長を打倒し、モンゴリアの再統一を実現しました。ダヤン・ハーンによる討伐以後、かつての「大ヨンシエブ」は分割され、ハラチン部は再び単独の部族としてダヤン・ハーンの孫のバイスハルに与えられました。バイスハルはクンドゥレン・ハーンと称して兄のアルタン・ハーンらとともに明朝へ侵攻し、隆慶和議が成立すると明朝より都督同知に任ぜられました。しかし右翼モンゴルの中でハラチン部は最も東に位置していたこともあり、隆慶和議以後もチャハル部とともに明朝への侵攻を続けていました。「クンドゥレン・ハーン」の名はバイスハルの息子バイサングル、その息子バイフンダイに受け継がれ、ハラチン部は右翼モンゴルの中でトゥメト部に次ぐ有力な部族として知られました。17世紀初頭、後金の圧迫を受けたチャハルのリンダン・ハーンはモンゴリアの統一を目指して征西を行い、これによってハラチン・ハーン家、トゥメト・ハーン家は滅亡しました。しかし、ハラチン・ハーン家の属下にあったドルヤン衛は滅亡を免れており、後金改め清朝の下でドルヤン衛を中核に「ハラチン部」は再編成されました。

清代

チンギス・カンの時代、ウリャンカイ部ジャルチウダイ（札爾楚泰）の子のジェルメ（済拉瑪）はチンギス・カンを補佐した功があったと記録されています。ドルヤン衛の首長はこのジェルメの末裔と称しており、モンゴル側からはウリヤンハイ（兀良哈）と呼ばれていました。後の史書では最初からドルヤン衛の家系がハラチンを領有していたかのように記し、「（ジェルメの）7代後のホトンに至り、衆は六千戸、エチン（額沁）河に遊牧し、所部をハラチン（喀喇沁）と号した」とするが、これは後世の創作です。

歴代首長

歴代の首長については、北元時代から清代にかけて多くの人物が記録されています。

ボライ
バイスハル・クンドゥレン・ハーン
バイサングル・ウイジェン・タイジ
バイフンダイ・クンドゥレン・ハーン

など、多くの首長がハラチン部を率いてきました。

まとめ

ハラチン部は、モンゴル帝国の時代から清朝の時代まで、モンゴル地域の歴史において重要な役割を果たしてきた部族です。その起源はキプチャク人に遡り、様々な変遷を経て清朝の下で再編成されました。歴代の首長たちは、それぞれの時代においてハラチン部を率い、その歴史を紡いできました。

参考資料

岡田英弘訳注『蒙古源流』刀水書房、2004年
岡田英弘『モンゴル帝国から大清帝国へ』藤原書店、2010年
杉山正明『モンゴル帝国の興亡(下)』講談社、1996年
吉田順一『アルタン・ハーン伝訳注』風間書房、1998年
和田清『東亜史研究(蒙古篇)』東洋文庫、1959年
趙爾巽他『清史稿』（列伝三百五藩部一、表四十九藩部世表一）