天野氏

天野氏（あまのし、あまのうじ）

天野氏は、藤原南家工藤氏の一族（藤原北家の一族足立遠元を祖とする説も）であり、伊豆国田方郡天野郷（現在の静岡県伊豆の国市天野）に居住し、その地名から天野を称したとされる氏族です。その足跡は、遠江国を中心に、駿河国、相模国、三河国、尾張国、甲斐国、安芸国、能登国など、広範な地域に及んでいます。

天野氏のルーツ：伊豆の天野氏

天野氏の始まりは、遠江権守であった藤原為憲の末裔である藤原景光が、伊豆国天方郡天野郷に住み着き、天野藤内と名乗ったことにあるとされています。平安時代末期から鎌倉時代にかけて、景光の子である天野遠景（民部丞）が活躍しました。遠景は、治承4年（1180年）の源頼朝の挙兵以来、頼朝の懐刀として内政を担い、一条忠頼、梶原景時、比企能員といった当時の重鎮の暗殺にも関与したと伝えられています。

平家討伐での功績が評価され、遠景は文治元年（1185年）に鎮西奉行（初代）に任じられます。しかし、赴任地での反発が強く、職を解任され、本拠地である豆州天野郷へ帰還したとされています。

遠江天野氏：犬居城主と秋葉城主

遠江天野氏の主要な流れは、犬居城主の系統と秋葉城主の系統です。

鎌倉時代

天野遠景の子・政景は、1221年の承久の乱で活躍し、長門守護職に任命され、遠江国周智郡山香荘（現在の静岡県浜松市）をはじめ、信濃国、相模国の各地に多くの所領を得ました。その後、政景の曾孫にあたる天野経顕（周防七郎左衛門）が遠州山香庄に入り、遠江守護である今川氏に仕えました。以後、経顕の系統は北遠で勢力を拡大し、元弘3年（1333年）の新田義貞による鎌倉攻めに、経顕は子の経政とともに新田勢に参陣し、これを機に経顕の一族は建武政権に属しました。

南北朝時代

足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻すと、経顕は尊氏に従いました。一方、経顕の弟である景光の子・政貞は、南朝方の新田義貞に従い、義貞・義宗・顕政と新田氏三代に仕え、南朝に忠誠を尽くしました。また、経顕の嫡孫である景隆（経政の子）も、磐田郡の秋葉山に城を構え、南朝の宗良親王を守りました。しかし、経政と景隆は後に北朝方に転じ、遠江守・下野守に任ぜられました。その孫である景政が遠江国犬居の地頭となり、犬居城を築いて居城とし、後の犬居天野氏の祖となりました。

このように、天野氏は南北朝時代には一族が南朝と北朝に分かれて争うこととなりました。犬居の天野氏の本宗は今川氏に属して北朝に味方しましたが、その分家である久頭郷城主天野氏は南朝に属しました。秋葉城主の景顕は北朝方の今川範国に属しましたが、その子である遠幹（民部少輔）とその孫の遠貞は、ともに南朝方となりました。

戦国時代

この分裂抗争は戦国時代も続きました。秋葉城主・景顕の曾孫である景貞の系統から、天文年間（1532年 - 1555年）に虎景（小四郎）が今川義元に仕えました。その跡職は藤秀（宮内右衛門）が相続しました。一方、犬居の本領3ヶ村は嫡流の天野景泰（安芸守）が相続し、義元の三河・尾張遠征軍の将として派遣され、武功を賞されましたが、永禄6年（1563年）に今川氏に背いて所領を没収され、一族の藤秀に犬居の跡職が与えられました。

永禄11年（1568年）に今川氏真が駿府城を放棄して掛川城に逃亡し、翌年に今川氏が滅亡すると、天野氏は武田氏と徳川氏の抗争に巻き込まれていきます。天野氏の支配地は信濃と遠江を結ぶ街道が通過し、遠江と駿河を結ぶ交通の要衝であったため、武田、徳川両陣営にとって天野氏の動向は重要な意味を持っていました。

藤秀の子で、当時の犬居城主であった天野景貫（宮内左衛門）は、遠江を手中に収めようとする徳川家康に従う姿勢を見せましたが、武田氏と密約を結んでいました。景貫の根回しにより、多くの遠江北辺の郷士が武田信玄に従属することとなりました。元亀2年（1571年）に徳川氏を離反し、武田勝頼に従属したことで、家康から犬居城を何度も攻撃され、支えきれずに犬居城から退去し、甲斐国の武田氏を頼ることになります。ここに、300年に渡って遠江北部を支配した遠江天野氏は滅亡することとなりました。

犬居開城以後

天正10年（1582年）3月、織田・徳川連合軍による甲州征伐によって武田氏が滅亡すると、天野景貫は相模国の小田原北条氏を頼り、佐竹氏との戦いに従事しますが、その没年は不明です。その後、天野氏一族は離散しましたが、同族の安芸天野氏は毛利氏に、三河天野氏は徳川氏に従って家臣として存続しました。また、故郷の遠江国や、由来のある伊豆国・相模国・甲斐国では帰農し郷士となった者もいました。徳川氏に従った者の末裔には、江戸時代中期に尾張藩に仕えた歴史学者の天野信景がいます。

各地の天野氏

三河天野氏

天野景貫には天野正貫という兄がおり、その系統が三河国で勢力を拡大しました。また、天野正貫、天野景貫兄弟の大叔父に天野定景という人物がおり、その子孫に「どちへんなき」の天野康景が出ました。天野康景は徳川家康の家臣として活躍し、興国寺城主となり大名となりましたが、1607年に家臣をかばって逐電しました。その後、息子が旗本となり、家系は続きました。

安芸天野氏

鎌倉時代に安芸国に下向し、国人勢力に成長した安芸天野氏の勢力は、金明山天野氏と生城山天野氏の2つの流れに分かれていました。

金明山天野氏

天野政貞から始まる天野氏で、政貞と生城山初代の天野顕義とは従兄弟にあたります。政貞は南北朝の争乱では新田義貞に従って北朝と戦いました。嫡男を失っていた政貞は新田義顕の息子を養子として迎え、天野顕政と名乗らせました。南朝の勢力が衰えると、一族の所領があった安芸国堀荘に下向し、金明山城を居城としました。

その後も南朝方として活動しましたが、天野顕元の代に北朝に転じ、大内氏傘下の安芸国国人として勢力を扶植しました。後に生城山天野氏からも養子を迎え、その天野元貞は1512年、毛利興元の呼びかけによって、石見国・安芸国の国人高橋元光や吉川元経、近隣の平賀弘保、小早川弘平、安芸国南部の阿曽沼弘秀や矢野城主で水軍を抱える野間興勝、そして生城山天野氏の天野興定と国人一揆契約を結びました。

元貞の子には月山富田城代として尼子再興軍から城を守った天野隆重や、その弟で1551年の大寧寺の変で、大内義隆を最後まで守って討死した天野隆良がいます。隆重の子天野元明の家は、元明末弟の天野元信が継ぎますが、元信は1605年に萩城築城の遅れの責任を取らされ、岳父の熊谷元直と共に処刑されました（五郎太石事件）。隆重のもう一人の子、天野元祐は、毛利元就の命で天野隆良の養子となり、月山富田城や備中松山城を守りました。1584年に隆重が死去すると、家督は天野元嘉が継ぎました。1600年の関ヶ原の戦いの後、毛利氏が防長2国に移封されると、それに従い長州藩士として江戸時代まで続きました。

生城山天野氏

天野顕義の時に安芸国志芳荘（旧志和町、現東広島市）に下向して米山城を築いて居城としました。生城山天野氏は鎌倉時代から室町時代にかけて同地を中心に勢力を扶植し、1462年には天野家氏が足利義政の命を受け河内国に出陣する等、活発な軍事行動により安芸国内での勢力を伸ばしました。そして大内氏に従って安芸国の国人として勢力を拡大させました。

1467年から始まる応仁の乱では、大内政弘に従って山名宗全軍に参加し、畿内各地を転戦しました。大内氏に従属する立場に変わりはなかったものの、徐々に安芸国人としての意識が強くなっていたようで、当主の天野興定は1512年に安芸国人で一揆契約を結んでいます。

出雲国の尼子経久が大内領であった備後国・安芸国に進出してくると、国人一揆衆の多くは尼子氏に従いました。しかし、この背反を快く思わない大内義興・大内義隆親子は安芸に出陣し、天野興定の居城の米山城に陶興房の軍勢を差し向けて、包囲攻撃するに及びました。天野氏の苦境を察した毛利元就が大内義興に和睦の仲介を行い、開城して降伏に至りました。後に興定は米山城に復帰し、1540年には毛利元就が籠もる吉田郡山城を攻撃する尼子氏に対抗すべく、援軍として出陣しています（吉田郡山城の戦い）。翌1541年に天野興定は死去し、子の天野隆綱が家督を継ぎました。

1551年に大寧寺の変で大内義隆が自害すると、天野隆綱は陶隆房の傀儡当主大内義長に従いました。しかし1555年の厳島の戦いに際しては毛利元就に従って活躍するも、同年に死去しました。隆綱には子が無く、弟の天野元定が天野氏を継ぎました。しかしその天野元定も、1569年に病死しました。元定にも男子がおらず、結局毛利元就の七男・毛利元政が婿養子として迎えられ天野氏を相続し、天野元政を名乗りました。元政は後に毛利に復姓し、右田毛利氏の祖となりました。天野氏は元政の子が継ぎ、江戸時代も続きました。

能登天野氏

天野政景の後裔に天野遠政がおり、南北朝の争乱では足利尊氏に従って戦功を挙げ、能登国で地頭に任ぜられました。子孫は能登天野氏として能登守護の能登吉見氏やその後に守護となった能登畠山氏の重臣として活動しました。

現代の天野氏

現代においても、天野という名字を持つ著名人は多く存在します。

天野幸夫（落語家・三遊亭小遊三の本名）
天野之弥（国際原子力機関事務局長）
天野万利（経済協力開発機構事務次長）
天野祐吉（コラムニスト、雑誌「広告批評」主宰者）
天野ひろゆき（タレント、お笑い芸人「キャイ〜ン」）
天野喜孝（画家、キャラクターデザイナー、イラストレーター）
天野尚（写真家、実業家、元競輪選手、ADA社長）

参考文献

防長新聞社山口支社編 編『近世防長諸家系図綜覧』三坂圭治監修、防長新聞社、1966年3月。
復刻版 田村哲夫編修 編「一門右田毛利家」『近世防長諸家系図綜覧』三坂圭治監修（復刻版）、マツノ書店、1980年11月。
渡辺三義 『静岡県の名字』 静岡新聞社、1989年。

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